【ショートショート】ナン、何だか前途多難(1251文字)
「いったい何なのよ!」
そうカレを非難して、私は店を飛び出した。
私はナン。
インド料理店でお馴染みの、平焼きでモチモチで香ばしいパン。
迷ったら頼んでおいたほうが無難な、美味しいパンだ。
「何と言ってもお前が一番だ」
そう言ってカレが声をかけてきたのは何年前だっただろう。
カレーのくせにやたらと甘いセリフだった。
「カレーなんだから、もっとピリッとしなさいよ。“軟式カレー”って呼ぶわよ!」
軟弱な態度に難癖をつけ、交際に難色を示していた私。
それでも、何度も何度もアタックされて、難攻不落だったはずの私も、いつしか恋に身を焦がしていた。
「相性バッチリの二人なら、どんな難所も難局も越えていけるさ」
何とも甘い見通しだったが、当時は私もカレとなら、就職難、住宅難、生活難…どんな難題だって乗り越えられると思っていた。
なのに最近、カレはライスとばかりコンビを組みたがる。南インドならいざ知らず、北インドカレーのくせに…だ。
私だって、何でもかんでも文句を言っているワケじゃない。仕事上、ライスとも付き合わなければならない事情くらい分かってる。だから、愚痴や弱音はハクマイと思っていた。
でも、今日、何とは無しにライスを見たら、いつもの白い姿が黄色に変わっていたの。
「もしかして、カレの色に染まった?!」
そう思うと、気持ちを抑えるのは、もう至難の業。
この苦難、受難から避難しようと、冒頭のセリフを残し、インド料理店を飛び出した…というワケだ。
「さすがのカレも、万難を排して追いかけて来てくれるだろう」
何となくそう思っていたが、その期待は難なく裏切られた。
これまで何回も思ったが、カレは何が何でも甘すぎる。そこが難点だ。
北インドカレーが南インドカレーより甘いのは分かっていたが、その分、ナンとの相性は良いと言われている。それを信じて何とか耐えてきたのに…。
やはり男は、自分色に染まる女が好きなのか…。
恋って難解で難易度が高すぎる。
あぁ災難。心は遭難。恋は難航。私は愛の難破船…。
「救難に来ましたよ〜」
何分も過ぎた頃、軟派なセリフとともにカレが現れた。
今さら来ても、難度が難化した私を軟化させるのは、相当難儀で難問で難関よ。何らかの誠意を見せてもらわないと。
「さぁ、何なりとおっしゃって…」
「ねぇ?! 何でライスが黄色くなってるの?」
「なーんだ、そんなことか」
聞いてみれば何のことはない。
店長がライスのバリエーションを増やしただけらしい。
いやだ、私、サフラン…じゃない、錯乱しちゃったわ。何てナンセンス…。
「言ってるだろ? 何と言ってもナンが一番だって」
やっぱり甘い…。北インドカレーは甘いんだ。
カレのセリフが軟水のように私に染み入り、心が柔軟になる。
あんなに悩んでいたのは何だったのかしら。
「あと何か、“チャパティ”ってのもメニューに加わるらしいよ」
「チャパティ?!」
一難去って、また一難か…。
チャパティは難敵。
男ってヤツは、なんてったって家庭的なタイプが好きなんだから。
北インドカレーにもよく合うし…。
私の恋路は、まだまだ多事多難なようだ。
(了)
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