【連載】幕末志士と兵たちの信仰 《第9話》 尊王倒幕 feat. 久坂玄瑞 - その男、天下の英才なり - 後編 from 大和イズム
前回
尊王倒幕 feat. 久坂玄瑞(前編)
楽しんでもろたやろか?
識の高杉
才の久坂
松下村塾の双璧と謳われた
ツートップの片翼
久坂は
その才を活かし
★ 廻瀾條議(かいらんじょうぎ)
★ 解腕痴言(かいわんちげん)
次々と必殺技を繰り出し、、、
じゃなかった
政策という刃で
尊王攘夷の実現を図った
しかし
久坂には
更なる激動が待っとった
言論家でありながら
実行者でもあった久坂玄瑞
今日は
その実行力が
大きな舞台で発揮されていく
様子を見ていくで
下関での実力行使
若き英雄たちの邂逅
全国の志士たちを繋ぐ役割
そして
禁門の変
久坂玄瑞の人生は
更に激しさを増して行く
▼この記事を1枚にまとめると

✦ ✦ ✦
第一章:
下関の激砲

時は1863年
文久3年
久坂の政策文書により
長州藩は破約攘夷へと一変しとった
しかし
言論の久坂は
言葉だけで何もせん男ではなった
久坂もまた
理論を現実の行動に移すという
松陰のDNAを
色濃く受け継いどった人物や😁
同年 5月10日
幕府が朝廷に約束した
攘夷決行日
この日をもって
外国船を実力で追い払うという
正式な幕命が
日本全国に降りとった
無論
久坂は
この日を待ち望んでいた
下関海峡を通過する
アメリカ商船ペンブローク号に対し
久坂率いる
長州藩の軍艦と砲台が激砲を放つ
続けて
フランスやオランダの艦船にも
次々と砲撃
理論家 久坂玄瑞は
自らの言葉を現実の炎に変えた
▼補足
いきなり商船に砲撃っちゅうんは、現代では考えられへん。もはや国家が指導するテロや。当時の日本上層部は国際法の知識も持っとったし、商戦と軍艦の違いくらい分かってたんやけど、膨張する現場側の過激派を止めきれんかったんや。
因みに、この時は無知ゆえに罪を犯した長州やが、後にイギリスと長州は和解して協力関係を構築する。
当然
幕命による攘夷やいうても
単純に砲撃すればええってもんちゃう
わずか数日後
フランスやアメリカの軍艦が
報復のために来航
下関の砲台は
跡形もなく徹底的に破壊される
(ですよね😅)
現実っちゅうんは
いつも理想通りには行かへんもんや
しかし
この失敗を受けても
久坂玄瑞という男は止まらへんかった
「攘夷は正しい」
信念は
揺るがへんかった
寧ろ
より強く確信した
下関での
攘夷実行により
久坂の名は
全国へ轟くことになる
言論の人やと
思われとったんやけど
目的の為に
狂気を帯びて行動する人物やった
(さすが、松陰の弟子の筆頭格😁)
実際に
外国船を撃った男
知才と行動力の掛け算
コレぞ久坂玄瑞の真の恐ろしさやった
因みに
幕末の狂気と言えば
吉田松陰や佐久間象山などと並び
高杉晋作の方が
久坂より先に名前が上がると思うけど
久坂に比べたら
高杉の方が理性的やない?
一般的な
イメージで言うと
高杉は破天荒な荒くれ者
久坂は高貴な政治家
っていう感じで
認識している人は多い思うけど
実際は
高杉は大局を見極めて
ブレーキを踏める超リアリスト
久坂は理想のためなら死も辞さない
狂信的な浪漫派エリート
という
双璧やったんやと思うわ
✦ ✦ ✦
第二章:
若き英雄たちの邂逅

ここで一旦
少し時間を巻き戻させてな
1862年1月
文久2年
下関での砲撃事件より
1年以上前や
一人の若者が
萩を訪れる
土佐藩士坂本龍馬(さかもとりょうま)
当たり前やけど
龍馬は手ぶらで来たわけやない
土佐勤王党 盟主
武市半平太(たけいちはんぺいた)からの
書簡を携えて
革命の火種を持ってやってきた
この時
龍馬が会いに来た相手こそ
久坂玄瑞
やった
因みに
この時の龍馬は
皆んなが知ってる
超有名人としての坂本龍馬になる前
無名の
若き青年や
そして
久坂もまた
まだ全国区の有名人になる前や
しかし
この萩での邂逅は
少なからず歴史に影響したハズや
久坂と龍馬は
何を語り合ったんか?
残念ながら
詳細な記録は多く残ってへん
しかし
この邂逅の後
龍馬には大きな変化があった
龍馬は
この面会の後
維新志士として
活動のギアを上げて行くんやわ
タイミング的に
龍馬は久坂との邂逅において
何かしらの
インスピレーションを得たはずや
龍馬ほどの人物が
久坂から何も感じひんとは思われへん
ロマン派で解釈すると
東湖から松陰へ渡ったバトンが
久坂を経由して
龍馬にも届いた可能性もあるやん?
(知らんけど😁)
久坂という
思想家に直接触れた経験が
まだ一介の藩士やった龍馬に
スイッチを入れる
これは
十分にありえる話や
実際
この2ヶ月後に龍馬は脱藩する
捕まれば死罪
家族にも迷惑が掛かるという
リスクまで冒してや
まぁ龍馬さんについては
別の機会にじっくり話させてもらうけど
萩での邂逅から
約4年後
1866年
薩長同盟 成立
長州の桂小五郎
薩摩の西郷隆盛
この二人を繋いだんが
坂本龍馬やと言われとるわけやが
もしかしたら
その最初の一歩は
この久坂との邂逅にあったかも知れん
そう考えたら
土佐と長州の橋渡しには
知らんうちに
久坂も貢献しとったんかもな😁
✦ ✦ ✦
第三章:
尊王攘夷の総元締

下関にて
砲撃による攘夷実行
そして
全国に散らばる
攘夷志士たちとの繋がり
久坂の名声は
もはや長州に収まるハズもなかった😎
1863年
久坂は京都に出る
公家の
三条実美をはじめ
朝廷内の
尊王攘夷派と
深く
連携していく
久坂が
目指したんは
朝廷を動かし
天皇のご意思として
攘夷を
実行させることや
全国から
京都に集まる志士たち
その中心に
久坂という存在があった
若干
22-23歳にして
尊王攘夷派の総元締
決して
大げさな表現やない
久坂は紛れもなく
その中心に立っとったんや
長州藩士
という枠を超えて
久坂は
全国の志士たちを繋いだ
驚愕の政治力
何たる求心力
藩主でもない
大老でもない一介の藩士
身分として
何ら強い肩書きなんてない若者
現代でも
もたまに見かける
役職やなく
実力で人を動かすリーダー
この人の言うことなら
聞きたいも思わせる魅力と能力
久坂は
それの全国版やった
しかも
国家思想に対してやで?
SNSも
無い時代に
どうやったら
そんな事が出来るんやろか?😅
しかし
性急な力は
いつの時代も必ず反発にあう
久坂の台頭は
同時に多くの反発を生む
急進的な
尊攘派の台頭を快く思わへん勢力
それは
幕府側にも朝廷内にもおった
若き久坂は
脇が甘かったんやろか?
久坂が
築き上げてきたもんは
一瞬で
崩れ去る事になる
✦ ✦ ✦
第四章:
八月十八日の政変

1863年
8月18日
今まで
築き上げてきたもんが
一夜にして
崩れ去る事態が発生する
薩摩藩と
会津藩が手を組み
長州藩は
武力行使も辞さない圧力をかけられた
簡単に言うと
攘夷攘夷とうるさいので
京都から力ずくで追い出される形や
会津藩は
京都守護職として長州を放っとけへん
薩摩藩は
公武合体で主導権を握りたい
目的は違えど
長州は共通の排除対象やった
ついでに
急進派の公家たちも
このニ藩にとって邪魔な存在やった
三条実美ら
7人の公家が朝廷から追放された
世に言う
七卿落ち(ひちきょうおち)や
そして
長州藩は
京都からの撤退を余儀なくされる
築き上げてきた
朝廷とのパイプや
全国の尊王攘夷志士たちとの
ネットワーク
それらが
一緒で水泡に喫した
理論で
藩論を動かし
実行で
攘夷を示し
政治力で
全国の志士をまとめ上げた
その全てが
一夜にして無に帰してしまったんや😢
しかし
久坂は黙って受け入れる様な
線の細い男やなかった
そうや
京都へ行かなアカン😎
この強い思いが
久坂の中で膨らんでいく
✦ ✦ ✦
第五章:
禁門の変

八月十八日の
政変から一年後の事や
「今こそ
京都に戻るべきや」
という声が
長州藩で日に日に高まっていく
しかし
久坂は
冷静やった
「今、動いてもうたら
『朝敵』という烙印を押されてまう。」
「今は堪えて
機を待つべきや」
しかし
藩内には
血気盛んな者も多い
特に
来島又兵衛
(きじままたべえ)
強硬派の奴らは
もう暴発待ったなしや😎
「今、動かんで
いつ動くんや」
(今でしょ!😁)
久坂は
最後まで反対しとってん
せやけど
藩論は
強硬派に押し切られる
コレも人の想い
想いの波
1864年(元治元年)
7月19日
長州藩の軍勢は
京都へ進軍を開始してしまう
目的は
朝廷への嘆願やった
(なんで軍勢やねん😅)
当然
京都を護る者たち待ち構えとる
会津藩
薩摩藩
桑名藩
そして
相見えるは
長州藩
世に言う
禁門の変
またの名を 蛤御門の変
久坂は
最後まで反対しとった
しかし
一度
動き出した以上は
同志を
見捨てられへん
久坂もまた
戦いの最前線におった
ちなみに
強硬派の筆頭やった来島又兵衛は
禁門の変における
三人の大将格の一人として
序盤戦で
全軍の指揮を執っとった
しかし
絶頂のタイミングで
薩摩藩の狙撃を受けて無念の落馬
敵に首を渡して
辱めを受けることを嫌い
甥の喜多村政之進に介錯を命じ
凄絶な自刃を遂げる
戦況は
長州藩が押されとった
そして
久坂は
鷹司邸に追い詰められる
もはや
逃げ場を失った久坂は
同志の寺島忠三郎と刺し違える形で
自らの命を断つ
享年25歳
討死
亡くなる
2年前
久坂は
こんな句を詠んどる
「時鳥
血に鳴く声は 有明の
月より他に 知る人ぞなき」
ホトトギスが
血を吐くような思いで
激しく鳴く
その声を
夜明けの空に
残る有明の月のほかに
一体だれが
分かってくれとんのやろか?
いや
誰も知らんやろな
この国を思う
至誠の志が
誰にも分かってもらえへんのと
似とるんかもな
一介の
藩士でありながら
尊王攘夷の
総元締でもあった久坂は
経営者の孤独に似た
プレッシャーと戦っとったんやろな
完全には
理解されへん孤独感
それでも
鳴き続けなアカンかった
久坂玄瑞は
孤高のリーダーやった
✦ ✦ ✦
第六章:
封じられた片翼

ところで、、、
久坂らが
禁門の変で戦ってた時
もう一人の双璧は
どこにおったんやろうか、、、?
答えは萩
自宅の座敷牢や
時間を
少し巻き戻す
それは
1864年1月のこと
高杉は
来島又兵衛を説得しに向かう
「京都への進軍は
時期尚早や」
久坂だけでなく
決起盛んな高杉も反対やった
それくらい
無謀な進軍計画やったわけや
しかし
説得は失敗🥺
そこで高杉は
京都におる桂小五郎らに会う為
藩主の許可を得ずに
京都へ向かう
情報共有と
武力進行を止める相談が目的やった
桂とは
意見が一致し
高杉は
長州へ戻る
しかし
高杉は脱藩の罪により
捕えられてまう
(説得どころやない😅)
同年3月
高杉は
萩の野山獄に投獄される
かつて
師匠の松陰が投獄された牢や
同年6月に出所するも
自宅謹慎処分
そして
7月19日
禁門の変勃発
高杉は
座敷牢でその報せを聞いた
暴発を
止められへんかった
戦いたくても
一緒に戦うことも出来へん
同志たちが
命を懸けて戦っとる時
自分は
座敷牢から動けない
その悔しさは
どれほどのもんやったやろか
結果
松下村塾
四天王と言われとった
久坂玄瑞と
入江九一は禁門の変で戦死
一ヶ月ほど前
池田屋事件で命を落とした
同じく
四天王の吉田稔麿を含め
松門四天王は
たった1ヶ月ちょっとで
いきなり
高杉だけになってもうた😢
久坂の死を
知った高杉は
松陰の実兄
杉梅太郎への手紙にこう書いとる
「此節は毎夜
湖兄を 夢に見候」
このところ
毎晩 久坂の夢を見てまうねん😢
死を
受け入れられへん
しかし
現実は変わらへん
高杉の
悲痛な心が伝わって来そうや
しかし
もし高杉が
牢におらんかったら
四天王は
全滅やったかも知らん
皮肉な
話やけど、、、
ある意味で
牢が高杉を生かした事になる
しかし
皮肉やが
運命でもあったかも知らん
この後
高杉は 功山寺挙兵 を決行する
禁門の変に敗れ
萎縮して保守派が台頭した長州に
命懸けで
再び火を灯した
しかも
これ結果として
日本全国を討幕に傾けて行く
「松陰先生や久坂たちが
命がけで繋いだ想いを無駄に出来ん」
そういう
強い気持ちが
師や同志たちの
命の重さが
高杉に勇気を与え
一世一代の大博打に突き動かした
奇兵隊にさえ
最初は無謀やと止められた挙兵
しかし
そこから藩論を変え
日本全国に
討幕の気運を轟かせた
この壮大な命のリレー
どう解釈し
どう捉えるんかは
あんた次第や
✦ ✦ ✦
最後に

それは
一通の手紙から始まった
国家を憂いた激論
志士としての覚醒
松陰との師弟関係
妻を介した義兄弟としての関係
久坂玄瑞と
吉田松陰の出会いは運命やった
松下村塾の双璧
識の高杉 と 才の久坂
高杉が
独自哲学を乗っけて
師の教えを
研ぎ澄ましていったんに対し
久坂は
師の教えを純粋な形で受け継ぎ
師の教えを
研ぎ澄ましていった
切磋琢磨する
同志と共に互いを高め
松陰の死という喪失を
乗り越え
久坂は
政策という刃で空気を変えた
廻瀾條議
解腕痴言
一方で
下関での砲撃実行
全国の尊王攘夷志士を
総元締めとしてまとめ上げ求心力と行動力
言論の切れ味だけでなく
実行する天才
しかし
訪れた
八月十八日の政変
そして
禁門の変
久坂は
ずっと冷静に世情を見ていた
戦うべき時ではないと
分かっとった
しかし
同志を見捨てるわけにもいかん
もしかしたら
牢におった高杉に後を託し
死を覚悟して
進んだんかも知らんな
結果
京都にて
わずか25年の生涯を閉じた
しかし
その死は
残された片翼を鼓舞し
討幕の火種を
日本全国に撒き散らす狼煙となった
久坂には
自分が死んでも
高杉が必ず
バトンを繋いでくれるという
明確なイメージが
あったんかも知らんな
「悪いけど
後の事は押し付けさせて貰うで
こんな時に牢屋なんかにおる
お前が悪いねん😁」
そんな風に
思っとったも知らんな
そう考えた方が
ロマンあると思わへんか?
この双璧が
同じ時代に同じ師から学んだこと
個人的には
全くもって偶然やとは思われへん
これも
藤田東湖のいう
正気(せいき)
なんやと個人的には思っとる
正気が何なんかは下記参照やで😁
というわけで
今回は久坂玄瑞を取り上げてみた
次回は
松門の同志でもある
桂小五郎(かつらこごろう)
後の 木戸孝允(きどたかよし)
をfeat.したいと思う
禁門の変 勃発時
戦乱の京都で生き延びた《逃げの小五郎》
双璧に見劣りせん
幕末の超重要人物である桂
幕末を生き延びた彼の人生と
その思想を深掘る
【連載】幕末志士と兵たちの信仰 《第10話》
生きてこそ feat. 桂小五郎 - 堅忍不抜 -
次回も
お楽しみに!
筆者:Khaosan
😇波乱万丈な人生はこちら
😁チップ箱はこちら
【次回記事】
▼9/4配信開始

生きてこそ feat. 桂小五郎
- 堅忍不抜 - 前編
【付録】 まとめ資料
【Khaosanの舞台裏】
大学中退のバンドマンが、遅めの社会デビューから叩き上げて、マニラで散って、再生して、20年を越えるBiz-dev人生の修羅場を通じて《日本精神》に辿り着いた。
その真相と現代ビジネスに効く独自考察を高尾から発信してます!
そんな Khaosan の 波乱万丈な人生 とこれまでの 全考察記事一覧 は、このリンク先で包み隠さず大公開中やで 😁
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📝 この記事について
この記事は学術的な通説とは異なる点を多く含んでおります。あくまで一つの「妄想」として楽しんでもらえたら嬉しいです。
この記事は、AI戦略アシスタント「コマちゃん」との対話をベースに執筆しました。
Khaosan / 2026年9月
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