【連載】幕末志士と兵たちの信仰 《第11話》 生きてこそ feat. 桂小五郎 - 堅忍不抜 - 中編 from 大和イズム
前回
生きてこそ feat. 桂小五郎(前編)-8^6#/
楽しんでもろたやろか?
藩医の子として
生まれ
松陰から
教えを受け継ぎ
江戸にて
剣の道で頭角を現し
見聞と人脈を広げ
藩の中枢となった小五郎
そして
禁門の変
小五郎は
生き延びることを最優先にする
これが
逃げの小五郎 の始まりや
今日は
その逃避行と
その先で
何を成し遂げたんか?
今日は
その辺を見ていくで😁
▼この記事を1枚でまとめると

✦ ✦ ✦
第一章:
京からの脱出

1864年
禁門の変が勃発
久坂玄瑞や入江九一といった
松陰の弟子を含め
400名にも及ぶ
長州藩士が命を落とした
そして
高杉晋作は
座敷牢に捕えられとった
ほな
その時
桂小五郎は
どこで何をしとったんか?
当時
小五郎は京都で
朝廷や他藩を味方につける為の
ロビー活動をしとった
具体的に言うと
尊王攘夷を全国的に進める為
他藩外交や情報収集目的で
京に出張っとってん
小五郎は
武力行使には反対やったが
始まってもうたら
しゃーない
戦闘が
激化する中
小五郎は
判断を迫られる
戦って死ぬか?
生き延びて再起を賭けるか?
小五郎は
生き残る覚悟を決めた😎
しかし
逃げると言っても
簡単に逃げられる状況やない
長州藩士は
全員朝敵とみなされ
京都中で
追われる身になっとる
普通に考えて
捕まって殺されるのがオチや
参戦するも地獄
逃げるのも地獄
ここで
あ?女性が小五郎を救う
幾松(いくまつ)
祇園の
芸妓さんや
小五郎とは
既に深い関係にあったとされる😊
幾松は
小五郎を匿い
変装の手伝いや
逃走の手助けをしたとされる
しかし
これは
命懸けやの行動や
このタイミングで
長州藩士を匿うこと自体が
死罪に値する
重罪やった
つまり
命を懸けて
小五郎に協力したっちゅうことや
例えば
桂が隠れ潜んどった
二条大橋の下に
幾松が
握り飯を届け続けた
という
逸話も残っとるらしいで😁
小五郎は
この時の恩を生涯忘れへんかった
というか
後に幾松は
小五郎の正式な妻となる
(ええ花やろ?🥰》
生きてこそ
という小五郎の哲学は
一人では
成し遂げられへんかった
命懸けの
協力者がおったからこそ
小五郎は
生き延びることができたんや😁
✦ ✦ ✦
第二章:
逃避行

京都では
残党狩りが激化
幾松周辺にも
監視の目が及び始めた
これ以上
京都に留まるんは危険や😥
小五郎は
但馬国出石 に落ち延びる
現在でいうと
兵庫県豊岡市のあたりや
この逃避行を
手引きした兄弟が
廣戸甚助(ひろどじんすけ)
廣戸直蔵(ひろどなおぞう)
という
兄弟やった
最初は
出石の寺や
城崎温泉を転々としながら
身を
隠しとったんやけど
それも
危険になり兄弟は
小五郎を
自分たちの家へ匿う事にする
幕府に見つかったら
家族もろとも死罪やというのに
兄 甚助は
「この人は
日本のために必要な人や
絶対に死なせたらアカン」
と家族に話し
一家で小五郎を匿った
(なんともドラマチック😭)
そして
同年12月頃
禁門の変から5ヶ月後
小五郎は
新たな生活を始める
名前を
広江孝助(ひろえこうすけ)と改め
広江屋という
荒物屋を営んで地域に溶け込んだ
因みに
荒物屋っちゅうんは
竹細工や金属製の日用品を扱う
雑貨屋さんや

小五郎の起用さは
商売人という所作にもすぐに順応
(板についてますね😁)
しかし
小五郎は
商売人に鞍替えした訳やない
甚助が
京都や大阪
長州や対馬を
行き来し
世の情勢を
小五郎に伝え続けた
身を隠しながらも
常に最新の情報を入手しとった
堅忍不抜(けんにんふばつ)
どんな困難にも
じっと耐え
決して心を動かさず
初志貫徹する強さと前向きさ
これぞ
逃げの小五郎と
どんなに揶揄されようとも
生きて信念を成就させる事に
こだわり抜いた
桂小五郎の
真骨頂と言える精神性であり
後に
維新三傑に名を連ねる
男の生き様や
✦ ✦ ✦
第三章:
敵も味方も

出石で
潜伏生活を始めた小五郎
何ですぐ長州に
帰らなへんかったんか?🤔
理由は
長州藩内の情勢やねん
禁門の変を
起こした事によって
長州藩は
朝敵と見なされる
ずっと
尊王を掲げて来たのに
朝廷からも
敵と認定された長州
切ないけど
やり過ぎたのは間違いない
これにより
幕府による
長州征伐が迫っとった😰
この
危機に対し
責任を取る形も含め
小五郎たち 正義派 = 革命派 は
藩政の中枢から降ろされ
迫害を受ける
まず
禁門の変での
総大将や政治側の責任者として
藩の重役である家老が
3名切腹となり
更に
他の革命派幹部たちも
次々に処断された
ほんで
正義派に代わって
藩政を掌握していったんが
俗論派 と言われる
反革命派や
そして
この俗論派が
正義派を徹底的に粛清し始めた
つまり
もしこの時期
小五郎が長州へ戻ったら
幕府に
捕まる前に
長州藩の藩士に
始末されてまうリスクが高かった
実際に高杉晋作も
一時的に福岡に逃亡しとった😅
身内の権力闘争の方が
ある意味で外敵より恐ろしかったんよ
幕末という時代の
複雑性をよくら表しとる話や
そんな
こんなで
小五郎は
中間地点で潜伏しとったんよ
それは逃げやなく
時機を見極める為やったわけや😎
✦ ✦ ✦
第四章:
堅忍不抜の日々

商人として
潜伏する小五郎は
常に長州藩の情勢を
気にかけとったわけやけど
甚助が
運んでくる情報は
明るい話ばかりや
なかった
というか
厳しい現実ばかりやった
長州藩内では
俗論派が実権を握り
正義派への
粛清は収まる気配もない
高杉の動向も
不明
何も出来へんまた
時間だけが過ぎて行く
「今は動くべき時やない」
そうと
頭で分かっとっても
仲間の迫害を聞いて
平気で居れるわけはあらへん
まさに
堪え忍ぶ日々を過ごす
潜伏生活が
落ち着いてきた頃
小五郎は
幾松を呼び寄せる
恋人というより
盟友に近い感覚やったんやろうな
「生死を共にする同志」
としての絆
というか共感が必要やったんやろな
幾松は
出石にやってきて
小五郎と共に
雌伏生活を過ごす
その時も
小五郎はずっと
長州藩内の動向を探りながら
じっと機を待った
そして
ついに
その時は訪れる
功山寺挙兵
たった
80余人の決起
その成功の報せが
小五郎に届く
高杉一派の
クーデターにより俗論派を排除
長州藩の藩論が
再び討幕へと動き出した
「今こそ、戻る時や」
小五郎は
長州藩に戻る事を決める
✦ ✦ ✦
第五章:
反撃の狼煙

1865年
4月末
小五郎は
下関に到着する
出石での潜伏期間
約10ヶ月
ようやく
戻ったと思いたいところやが
せやけど
すぐに安心できる状況
やなかった
俗論派政権は
すでに倒れとったが、、、
今度は
過激な攘夷論者たちが
高杉晋作
伊藤俊輔(博文)
井上聞多(馨)
らの命を
狙っとるという状況やった
(なんで、そんな事なっとんねん😅)
何故か?
高杉は
幕府を通さずに
最新鋭の武器や軍艦を
外国から直接調達する為
下関を開港して
外国と貿易しようとした
それは
イギリス帰りの伊藤や井上が
開港と武器調達の必要性を
訴えとった事に共感して合流したからや
三人は
強行的な攘夷論者たちから
外国にビビって
攘夷を諦めた軟弱者
もしくは
イギリスで外国に懐柔された
外国かぶれと見なされたわけや
つまり
「攘夷を諦めて命乞いする臆病者」
「白人に魂を売った売国奴」
という風にラベリングされ
迫害された
三人は
それぞれ別の場所に身を隠し
状況が変わるのを
待っとった
帰ってきたばかりの
小五郎が最初にやったことは
攘夷論者たちの
リーダーと話を着けることやった
野々村勘九郎
(ののむらかんくろう)
バリバリの武闘派
藩内で右に出る者はおらん程
剣に秀でた
北辰一刀流の使い手
三条実美らの
護衛役をしていた事もある
元々は高杉とは
意気投合する親友関係でもあった
しかし
純粋過ぎた故に
論調を変えた高杉らを許せんかった
小五郎は
そんな野々村と直接対話し
説得して
刀を納めさせた
小五郎の
調整能力がここでも光った
大局を見定めて
組織にバランスをもたらすマネジメント
強い組織には
必ずこういう人材が居るもんや😄
この甲斐あって
高杉らは
無事に長州へ帰還出来た
10ヶ月間
じっと待ち続けた男は
帰って早々に
仕事をこなして行く
小五郎は
ただ逃げ隠れしとった訳やない
動くべき
その瞬間を見極める
いざという時は
迷わずに成すべき事をやれる
伊藤博文は
後に
この時の小五郎について
こんな風に語っとる
「山口をはじめ長州では
大旱に雲霓を望むごとき
ありさまだった」
▼現代訳
ひどい日照りの中で
恵みの雨を告げる雲を待ち望む
そんな気持ちやった
待ち望まれていた
男が遂に帰ってきたという感覚
(ヒーローは遅れて現れる😄)
こうして
小五郎は
長州藩の政務座に入った
因みに
政務座とは
経営企画本部みたいな
意思決定の中枢や
ここで
長州藩としては
幕府に
恭順な姿勢を見せつつ
裏では軍備を
ガンガン増強させる
という
二枚舌作戦により
軍制改革と
藩政改革に邁進していく
遂に
反撃の狼煙があがった、
✦ ✦ ✦
第六章:
仇敵同士の同盟

1866年
1月21日
薩長同盟 成立
この同盟が
どれだけ異例やったんか?
薩摩藩と長州藩
そもそも
この二藩は
討幕という
同じ思想を持っとったやが
しかし
感情的に
完全に敵同士やった
1863年
八月十八日の政変では
薩摩は
会津と組んで長州を京から締め出し
1864年
禁門の変において
薩摩は再び
長州の敵として戦った
さらに
第一次長州征伐でも
薩摩は幕府軍の主力として参戦
つまり
長州にとって
薩摩は
自分たちを
政治的に締め出し
戦場で
何人もの仲間を討った仇敵
そんな
相手と手を組むなんて
普通に考えて
感情が絶対に許さへん
しかし
小五郎は
手を組む事を決断した
過去の恨みより
討幕という大目的を優先したんよ
これもまた
生きてこその信念の一つの形やった
感情に
殉じるより
現実的な
未来を掴む為に飲み込む
とはいえ
交渉は簡単やなかった
坂本龍馬と
中岡慎太郎による
熱心な仲介で
会談はようやく実現
長州から 桂小五郎
薩摩から 西郷隆盛
二人は
遂に向かいあう
しかし
両者とも
プライドが邪魔して
なかなか
本題を切り出せへん
会談の席は
様々な感情が交錯した
しばらく
沈黙が続いた後
最終的に
龍馬の強い後押しで
西郷から
話が切り出され
ついに
同盟は
締結される
◆ 薩長同盟 6ヶ条
第1条(長州が戦争になった場合の出兵)
長州藩と幕府の戦争が始まったら、薩摩藩は速やかに兵を京都へ送り、大坂などの要所を固めて長州の背後を支える。
第2条(長州が勝利しそうな場合の朝廷工作)
長州藩の勝利が見えてきたら、薩摩藩は朝廷へ働きかけ、長州藩の政治的復権(名誉回復)のために尽力する。
第3条(長州が危機に陥った場合の救済)
万が一、長州藩が敗色濃厚で壊滅の危機に陥っても、薩摩藩は決して見捨てず、その後の救済措置や立ち直りのために手を尽くす。
第4条(戦争が起きなかった場合の冤罪免除工作)
幕府が長州征伐を取りやめて戦争にならなかった場合も、薩摩藩は朝廷に対して長州藩の「冤罪」を晴らすよう働きかけを続ける。
第5条(一会桑との決戦覚悟)
薩摩藩が朝廷工作を進める中で、幕府側の中心勢力(一橋慶喜・会津藩・桑名藩)が妨害してくるならば、薩摩藩は彼らと決戦する覚悟を持つ。
第6条(名誉回復後の協力)
長州藩の冤罪が晴れ、国家のために働ける身分に戻ったならば、薩摩と長州は完全に一体となり、日本のために全力を尽くす。
そして
第二次
長州征伐が勃発
幕府は
薩摩藩にも
長州への
出兵を命じたんやが、、、
薩摩は
長州への出兵を拒否や😁
そして
長州軍は
最新兵器と天才的戦術で
幕府軍を圧倒
高杉晋作やや
大村益次郎が指揮を取り
数に劣りながらも
各地で幕府軍を撃破していった
幕府軍は
撤退を余儀なくされる
幕府の
権威は地に落ちた
将軍 徳川家茂が
病没したことも重なり
幕府は
長州と和睦して撤兵する
この第二次長州征伐における
幕府軍の大敗が
明治維新への
決定的な転換点となった
もしも
薩摩と長州が
同盟を組んでなかったら
明治維新は
なかったかもしれん
それほど
大きな歴史的な転換点を
桂小五郎は
生み出す事に成功した
✦ ✦ ✦
最後に

戦い抜くか?
生き抜くか?
小五郎が
選択した道は
生き抜く事やった
禁門の変からの脱出
出石での潜伏
敵からも味方からも
命を狙われ
逃げの小五郎と
揶揄されても
小五郎は
堅忍不抜で生き抜いた
そして
機を見定めて
長州へ帰還
迫害されていた
正義派の高杉や井上多門を救い
後の初代総理
伊藤博文も救った
さらに
絶対的な敵だった
薩摩藩との同盟については
血を吐く様な思いで
藩内を説得し
仇敵同士の歴史的同盟を
成立させた
感情的な恨みよりも
大局を見ろと叫んだ命懸けの説得
この小五郎の大局観と
全てを飲み込むリアリズムが
明治維新を
ぐっと引き寄せたんは間違いない
生きてこそ
逃げるは恥と
捉える人も多かった時代や
かなりの精神性が
小五郎を支えとったと思う
いや
ある意味で
最も目的から逃げなかった男
と言った方が
個人的にはしっくりくるわ😁
そんな
小五郎は
幕末を息抜き
新しい時代を創る側に回る
次回
幕末志士と兵たちの信仰《第12話》
生きてこそ feat. 桂小五郎 - 堅忍不抜 - 後編
明治維新の果て
小五郎が何を成したかを見ていくで
次回も
お楽しみに
筆者:Khaosan
😇波乱万丈な人生はこちら
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【次回記事】

生きてこそ feat. 桂小五郎
- 堅忍不抜 - 後編 from 大和イズム
【付録】 まとめ資料
【Khaosanの舞台裏】
大学中退のバンドマンが、遅めの社会デビューから叩き上げて、マニラで散って、再生して、20年を越えるBiz-dev人生の修羅場を通じて《日本精神》に辿り着いた。
その真相と現代ビジネスに効く独自考察を高尾から発信してます!
そんな Khaosan の 波乱万丈な人生 とこれまでの 全考察記事一覧 は、このリンク先で包み隠さず大公開中やで 😁
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📝 この記事について
この記事は学術的な通説とは異なる点を多く含んでおります。あくまで一つの「妄想」として楽しんでもらえたら嬉しいです。
この記事は、AI戦略アシスタント「コマちゃん」との対話をベースに執筆しました。
Khaosan / 2026年9月
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