「休むなんてもったいない」と言われた仕事を、休んでよかった話
帰ってきた、当直
久しぶりの当直だった。
配属はAAUの中にある、Enhanced Care。
AAUは、救急から入院してくる患者さんを最初に受け入れる病棟で、Enhanced Careは、その中でも特に注意が必要な人たちを診るエリアだ。
ICU(集中治療室)ほどではないけれど、NIV(マスクで呼吸を助ける治療)が必要になることもある。
いつ容体が急変してもおかしくない患者さんたちを診る場所だ。
キャリアブレイクを終えて、こういう患者さんを担当するのは本当に久しぶりだった。
正直、少し緊張していた。
覚えていない、という不安
思っていた以上に、覚えていないことが多かった。
抗菌薬を処方しようとして、「どれが第一選択だっけ」と止まる。
ガイドラインを開こうとして、「どこから探すんだっけ」と一瞬手が止まる。
ナースを待たせてしまう場面もあった。
知識を失ったというより、「すぐ取り出せる感覚」を失っていた。
「ちゃんと戻れるのかな。」
そんな不安は、当直が始まってしばらく頭の片隅に居座っていた。
一人じゃなかった
でも、今回の当直には去年との決定的な違いがあった。
私は、一人で戻らなくてよかった。
今は80%勤務で、6か月間、同じSHOとペアになって同じシフトを担当している。
この働き方になるまでには、何度も話し合いがあった。
トレーニング責任者(TPD)、病院の教育担当、ローテーション担当者、そしてOccupational Health。
みんなで、「どうすれば無理なく戻れるか」を一緒に考えてくれた。
一番大きかったのは、夜勤の話だった。
前回は夜勤が本当に苦しくて、体調を崩して休んでしまったこともある。
そのことを正直に話したら、「まずは日中の当直で様子を見てから、夜勤を始めましょう」と言われた。
夜勤は数か月遅らせて、短い連続勤務から始めることになった。
私はてっきり、「元通り働けるように頑張ってね」と言われるものだと思っていた。
でも実際は違った。
戻る人に合わせて、働き方そのものを設計してくれた。
それが、想像以上に嬉しかった。
「休むなんてもったいない」と言われる仕事
実は、この仕事は誰でも簡単に手に入るものではない。
イギリスの内科専門医トレーニング(IMT)は、この数年で競争率が大きく上がっている。
ロンドン中心部のポストなら、なおさらだ。
だから私は、「こんな仕事を休むなんてもったいない」と思っていた。
でも病院から返ってきたのは、「辞めるか続けるか」ではなく、「どうすれば戻りやすいか一緒に考えよう」という言葉だった。
それは、私の中で働くことへの見方を少し変えた。
あの頃のバーンアウト
前回、私はバーンアウトした。
初期研修を終えて、そのままフルタイムでIMTに入った。
仕事に慣れる前から試験が始まり、3〜6か月ごとに職場が変わる。
そのたびに、違うチーム、違う人間関係にまた一から飛び込む。
当直では毎回違う人と働く。
覚えることは増える一方なのに、休む時間はどんどん減っていった。
仕事は好きだった。
患者さんから学ぶことも、本当に多かった。
でも、そのありがたさを感じられる体力が残っていなかった。
だから1年目のうちに、「このまま3年間走り続けるのは無理だ」と思った。
それがキャリアブレイクを決めた理由だった。
「休めるの?」と聞かれるたびに
この話をすると、今でもよく聞かれる。
「IMT始めたばかりで休めるの?」
「そんなことできるんだ。」
「私もすればよかった。」
その質問をする人たちは、本当に優秀なお医者さんばかりだ。
試験も強いし、努力も惜しまない。
でも、「自分の人生の選択肢を自分で作る」という発想には戸惑っている人が意外と多い。
医療の世界には、決められたレールをまっすぐ進むことに慣れている人が多いのかもしれない。
だからこそ、自分で立ち止まる選択をすることは、思っている以上に勇気がいる。
当直明けに、残っていた余白
今回の当直では、状態の悪い患者さんもいた。
ICUへ相談し、外科とも連携しながらチームで方針を決めていった。
仕事そのものは決して楽ではなかった。
でも、一番驚いたのは当直が終わったあとだった。
去年なら、シャワーを浴びて寝るだけだった。
翌日も動けない。
それが当たり前だった。
今回は違った。
「あの患者さん、いい勉強になったな。」
「次に同じケースを見たら、こうしよう。」
そんなことを考える余白が残っていた。
PACESの勉強にもつながるな、と自然に思えた。
そして、「今日は何をしようかな」と考えている自分がいた。
その感覚が、何より嬉しかった。
続けられる働き方
キャリアブレイクで手に入ったのは、休む時間だけじゃなかった。
続けられる働き方だった。
あの1年間がなかったら、私はまた「頑張ること」を繰り返していたと思う。
でも今は違う。
そして、もう一つ変わったことがある。
病院がお世話をしてくれたからではなく、「この人たちが支えてくれたから、自分もこの環境を大切にしたい」と思えるようになったことだ。
感謝をしながら働けることは、想像していた以上に心を軽くしてくれる。
当直明けに、「今日は何をしよう」と思える。
その小さな余白こそが、私がずっと欲しかったものだった。
だから今なら、自信を持って言える。
あのとき休んだ選択は、間違っていなかった。
