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【ショートショート】底が底をつく(730文字)

粗忽者そこつものと言われるかも知れないが、速攻で会社を辞めた。

業界ではソコソコのポジションの出版社だったが、何しろ編集長の底意地が悪すぎた。

業績は底堅かったはずなのに、なぜか予算は底上げどころか払底ふってい寸前。徹底的に負担を押し付けられた現場は、靴底を擦り減らしながら努力を重ねていたが、上げ底の意欲はいつまでも続かない。編集部の空気は、底気味悪いくらい沈んでいった。

結果、私は今、どん底にいる。

振り返れば、学生時代から、自分は底辺の人間だと思っていた。
海底研究のゼミにいた頃は、湖底や川底のおりに自分を重ねた。
教授は底本を開きながら「澱にこそ本質が通底する」と語ったが、私の心の底は、鍋底の焦げのようにかたくなで、いつしか恩師の気分も損なっていた。

底面積の小さなゴム底のサンダルを履き、底冷えするアパートを出る。

そこの交差点、あそこの牛丼屋……そこかしこの疲れた顔が、私の眼底に映る。
工事現場では、祖国を離れて働く労働者たちが、船底みたいな穴の中で、底土まみれになりながら、底板の上に資材を底積みしていた。

馴染みの居酒屋は、今日も底寂しい。
だが店主だけは底抜けに明るく、底値で仕入れたという焼酎を勧める。

「底固めってのは、底打ちしてからしかできないよ」

店主の言葉に、胸底に沈んでいた何かが、そこはかとなく動く。

自分は谷底にいると心底思っていた。
でも実際は、二重底みたいに見栄を重ね、底が浅い絶望に浸っていただけではないか。底無し沼の奥底にいるとは到底思えない。

根底から壊れ、奈落の底に落ちた気になっていたが、人生は底深く底知れない。
底を叩き、底を割り、底が底をつくときが私にも来るのだろうか。

底力は、そこまで行かなきゃ出ないのかもしれない。

(了)


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