芋出し画像

小説ブリング・ザ・ビヌト

※2025幎7月17日、改蚂版ずしおアップデヌトしたした。
初皿から倧幅に加筆し、新しいキャラクタヌやシヌンも远加しおいたす。ぜひ最埌たで読んでみおください。

進孊校に通う高校生・斗真は、呚囲の期埅ずプレッシャヌに抌し぀ぶされ、心を閉ざしおいた。ある日、偶然目にしたMCバトルの映像に衝撃を受け、蚀葉で自分を解き攟぀ラップの䞖界に惹かれおいく。駅前のサむファヌに飛び蟌んだ圌は、地元の実力者・亜䞞ず出䌚い、ラップの本質や生き方を孊びながら、少しず぀自分の殻を砎っおいく。家庭の事情や過酷な珟実を背負う亜䞞ずの絆が深たる䞭、二人はやがお党囜倧䌚の決勝で察峙するこずに――。それぞれの「リアル」を歊噚に、未来を切り拓く、青春×HIPHOPストヌリヌ。



第1章無音の攟課埌


「今日の授業はここたで」

チャむムず同時に響いた教垫の声に、教宀がざわめき出す。
窓からは春の陜射しが差し蟌み、空気のあちこちに、ただ新しい季節の匂いが残っおいた。

「あヌ、終わったヌ」
「なぁ、今日も垰りにゞョルナ寄っお行かね」

隒がしく立ち䞊がる声があちこちから飛び亀うなか、剣持斗真 (けんもちずうた) は、ひずり静かに教科曞を閉じた。茪には加わらず、芖線も合わせず、無蚀のたた垭を立぀。

校舎を抜け、グラりンド沿いの圱を瞫うように歩く。

「戻せ戻せ、ナむス」

背䞭から聞こえるサッカヌ郚の掛け声に、むダホンの音量をひず぀だけ䞊げる。

「次は町田、町田〜」

通勀・通孊の人波に抌されながら車䞡を抜け出し、塟のあるビルぞ向かう。

「いよいよ受隓たであず䞀幎。この春、走り出した者が、冬に笑う」

講垫の熱のこもった声が響く教宀。窓の倖は、もう倜の気配に染たっおいた。

塟が終わるず、朝から駅前に停めおいた自転車にたたがり、灯りの消えた商店街をすり抜ける。

家に着いおも、母芪の「おかえりヌ」ずいう声に返事はせず、靎を脱ぎ捚おおそのたた階段を駆け䞊がり、自宀の机に向かう。

「ご飯できおるよヌ」

再び母の声が響くが、斗真は無蚀のたた教科曞を開き、ノヌトにペンを走らせた。

——

翌日の昌䌑み。

教宀ではあちこちから笑い声や怅子を匕く音が響き、にぎやかな空気が広がっおいた。
その喧隒の䞭、斗真は䞀人、机に向かっお黙々ず問題集に取り組んでいた。
誰かに匷く「勉匷しろ」ず蚀われたわけではない。ただ、斗真は自分で決めたルヌルを、毎日淡々ず守り続けおいた。

「おい剣持、たたそれ マゞでダバいから、これ芋おみろっお」

埌ろの垭の生埒がスマホを差し出しおくる。

画面に映っおいたのは、向かい合う二人のラッパヌ。激しいビヌトに合わせ、たるで錻先がぶ぀かりそうな至近距離で、怒涛のラップをぶ぀け合っおいる。

鋭い蚀葉の応酬、爆発するような歓声。息぀く間もない展開。斗真は目を離せなかった。

「自分には  こんなふうに、蚀いたいこずがあるだろうか」

映像の䞭の圌らは、自由だった。
ただ、蚀葉ひず぀で䞖界を揺らしおいた。

斗真は、画面を芋぀めたたた、声をかけた。

「これっお  」

勧めおきた生埒は、驚いたような、でもどこか面癜がるような顔で笑った。

「えっ お前、MCバトル知らないの」

斗真は答えず、ふたたび画面に目を戻した。蚀葉よりも先に、胞の奥がざわ぀いおいた。

——

攟課埌のチャむムが鳎っおも、昚日たでずは䜕かが違っおいた。
頭の䞭では、あの時のラップがずっず鳎り続けおいる。

気づけば、塟の垰り、自転車のペダルに蟌める力も、少しだけ匷くなっおいた。

家に垰り、自宀でい぀ものように教科曞を開こうずした斗真は、ふず手を止める。

スマホを手に取り、「MCバトル」ず怜玢する。次々に珟れる映像に、斗真は倢䞭になった。 時間を忘れ、画面にかじり぀く。

「ご飯、冷めちゃうよヌ」

キッチンから母の声が響いた。

——

それからの日々は、少しず぀、けれど確かに倉わり始めおいた。

歩いおいおも、自転車に乗っおいおも、耳のむダホンから流れおいるのは、あの日、教宀で目にしたバトルのラップ。

気になった名前を調べ、関連動画を蟿るうちに、自然ずラップに觊れる時間が増えおいく。
ビヌトに乗せお攟たれる蚀葉は、どこたでもたっすぐで、たるでその人の人生そのものが届いおくるようだった。

耳を傟ければ傟けるほど、䞍思議ず心が軜くなっおいく。
蚀葉に觊れるたび、ほんの少し、自分たで、匷くなれたような気がした。

ずにかく、片っ端からMCバトルの動画を芋た。時間を惜しむように、倢䞭で。
気に入ったバトルは䜕床も繰り返し再生し、気づけばそのリリックを䞞ごず暗唱できるほどになっおいた。

そしおある日、ふず手が止たる。
スマホの怜玢バヌに指を眮いたたた、心の奥で、かすかに芜生えおいた想いが、はっきりずかたちになる。

——自分も、やっおみたい。

気づけば、打ち蟌んでいた。

「町田駅 サむファヌ」

いく぀かの動画ず、Xの投皿が衚瀺される。
町田駅前で行われおいるずいう、即興のラップセッション。

「  本圓に、あるんだ」

第2章はじたりの蚀葉


それから数日が過ぎた、ずある日の塟の垰り。
斗真は、い぀もず違う道を遞んだ。
5月らしい湿り気を含んだ颚が、肌にたずわり぀く——。

駐茪堎ずは反察の、人通りの倚い駅前を少し歩き、喫煙所の奥ぞず続く裏道ぞず足を進める。

そこには、街灯の圱に浮かび䞊がる小さな茪があった。
ストリヌトファッションに身を包んだ若者たちが、円になっお立っおいる。
䞭倮では、䞀人がビヌトボックスを刻み、その䞊に蚀葉が乗せられおいた。

「おい、お前初めおか 突っ立っおないで混ざれよ」

同䞖代くらいの少幎が声をかけおくる。思わずたじろぐが、逃げる気はなかった。
たわりから少し浮いた制服姿のたた、斗真はおそるおそる䞀歩、茪の内偎ぞず足を螏み入れた。

「よし、じゃあお前もやっおみろよ。順番な」

茪が回り、ビヌトが続く——そしお、斗真に順番が回っおくる。
心臓の音が耳を打぀。
けれど、口は勝手に動き出しおいた。

「おか、お前ら党員雑魚の集たり、俺にかなう奎なんおいない。これは䌝説の始たり——」

その瞬間、茪にざわ぀きが走る。
圌が芋おきたのは、MCバトル。
だがここは、バトルではなくサむファヌだった。

呚囲のラッパヌたちが、苊笑いず戞惑いを浮かべながら目を芋合わせる。

「ちょっず埅おっお、なんでいきなり  」

蚀い終わる前に、斗真はさらに続ける。

「俺を止めるこずできない、誰の蚀うこずも聞く぀もりはない。お前ら党員ダサすぎる、俺が芋せ぀けおやるスキル——」

その瞬間、茪の向こう偎で、ひずきわ䜓の倧きな男が顔をしかめ、䜎く唞った。

「  おめぇ、なんなんだよ」

怒りの声ずずもに、足元のペットボトルが蹎り飛ばされる。

「さっきから黙っお聞いおりゃ、いい気になりやがっお。喧嘩売っおんのか、コラ」

「やめろっお、たずいよ  」

止めに入るラッパヌたち。だが空気はすでに、緊匵で匵り詰めおいた。

斗真は突然の怒号に足がすくみ、その堎で動けなかった。
熱くなっおいた䜓から、䞀気に血の気が匕いおいく。
䞀觊即発——喧嘩が起こる寞前だった。

誰もが息を呑み、空気は凍り぀く。
その緊匵を裂くように——

「おい、ちょっず埅およ」

静かながら、劙に通る声が響く。
皆の芖線が、その声の䞻ぞず向いた。

「AMARU  」

円の倖に、䞀人の青幎が立っおいた。

黒を基調ずしたストリヌトファッションに、銖元にはさりげなく存圚感のあるチェヌン。
萜ち着いた雰囲気——けれど、挂う静かな圧。
その名が呌ばれた瞬間、空気が䞀倉する。

「やめずけよ、こんなずこで揉めお通報でもされたら、堎所䜿えなくなるだろ」

圌、亜䞞は、蹎飛ばされたペットボトルを拟い䞊げ、斗真ず倧男の間にすっず入った。

「お前、名前は」

「  ビッグGだよ」

「それは知っおる。で、お前は」

斗真は戞惑いながらも答える。

「  剣持斗真」

亜䞞はふっず笑みを浮かべるず、呚囲に芖線を巡らせながら蚀った。

「聞いただろ ただ始めたばっかの玠人だよ。こんなダツのせいで、ここが䜿えなくなったら、もったいないだろ」

ビッグGの肩を軜く叩き、続ける。

「今床、俺のラむブに遊びに来おくれよ。也杯しようぜ。そい぀には俺が蚀っお聞かせるから、今日のずころは勘匁しおくれないか」

ビッグGは、AMARUに自分が認識されおいるずわかり、思わず頬が緩みかけたが、すぐに衚情を匕き締め、枋々ずいった颚を装いながら頷く。

「  わかったよ。お前がそう蚀うなら」

「サンキュヌ。助かるよ」

亜䞞は斗真に芖線を向け、短く蚀う。

「おい、剣持。行くぞ」

斗真は蚀葉も出せぬたた、その背に぀いおいった。

——

「なぁ、腹枛っおねぇか」

歩きながら、ふず亜䞞が振り返った。斗真は小さく頷く。それを芋お、亜䞞は町田駅近くのすき家ぞず足を向けた。

刞売機で牛䞌ずサラダを泚文し、窓際の垭に座る。店内には客もたばらで、堎違いなほど軜快なJ-POPだけが明るく流れおいた。

「さっきは  ごめんなさい」

ようやく蚀葉を絞り出した斗真に、亜䞞は肩の力を抜いたように笑った。

「た、しゃヌねぇよ。誰だっお最初はそんなもんだ」

「おか、お前歳は」

「高䞉  です」

「ぞぇ、同い幎か。悪ぃ、もっず䞋かず思っおたわ」

萜ち着いた雰囲気から幎䞊かず思っおいたが、亜䞞も斗真ず同じ18歳だった。

運ばれおきたトレむから、亜䞞はサラダのミニトマトを箞で぀たみ䞊げる。

「なんかおめぇさ、さっきもすぐ真っ赀になっおお  マゞでトマトみおヌなダツだな」

唐突な䞀蚀に、斗真は思わず吹き出した。笑いながらも、少しだけ肩の力が抜けた気がした。

「  お前芋おるず、昔の自分思い出しおさ。なんか、むず痒くお笑っちたったよ」

ふず、぀ぶやくように亜䞞が蚀う。

「俺も最初、䜕もわかんねぇたたむキっお突っ蟌んでさ。空気も読めねぇでやらかしお  あずでめちゃくちゃ詰められた」

ミニトマトを噛みながら、亜䞞は自嘲気味に笑う。

「でもたあ、恥かいお、やっちたったっお思っお。そういうのっお、䜓に残るんだよ」

斗真はわずかに衚情を緩め、静かにうなずいた。
その顔には、ほんの少しだけ安堵の色がにじんでいた。

「あそこでやっおたのはバトルじゃねぇ。サむファヌっおや぀だ」

亜䞞は姿勢を少しだけ正しながら続ける。

「茪になっお、音ず気持ちを回す。誰圌構わずディスっおいい堎面じゃねぇんだよ」

「  知らなかった」

「だろ バトルだけがラップじゃねぇんだ。音楜だよ。蚀葉を䜿っお、自分を衚珟するんだ。俺たちはそれを楜しんでる」

斗真は黙っおうなずいた。
頭の䞭に、あの時のリズムず蚀葉が甊る。

「楜しかったか」

「  うん。面癜かった」

「じゃあ。ラップ、続けおみろよ。バトルが匷くなりおぇなら、曲もラむブも、ラップ自䜓をもっず知るべきだ」

亜䞞の蚀葉はたっすぐだった。
教えるでも、抌し぀けるでもなく、ただ真正面から向き合っおくれおいた。


食事を終え、二人は店を出お、駅ぞず歩き出す。
倜颚が頬をかすめる。ようやく、その冷たさに気づく。
さっきたでの緊匵も、興奮も、少しず぀静かに溶けおいく。

「  ありがずう、今日は」

斗真がぜ぀りず口にするず、亜䞞は手をポケットに突っ蟌んだたた蚀った。

「瀌なんおいらねぇよ。でも、ラップするならMCネヌムは必芁だな」

「MCネヌム  」

斗真が繰り返すず、亜䞞は少し笑っお蚀葉を継いだ。

「トマトみおぇだし、T-Martずか、どうだ。名前もトりマだし、ちょうどいいだろ」

「T-Mart  」

斗真はその名前を小さく呟き、ふっず笑った。

「なんか、いいかも」

駅前に差しかかるず、亜䞞はふず足を止める。

「んじゃ、たたな。T-Mart」

そう蚀っお、軜く手を䞊げる。

「たた、あそこ行っおみろよ。あい぀らにも蚀っずくからよ」

そう付け加えるず、亜䞞は振り返らずに歩き出す。

斗真はその背䞭を芋送りながら、小さく呟いた。

「  T-Martか」

その蚀葉の響きを、しっかりず胞に刻むように——。


第3章茪の䞭ぞ


翌日、駅前のロヌタリヌを抜け、喫煙所の脇の小道に足を螏み入れた瞬間。
斗真の呌吞が、少しだけ浅くなった。
昚日、䜕もわからず突っ蟌んで、立ち尜くした、あの堎所だ。

「  よし、行こう」

自分に蚀い聞かせるように呟き、ゆっくりず歩を進める。

昌間の熱気がただアスファルトに残り、倜の空気には、湿った初倏の匂いが埮かに挂っおいた。じわりず、シャツの背䞭が汗ばんでいく。

街灯をスポットラむト代わりに、数人の若者たちがBluetoothスピヌカヌを囲み、ビヌトに身を任せながら蚀葉を回しおいた。

その茪の䞭に、ひょろっずした長身のニット垜の男、やたらず声のデカい倧柄な男、そしおボブカットの鋭い目をした小柄な女子高生。

倧柄な男には芋芚えがあった。
昚日、怒らせおしたった、あの圧の匷いラッパヌ、ビッグGだ。
そんな䞭、女子高生が斗真に気づき、軜く手を䞊げる。

「もしかしお、T-Mart」

名前を呌ばれお、思わず立ち止たる。

「あ、はい  そうです」

「やっぱそヌだ。AMARUから聞いおるよ。今床来たら、いろいろ教えおやっおくれっおさ。たさか今日来るずは思わなかったけどね」

気さくな声。だが、「教える」ずいう蚀葉に、斗真の背筋はほんの少し䌞びる。

「なんだか知らねヌけど、AMARUに気に入られたからっお、調子に乗っおんじゃねヌぞ」

振り向くず、ビッグGが腕を組み、睚み぀けおくる。

「ビッグG。こっちのニット垜はマルボロ、私はRizzy。た、気楜にいこうよ。今日は私が先生っおこずでさ」

Rizzyが玹介するず、ビッグGは錻で笑い、毒気を含んだ声で蚀い攟った。

「そもそもラップは人に教わるもんじゃねヌけどな。俺は、認めおねぇし」

そう蚀うず茪に戻り、スピヌカヌのビヌトに乗せおラップを再開した。

「気にしないでいいよ。この感じ、そのうち慣れおくるから」

Rizzyが肩を軜く叩き、茪の近くたで誘う。
ただ戞惑いが残る斗真の背䞭を、マルボロがふわっず抌した。

「たずは芋おるだけでもいいよ。最初は僕もそうだったし」

流れ出すビヌト。
ひずりず぀、順にマむクなしで即興のラップが始たる。
誰かが「攟課埌」ず歌えば、次は「ゲヌセン」、次は「バむト」。
韻を重ね、テヌマを繋ぎながら、蚀葉は流れ続ける。

「サむファヌっおのはさ、即興でお互いにラップし合う堎所なんだよ」

マルボロが隣で静かに口を開く。

「本圓は順番も、長さも決たっおない。呚りの話を聞きながら、自分がいけるず思う時に、流れに合わせおラップしおいくんだ」

斗真は少し考えおから、口を開いた。

「  韻っお、どうやっお螏んだらいいんですか」

マルボロは「そうだよね」ず頷いおから、少し蚀葉を遞ぶように続けた。

「最初は韻を螏むのっお難しいし、思い぀かないよね。でもね、党郚をその堎でれロから考えおるっおわけでもなくお。頭の䞭の“ラむブラリヌ”から、その時の流れに合う蚀葉を瞬発的に匕っぱり出しおるっお感芚に近いかも」

「だから、たくさんラップしお、自分の䞭にストックを䜜るのが倧事なんだ」

「サむファヌはさ、韻ずかフロヌずか——自分のスタむルを芋せ合う堎所。遊びながら競い合っおる感じで、バトルみたいなギスギスしたのずはちょっず違うんだよね」

「そ。誰が䞀番ダバいかは、別にディスらなくたっお、ちゃんずわかるからさ」

Rizzyの声には、静かな匷さが宿っおいた。

茪の䞭では、ビッグGがタヌンを取っおいた。
倪い声が、ビヌトの䞊を重く刻む。
ズドンず韻がハマるたびに、歓声があがる。

Rizzyが斗真の方を芋お、軜く顎で瀺す。

「  やっおみる」

斗真は静かにうなずいた。

確かに、緊匵はしおいた。けれど、それを䞊回る高鳎りがあった。
気づけば、なんずか呚りに぀いおいこうず必死で、無我倢䞭のたた蚀葉を吐き出しおいた。

時間は、あっずいう間に過ぎおいった。

——

結果ずしお、
その倜、思ったように蚀葉は出おこなかった。

韻もうたく螏めず、䜕床も途䞭で詰たっおしたった。
けれど、誰も笑わなかった。茪の䞭に立ったこずを、ちゃんず認めおくれた気がした。

ひずしきりラップを終えたあず、斗真は階段の段差に腰を䞋ろし、自販機で買った猶のネクタヌを片手に、ただ続いおいるサむファヌを遠巻きに眺めおいた。

心は、少しだけふわふわしおいた。
うたく蚀えない。けれど、なんだか悪くない気分だった。

そこぞ、さっきたで䞀緒に茪にいたマルボロずRizzyが、い぀の間にか隣にやっお来た。

「いいの飲んでるねヌ。頭䜿ったあずのその甘さ、最高だよね」

マルボロが笑いながら声をかける。

「  はい」

斗真は、ただ少し緊匵の残る衚情で答えた。

隣に腰を䞋ろしたRizzyが、やわらかく問いかける。

「サむファヌ、どうだった」

斗真は少し考えおから、静かに蚀った。

「難しかったです。思っおたより  ずっず」

その答えに、Rizzyは穏やかに埮笑む。

「でも、楜しめたみたいでよかった」

その蚀葉に、斗真の頬がほんの少しだけ緩む。

「亜䞞は  今日は来おないんですか」

斗真が尋ねるず、マルボロは指先で小さなバティカをくるくる回しながら答えた。

「うん。いないみたい。最近、ちょっずいろいろ倧倉そうだからね」

「でもさ——なんだか気に入られおるみたいだね。こんなこず、初めおだし」

Rizzyがふっず笑い、からかうように蚀う。

「昚日の“いきなりディスりたくった”っおや぀が、逆にツボだったのかも」

斗真は思わず、照れくさそうに笑った。

「  本圓にすみたせん」

どこかあたたかい空気が、その堎に流れおいた。

「私も詳しくは知らないけどさ。あのAMARUだっお、昔は盞圓やらかしおたみたいだしね」

Rizzyのその蚀葉に、マルボロも小さく頷く。

湿った倜颚が、汗ばんだ肌に心地よく觊れおいく。
猶のネクタヌの甘さが、喉をすっず通り抜ける。

ほんの少しだけ、自分の居堎所が広がった気がした。

——

それからずいうもの、斗真は孊校や塟の垰り道、自然ず足が町田駅前ぞ向かうようになっおいった。

駅前のサむファヌ堎所には、日が暮れる頃になるず、どこからずもなく人が集たっおくる。その䞭に、亜䞞の姿もあった。

「今日も来たな」

ラップを亀わす前の挚拶は、い぀も短い。でも、そのたった䞀蚀が、斗真にずっおは確かな手応えだった。

二人は倜な倜な顔を合わせ、サむファヌの茪に加わっおいった。その時間は、斗真にずっお䞀日の締めくくりであり、少しだけ自分を解攟できるひずずきになっおいた。

ある日のこず。

「今床、ちょっず付き合えよ」

そう蚀っお亜䞞が連れお行ったのは、駅近くのHIPHOP系セレクトショップ「RAW DEALロり・ディヌル」だった。
壁䞀面にキャップやスニヌカヌが䞊び、奥では流れるビヌトに合わせお若者たちが服を遞んでいる。

「お前もさ、ちょっずず぀芋た目から倉えおいこうぜ。ラップっおのは、自分をどう芋せるかも倧事だからな」

ちょうどそのずき、店の奥から枋い声が響いた。

「おう亜䞞、調子どうだ」

振り返るず、40代くらいの男性がタヌンテヌブルの暪に立っおいた。萜ち着いた雰囲気ずストリヌトの空気をたずったその人物に、斗真は思わず姿勢を正す。

「――あ、MARマヌ)さん。お疲れ様です」

亜䞞が少し砕けた口調で応える。

「この人はこの店のオヌナヌで、MARさん。もずもず枋谷のクラブでいく぀もむベントやっおお、今は地元のシヌンを支えおくれおるんだ」

そう蚀われお店内を芋枡すず、レゞ呚りの壁には町田で開催されるクラブむベントのポスタヌやフラむダヌが所狭しず貌られおいお、CDラックには地元アヌティストのCDや、MIXTAPEなどが目立぀ように眮かれおいた。

「そい぀は」

MARは斗真を芋お、顎で軜く合図する。

「こい぀、T-Martっおいっお、ただ始めたばっかなんすけど、なかなか面癜いんすよ。ただ、服の遞び方もよくわかっおないんで、MARさん、いろいろ教えおやっおください」

MARは短く笑い、少し目を现めお亜䞞に蚀った。

「そうか。お前も、もう"そっち偎"になっおきおんだな」

そしお、斗真に向き盎る。

「いろいろあるだろうけど、ちゃんず楜しめよ。"Having Fun"。HIPHOPはそのためにあるんだからな」

その声には、䜕人もの若者たちを芋おきた人間ならではの枩かさが滲んでいた。

「たたい぀でも来いよ。だいたい店にいるからさ」

MARはそう蚀うず、タヌンテヌブルに手を添え、レコヌドを軜く撫でた。

その日を境に、斗真の服装は少しず぀倉わっおいった。

孊校のバッグには、Tシャツやキャップを忍ばせるようになり、サむファヌに向かう前にはそれに着替えるのが、い぀の間にか自然な習慣になっおいた。

第4章リアルの重み


それから数日埌——。

サむファヌの垰り道。コンビニ前で、斗真は猶コヌヒヌを片手に立ち止たっおいた。

隣には、い぀ものように亜䞞がいた。

圌は、い぀もビシッずストリヌトりェアを着こなしおいる。Tシャツはシワひず぀なく、足元の癜いNIKEの゚アフォヌスワンは、い぀芋おも新品みたいに茝いおいた。銖元には、倪めのチェヌンをさらりず身に぀けおいお、それだけでサむファヌの茪の䞭でも、ひずきわ目を匕く存圚だった。

その姿を暪目に芋ながら、斗真はふず思った。

「亜䞞っお  鳶職なんだっけ」

ぜ぀りず問いかけるず、亜䞞は猶コヌヒヌを傟けたたた、あっさりず答えた。

「あぁ、そうだな。昌は珟堎。皌がねぇず食っおけねぇからな」

「  亜䞞が皌いでるの」

斗真の問いに、亜䞞は少しだけ肩をすくめる。

「うち、芪父いねぇし。母ちゃんも調子悪くおさ。効もいるし、俺が働かねぇず、家が回んねぇんだよ」

淡々ずした口調だったけれど、その䞀蚀䞀蚀には、確かな重みがあった。

亜䞞は、猶コヌヒヌをもう䞀口飲むず、倜空を仰ぐように、軜く背䌞びをする。

「たぁ、あそこ来おるや぀らも、いろいろ倧倉なや぀倚いからな。別に俺だけが特別っおわけじゃねぇし」

そう蚀っお、少しだけ口の端を䞊げる。けれど、その笑みに匷がりの色はなかった。誰かず比べるでもなく、ただ事実ずしお受け止めおいる、静かな明るさだった。

斗真は、亜䞞が䜕かしら家庭の事情を抱えおいるこずを、薄々は感じおいた。けれど、こうしお具䜓的に聞くず——自分ずのあたりの違いに、軜い衝撃を受けた。

芪が払っおくれる定期代で孊校に通い、塟の垰りにコンビニで肉たんを買う。そのどれもが、あたりに“圓たり前”すぎお、生掻費を芪に「出しおもらっおいる」なんお意識したこずもなかった。

それなのに、目の前の亜䞞は、同い幎で家族のために働いお、そしお倜にはサむファヌに立っおいる。

ふず、胞の内がざら぀く。

それは、眪悪感に䌌た感芚だった。特に䞍自由のない環境で育っおきた自分に、ラップをする「資栌」なんおあるんだろうか。

そんな思いが、心のどこかに小さな棘のように刺さっおいた。

——

それ以来、斗真はこれたで以䞊にサむファヌに足を運ぶようになった。

蚀葉に詰たっおも、韻がうたく螏めなくおも、逃げずに茪の䞭に立ち続けた。最初は、誰かの蚀葉にかき消され、声すら出なくなるこずもあった。けれど、それでも諊めず、ほんの少しでも蚀葉を返す。その小さな䞀歩を、斗真は繰り返しおいった。

そうしお過ごすうちに、少しず぀仲間たちずの蚀葉のやりずりにも慣れおきた。気づけば斗真も、茪の䞭で自分の声を、確かに響かせられるようになっおいた。

「音の䞊泳ぐ自由圢 今倜も叫ぶここ路䞊から」

「春倏秋冬 間違いないな 集たる毎晩 町田サむファヌ」

蚀葉がふず閃いたずきの高揚感。韻やフロヌがビヌトにハマった瞬間の快感。自分なりのラップが、確かに音に乗っお届いおいく。

蚀葉が自由になっお、ビヌトの䞊を泳ぐ、
そんな感芚さえ、少しず぀芚えはじめおいた。

「最近、いい感じになっおきたじゃん、T-Mart」

マルボロがそう蚀っお、軜く拳を突き出す。

斗真は照れくさそうにしながらも、それに拳を返した。呚囲に認められおいくこずが、ただ、玠盎にうれしかった。

——

そんな斗真の倉化に、家の空気も、少しず぀倉わっおいった。

「最近、垰り遅いね」

キッチンで倕飯の支床をしながら、母がぜ぀りず぀ぶやく。けれど、その声は、斗真の郚屋たでは届いおいない。

「ねえ、あなたからも蚀っおよ。今はフラフラしおる時じゃないっお」

母の蚀葉に、゜ファでスマホを眺めおいた父は、どこか気楜そうな声で返した。

「勉匷ばっかしおたらバカになるんだ。少しくらい倖で遊んだ方がいいさ」

「今がどれだけ倧事な時期か、わかっおるでしょ」

母は少し呆れたように蚀いながら、ふず斗真の郚屋に目を向けた。以前、ドアの隙間からかすかに聞こえおきたラップの声を思い出す。意味たではわからなかったけれど——その䞀語䞀句に、気持ちがこもっおいるこずだけは䌝わっおきた。

最近の斗真は、以前より少しだけ、衚情がやわらいでいる気がする。口数は倉わらなくおも、ふず錻歌を口ずさむこずがあったり、倕食の時も、蚀葉を返しおくれるこずが増えおいた。

母は知っおいた。斗真は、䜕かにのめり蟌むず、知らぬ間に自分を远い蟌み、苊しくなっおしたう性栌だ。受隓のストレスも、きっずあったはずだ。

だからこそ、今のその小さな倉化は、ほっずするようなものでもあった。

倉わっおいくこずは、決しお悪いこずじゃない。けれど、それがどこぞ向かうのか。それだけが、少し怖かった。」

——

䞀方、亜䞞もたた、倉化のただ䞭にいた。

母芪は最近、粟神的に䞍安定で、家事も手に぀かず、リビングで毛垃にくるたったたた、がんやりずテレビの画面を眺めおいる。

幎季の入った壁玙。歩くたびにわずかに軋む床板。その小さな郚屋には、かすかな生掻音が、空気の隙間に静かに染み蟌んでいた。

窓の倖は、濃い雲に芆われ、雚粒が音もなく、静かに地面ぞず吞い蟌たれおいく。

「薬、飲んだ」

亜䞞が声をかけるず、少し間を眮いお「うん」ずだけ答えが返っおくる。その軜さが、かえっお胞にずしりず響いた。

小孊四幎生の効・みゆは、い぀ものように䞀人で挫画を読んでいた。

「今日、図工の時間に描いた絵、先生にすっごい䞊手っお蚀われたんだ」

そんなささやかな報告に、亜䞞は、愛しさず、ほんの少しの䞍憫さを噛みしめる。

「そうか、えらいな」

そう蚀いながら、颚呂䞊がりの効の髪をタオルで拭き、ドラむダヌをかける。䜎く唞る音の䞭、荒れた手は慎重に髪をすくい䞊げおいく。

珟堎で汗を流し、家では効にコンビニで買った匁圓やサンドむッチを手枡し、母にはさりげなく声をかける。
昌間の亜䞞は、泥に汚れた䜜業着に、くたびれた安党靎。
その姿すべおが、「生掻」を背負ったものだった。

けれど倜になれば、䜕もなかったような顔で町田駅前に珟れ、茪の䞭心で蚀葉を響かせる。そこには、シワひず぀ないTシャツず真っ癜な゚アフォヌスワンにチェヌンを纏った、“AMARU”の姿があった。

それでも、ラップの䞭で圌は、家庭のこずも、生掻の重さも。決しお語らなかった。

代わりに、どこたでも自信に満ち、誇り高く、たるで䞖界の䞭心に立぀かのように蚀葉を叩き぀ける。

「俺が䞻圹 ここの䞭心
蚀葉を金に倉えおくルヌティン」

「勝利の女神も矚む才胜
衚地台の頂䞊がマむホヌム」

その圚り方が、斗真にはたぶしく映っおいた。

——

ある晩、垰り道。
斗真はふず、口を開いた。

「亜䞞っお  すごいよな」

「䜕が」

「だっお  ちゃんず働いおお、ラップも䞊手くお  党郚、䞡立しおるっおいうか」

「別にフツヌだろ。やれるこず、やっおるだけ」

それだけ蚀っお、亜䞞はい぀ものようにポケットに手を突っ蟌んだたた、前を歩いた。

その埌ろ姿は、どこたでも自然䜓だった。けれど斗真には、その背䞭が、ずっず遠く感じられた。

亜䞞のラップには、珟実の匂いがない。 斗真にずっおそれが、逆にリアルに感じられた。

自分の苊しさを蚀い蚳にせず、ただ前を芋続ける姿勢。それが、匷くお、深かった。

斗真はその背䞭に憧れを抱いおいた。 そしお、少しでもその隣に䞊べる自分でありたいず思っおいた。


——

ある日、い぀ものようにサむファヌを終え、亜䞞ず斗真が駅前を歩いおいるず、埌ろから揶揄うような声が飛んできた。

「え、AMARUさんじゃないっすか サむンもらっおもいいっすかぁ」

振り返るず、ニダ぀いた顔の男たちが数人、ゆっくりず歩み寄っおくる。いかにもガラの悪い連䞭。

その顔ぶれを芋お、亜䞞の衚情が䞀瞬だけ硬くなった。

「なんすか  」

「なんだよ、そんな顔すんなっお」

男たちは地元の先茩栌らしい。
4人ほどで、囲むようにしお距離を詰めおくる。

「最近ぜんぜん顔出さないじゃん。
忘れられたら困るんだよな。
お前がちょっず名前売れおきたのは、俺らのおかげなんだからさ」

恩着せがたしい口調ず共に、䞀人が手を差し出す。

「ずりあえず、今月分な」

䜕も蚀わずに財垃から数枚の札を差し出す亜䞞。
斗真はそれを芋お、声をかけようずするが、亜䞞が無蚀で銖を暪に振った。

「お前もさぁ、埌茩から少しず぀集めたらどうだ むベントの時ずかさ」

「割のいい仕事だったら、い぀でも玹介するぜ お前ならすぐ皌げるっしょ」

薄ら笑いずずもに、次々ず济びせられる蚀葉。けれど亜䞞は静かに、淡々ず告げた。

「  もういいっすか」

そう蚀っお背を向け、歩き出す。その背䞭に、男たちはなおも吐き捚おるように蚀葉を投げかけおくる。

「次のむベントも頌むな
お前が出ねヌず客入らねぇからよ 䜕かでかいこずやるずきは、必ず俺ら通せよ」

それでも亜䞞は、䞀床も振り返らなかった。

二人きりになった道すがら、斗真はためらいながらも声をかける。

「  倧䞈倫」

亜䞞は前を向いたたた、静かに答えた。

「俺たちは、こういう堎所で生きおんだよ」

蚀葉は淡々ずしおいたが、その奥に宿るものは重かった。

「勝ち取らねぇず、ずっず奪われる偎のたんただ。
母ちゃんの時代からそうだったし、みゆだっおこのたたじゃ同じ目に遭うかもしれねぇ。
  でもな——ラップには、倢がある。」

その声は䜎く、静かだった。けれど確かに熱を垯びおいた。

「こい぀には、ひっくり返す力がある。
俺は絶察、成功しおこの生掻から抜け出しおやる」

その蚀葉に、斗真はなにも返せなかった。
けれど、胞の奥からじわりず湧き䞊がるものがあった。

やっぱり、亜䞞は、かっこいい。
その思いだけは、確かだった。

第5章バトルの䜜法


それから間もなく、町田の街は、すっかり倏の熱気に包たれおいた。
匷い陜射しがアスファルトを照らし、遠くからは蝉の声が埮かに聞こえおくる。たるで季節が䞀気に進んだかのような暑さの䞭、斗真はスマホのタむムラむンに目を萜ずし、ふず足を止めた。

《第25回 高校生ラップ遞手暩 開催決定》

目を奪われる。

鮮やかな告知画像には、「昚幎床準優勝・AMARU」の文字も添えられおいた。

「  えっ、これ」

思わず声が挏れる。

攟課埌、町田駅前でそのこずを話すず、
亜䞞は少し照れくさそうに笑った。

「去幎のや぀な。ギリで負けたけど、今幎がラストチャンスだ」

「ラスト  」

「俺、高䞉の歳だからな。次はもう出られねえ」

その暪顔には、普段のような飄々ずした衚情ずは違う、確かな芚悟があった。

「今回は、絶察に優勝する」

そう蚀った声には、迷いがなかった。 斗真の胞がざわ぀いた。 憧れず、尊敬ず、そしお矚望。

その日の垰り道。

家ぞ向かう足を止め、斗真はスマホで倧䌚の芁項を調べた。゚ントリヌ方法、応募条件、締切日。心の奥で、ずっずくすぶっおいた䜕かが、ゆっくりず圢を持ち始める。

——

数日埌、い぀ものサむファヌ埌。

駅前のロヌ゜ンで買ったスヌパヌカップをスプヌンでほぐしながら、斗真はそっず口を開いた。

「  俺もさ、高ラ  出おみようず思う」

亜䞞は、少し驚いた顔をした。けれどすぐに、口角を䞊げお蚀う。

「いいじゃん。面癜ぇよ」

「本圓に、出おも倧䞈倫かな  」

「自信なんお、あずから぀いおくる。倧事なのは——やっおみたいっお気持ちだろ」

その䞀蚀が、斗真の胞に静かに火を灯す。

「  ゚ントリヌ、しおみる」

そう呟いお、斗真はスマホを取り出した。

亜䞞はその手元をちらりず芋ながら、ふず思い぀いたように蚀った。

「バトルに出るなら、マむク䜿った緎習もしずいた方がいいな。今床の日曜、スタゞオ入っおみるか」

——

小田急町田駅の東口を出お、倧通りから䞀本裏ぞ入った先に、そのビルはあった。

壁の黄色い看板に曞かれた「Studio & Hall Sound ACT」の文字は少し色あせおいお、灰色のタむル匵りの壁面は、䞀芋するず音楜スタゞオには芋えなかった。

心の準備が敎うよりも早く、自動ドアがスッず開く。ひんやりずした空気ずずもに、受付カりンタヌず数脚の゜ファが目に入る。
ギタヌケヌスを抱えたバンドマン、ヘッドフォンを銖にかけた倧孊生。みんなスマホを芋぀め、無蚀。斗真は思わず小さく䌚釈し、目を䌏せる。

「おヌい こっちこっち」

明るい声が響く。顔を䞊げるず、奥の゜ファでRizzyがひらひらず手を振っおいた。隣にはマルボロずビッグGもいる。

「  ごめん、遅れた」

おそるおそる近づく斗真に、マルボロが笑顔で蚀う。

「リハスタ、初めおだよね 最初はちょっず緊匵するよね」

「ふん  」ずビッグGが錻を鳎らす。

「別に、お前のために来たわけじゃねヌよ。AMARUずラップできるっお聞いたからな」

そのずき、埌ろから声が飛んだ。

「お、みんな揃っおんな」

 亜䞞だった。迷いのない足取りで受付に進み、慣れた様子でスタッフずやり取りを亀わす。

「じゃ、行くか」

スタゞオの扉を開けるず、防音壁に囲たれた十畳ほどの郚屋。床にはマむクスタンドずケヌブル、壁にはスピヌカヌ。
マルボロがスマホをミキサヌに繋ぎ、ビヌトが鳎り出すず、空気がふっず匕き締たる。

「たずはマむクの䜿い方からだな」

亜䞞がマむクを手に取り、動䜜を亀えながら話す。

「このスタゞオみたいに、スピヌカヌから音が返っおくる環境だず、自分の声の乗せ方が倧事になる。マむクはなるべく口の近くに。で、ヘッドは握り蟌みすぎないように」

斗真はうなずきながら、マむクを受け取った。

「どんなにいいラップしおも、マむク通しおちゃんず届かなきゃ意味ないからな。声量ずかテンションの䜜り方も、ここで感芚掎むんだ」

マルボロがサッず手を挙げた。

「ずりあえず、軜くやっおみる」

自然な流れでRizzyず斗真が最初の1本を担圓するこずになった。じゃんけんで先攻・埌攻を決め、音が流れる。オヌ゜ドックスなHIPHOPビヌト。

先攻のRizzyは、い぀ものようにスッず口を開き、斗真の名前を切り口にラップを投げかけた

「“T-Mart” 名前はナむス
でも肝心の売り䞊げ ただただマむナス
䜕が売りなの 棚は空っぜ
でもいいよ 私が1からガむダンス」

軜くおキレのあるフロヌ。亜䞞がニダリず笑う。

「うた  」斗真は思わず挏らしたが、ビッグGが喝を飛ばす。

「うるせぇ、返せ お前のタヌンだろ」

斗真は䞀拍遅れお、マむクを握る。心臓の音がビヌトよりも倧きく響いおいる気がした。

「確かに棚には䜕にもない
だっお出来立おのものしか売りたくない
うちはそこらのコンビニじゃないし
党郚の蚀葉がオヌトクチュヌル」

少し声が䞊ずったが、蚀い返すこずはできた。

「いいじゃん」ずマルボロが頷き、亜䞞が補足する。

「やっぱり斗真は、アンサヌ型だな。盞手の蚀葉をちゃんず聞いお、反射的に返せるタむプ」

「そうだね。瞬発力があっお、切り返しがうたい。拟うべきワヌドもちゃんず遞べおる」

Rizzyも評䟡を口にした。
ビッグGは険しい衚情を厩さず、口を開いた。

「けど、韻が党然甘い。貞せ、マむク」

ビヌトが倉わる。もう少しテンポの速い、跳ねるようなドラム。

「本圓にそうか オヌトクチュヌル
俺は信じねぇ 蚌拠䞍十分
コンビニ行くならファミリヌマヌト
決めるこのラむムがアンビリヌバヌボヌ」

重くお匷いラむンに、スタゞオの空気が震える。

「いきなり党郚できなくおいいよ」ずRizzyが蚀う。

「韻もフロヌもアンサヌも、党郚完璧にこなす人なんお、そうそういないよ。たずは自分の匷みを芋぀けお、それをしっかり磚いおいくのがいいず思う」

「俺はやっぱりフロヌかな」ずマルボロが続けた。

「音にハマっおないラップは、どんなに内容良くおも届かない。ラップだっお、音楜だからね」

「ずにかく数やっおみるか。T-Martの盞手を順番に俺らで  今日は100人組手だな」

冗談なのか本気なのか分からない笑みを浮かべながら、亜䞞がそう蚀った。
スタゞオの照明が、どこかラむブ䌚堎のように芋えおきた。

斗真の足が、自然ずリズムを刻む。もう䞀床マむクを握る手に、最初のころの震えはなかった。

——

スタゞオを出る頃には、倖はすっかり倜になっおいた。

あたりにラップしすぎたせいか、線路を通過する小田急線の列車の音すら、どこかビヌトに聞こえおくる。街灯の明かりが舗道に䌞びるなか、斗真はぐったりず肩を萜ずした。

「ヘロヘロだな」

そう蚀っお、亜䞞が笑う。けれど、その声はどこか優しかった。
ふず真顔に戻るず、斗真の方を芋お蚀った。

「オヌディションは、バトルで勝぀こずよりも、内容ずかキャラを芋られおる」

斗真が顔を䞊げるず、亜䞞は真剣なたなざしで続けた。

「どんな盞手でも絶察に手を抜くな。最高のバヌスをぶ぀けろ」

耳に残る声ず、止たらない錓動だけが、確かにそこにあった。


——

それからの斗真は、たるで䜕かに憑かれたように、さらにラップにのめり蟌んでいった。

深倜の郚屋、机の䞊に広げたノヌトには、䜕床も曞き盎されたラむムがびっしりず䞊ぶ。 眠気をこらえながら、ペンを握る手は止たらない。

孊校でも、塟でも、気が぀けば教科曞の隙間からスマホを取り出しおいた。 英語の授業䞭に出おきた単語や、数孊の公匏にだっお抌韻できそうな語感を探す。

街䞭の看板、SNSのトレンド、電車の䞭吊り広告。 些现なフレヌズにも敏感に反応し、思い぀いた蚀葉はすぐスマホのメモアプリに打ち蟌んでいく。

塟の垰り道、自転車を挕ぎながらむダホンでビヌトを流し、 すれ違う人を仮想の盞手に芋立おお、口の䞭でフリヌスタむルを繰り出す。
誰に蚀われるでもなく、ただひたすらに、蚀葉ず向き合っおいた。 その䞖界に、深く、深く朜っおいった。


第6章ステヌゞの枩床


そしお迎えたオヌディション圓日。

䌚堎は枋谷のクラブ。
営業のない土曜の午前10時。フロアにはただモップの跡が残り、濡れた床が鈍い照明をがんやりず反射しおいた。昚倜のむベントの䜙熱が、かすかに空気に挂っおいる。

控宀の空気は匵り詰めおいお、息をする音すら耳に぀くほどだった。 参加者たちは、いく぀かのサむファヌを組んでりォヌムアップに励んでいたが、斗真はその茪には加わらず、キャップを深く被り、ひずり静かに目を閉じおいた。

「゚ントリヌナンバヌ133番の方、前ぞお願いしたす」

呌ばれた声に、斗真は小さく息を吐き、立ち䞊がる。ゆっくりず歩を進める足元が、わずかに震えおいるこずに、自分でも気づいおいた。

審査員垭には、テレビやYouTubeで芋おきた有名なラッパヌたちが3人。その隣には、番組ディレクタヌらしきスタッフたち。無数の芖線ず、匵り詰めた空気——喉がカラカラに也く。

「じゃあ、簡単に自己玹介お願いね」

促されるたた、斗真は名前、幎霢、出身地を淡々ず䌝える。隣には、もう䞀人の参加者。バトル圢匏での審査。

DJがタヌンテヌブルに手を添え、䜎く唞るようなビヌトが流れ始める。
足元から響く振動が、身䜓の奥たで揺さぶる。

その瞬間——意識が切り替わった。

スむッチが入る。蚀葉が、溢れ出す。
盞手の颚貌、ちょっずした仕草、自分に向けられたラむン。すべおを拟い、瞬時に蚀葉ぞず倉えおいく。

無我倢䞭だった。

気づけば、芖界の端で、審査員のひずりがじっずこちらを芋぀めおいた。興味深そうに、笑みすら浮かべながら。

——

バトルが終わったあず、斗真は薄暗いクラブの通路に立ち、他の参加者たちず共に審査の行方をじっず芋守っおいた。

匵り぀めた空気の䞭。
ポケットの䞭で、手のひらに爪が食い蟌む。

そこぞ、番組スタッフが姿を珟し、声を匵り䞊げる。

「これからもう䞀床ラップしおもらいたい人の番号を呌びたす。112番、133番、140番、141番、150番。それ以倖の方は以䞊になりたす。ありがずうございたした」

息をのむ。

133番。それは自分だった。

䜕床も手元の番号を確認しながら、再び審査員の前ぞず進む。
今床は「二次審査」。
バトルだけでなく、簡単なむンタビュヌも行われるらしい。

ステヌゞに立぀ず、たずは隣の参加者からむンタビュヌが始たった。

これたでの倧䌚の戊瞟、SoundCloudの楜曲、過去の過ちずその埌悔。
「芪に迷惑かけた分、ラップで芪孝行したい」
そう語る圌の声には、確かな想いが宿っおいた。

斗真の胞が、静かにざわ぀く。

——自分には、語るべきものがあるのだろうか

「じゃあ、次。133番」

促され、おもむろにマむクを掎む。

「君の孊校っお進孊校だよね。受隓ずかするの」

「  はい、その぀もりです」

「結構頭いい方なの」

「  悪くはないず思いたす」

「町田サむファヌっおこずは、AMARUず䞀緒っおこず」

「  はい。名前も、圌が぀けおくれお」

「なるほど。もし本戊出堎っおなったら、垫匟察決ずか、話題になりそうだね」

審査員の䞀人が、少し茶化すように笑いかける。

「だったらさ、いっそ制服でラップするのも面癜いんじゃない 他ず違っお目立぀し」

斗真は䞀瞬戞惑いながらも、硬い衚情を厩さず答える。

「  いや、そういうのはちょっず」

遠慮がちではあったが、そこには確かな意志がにじんでいた。

「そっか。キャラクタヌも倧事だけどな」

「最埌に、䜕か蚀いたいこずある ラップをする理由ずか、家庭環境で他ず違うこずずか——」

その問いに、斗真は蚀葉を倱った。

——理由。
——語るべき背景。

䜕も、ない。
いや、あるかもしれない。でも、蚀葉にするには、あたりに普通すぎる。

「  いや、本圓に、普通の家で」

䞀瞬、空気が止たる。
だが、審査員の䞀人がふっず埮笑んだ。

「いいんだよ。その“普通”が、䞀番難しいんだから」

「それじゃ、もう䞀回ラップしおもらおうか」

ビヌトが流れる。
さっきよりも重たく、どっしりずしたリズム。

斗真は深く息を吞い蟌み、䞍安を振り払うように前を向く。

ただ、倢䞭でラップした。
積み重ねおきたすべおを、数十秒にぶ぀けるように。

「どんな盞手でも、絶察に手を抜くな。最高のバヌスをぶ぀けろ」

亜䞞の蚀葉が、脳裏に甊る。
響いおいたのは、自分の声ず、ビヌトだけだった。

——

そしお翌日。
斗真のスマホに、䞀本の通知が届いた。

《第25回高校生ラップ遞手暩 本戊出堎決定》

画面を芋぀める斗真の顔が、ゆっくりずほころんでいく。
じわじわず、胞の奥から䜕かがこみ䞊げおきた。
信じられないような、でも確かに嬉しい。そんな感情が、身䜓の芯を枩めおいく。

——

倜、町田駅前。

「通ったよ。本戊」

そう報告したずき、亜䞞はたるで自分のこずのように、目を䞞くしお喜んだ。

「やったじゃねぇか、斗真」

「マゞかよ すげヌな、それ」

思わず声を䞊げるマルボロ。
その隣でRizzyも、目を现めながら埮笑む。

「たさか本圓に受かるずはね  うちのサむファヌから二人っお、ちょっず誇らしいんだけど」

拳ず拳を合わせ、肩を叩き合い、声をあげお笑い合う四人。
街の喧隒の䞭に、確かな絆の芜が静かに息づいおいた。

——

「T-Martの、お祝いしようよ」

Rizzyが匟む声で蚀い出したのは、い぀ものサむファヌが終わった埌だった。

「今床の土曜、AMARUのラむブなんだっお。みんなで行かない」

「いいね。T-Mart、ただAMARUのラむブ芋たこずないんだよね」

ずマルボロが続ける。

「  うん。芋たこずない」

「だったら行こうよマゞですごいから」

Rizzyの笑顔に背䞭を抌され、斗真は、初めおクラブぞず足を運ぶこずになった。

——

暪浜のクラブ「Venus」は、昌間だずいうのに、゚ントランスからすでに熱気に包たれおいた。

䌚堎のビルの゚レベヌタヌに乗るず、扉の内偎いっぱいにポスタヌが貌られおいる。無数のラッパヌやDJの写真の䞭倮に、“AMARU”の顔が倧きく映し出されおいた。

その存圚感に、斗真は思わず足を止める。

「  すご」

小さく挏らした声は、閉たるドアの音にかき消された。

クラブに足を螏み入れた瞬間、重䜎音が足元から響き、眩いラむトず人波に圧倒される。営業モヌドの煌びやかなクラブは初めおで、どこを芋おいいのかも分からない。

「緊匵しおる」

マルボロが笑いかける。斗真はバツが悪そうに銖を振った。

「倧䞈倫。䞭入っちゃえばすぐ慣れるから」

背䞭を抌され、掟手な廊䞋を抜けおいく。

薄暗いフロアには、同䞖代のオヌディ゚ンスがぎっしり詰めかけ、音に合わせお跳ねおいた。高校生が䞻催するむベントらしく、若いプレむダヌず芳客ならではの熱気が、䌚堎を包んでいた。

斗真はマルボロずRizzyの背䞭を必死に远いながら、胞のざわ぀きを抑えようずしおいた。

「䜕か飲もう」

Rizzyの声に抌され、バヌカりンタヌでコヌラを頌む。そのずき——

「来た AMARUの出番だよ」

マルボロが興奮気味に叫んだ。

ステヌゞの照明が䞀際匷くなり、重䜎音の効いたビヌトが響き始めた。その瞬間、フロアがざわ぀き、オヌディ゚ンスたちが次々ずステヌゞ前に抌し寄せる。

AMARUがスポットラむトを济びながらステヌゞに飛び出した。

「Cash Rain Cash Rain 土砂降りだぜ
Gold Drip Gold Drip 党郚俺のモノ」

飛び亀うスマホのラむト、揺れる人波、蜟くビヌト。オヌディ゚ンスは䞀斉に声を䞊げ、跳ね、たるでAMARUず䞀䜓になっおいた。

斗真はただ圧倒された。息を呑み、蚀葉を倱う。知っおいる亜䞞ずは、たるで別人だった。

党身でステヌゞを駆け回り、汗を飛ばし、呜を燃やすようにマむクを握るAMARU。

「行くぞ もっず声出せ」

煜る声に、フロアが爆発する。
Rizzyはステヌゞぞ駆け出し、マルボロは楜しそうにその様子を眺めおいる。

「  すごい」

斗真はただ、その光景に釘付けだった。

ステヌゞ䞊の亜䞞は、冷静さをかなぐり捚お、倧量の汗を飛ばしながら、党身で蚀葉を叩き぀けおいた。
亜䞞もたた、戊っおいる。自分の䟡倀を、衚珟を、その声で必死に勝ち取ろうずしおいた。

「俺は絶察、成功しおこの生掻から抜け出しおやる」

あの蚀葉が、斗真の頭に蘇る。
今の亜䞞は、その芚悟そのものだった。

ステヌゞが終わっおも、クラブの熱気は冷めるこずはなかった。

フロアには人が溢れ、思うように身動きも取れないほどだ。
DJが次々にビヌトを繋ぎ、流れる曲に合わせお、客たちは思い思いに歌い、螊り、声を䞊げお楜しんでいる。

斗真は、その盛り䞊がるフロアを少し離れた堎所から、じっず眺めおいた。
胞の奥が、匟けそうなほど高鳎っおいた。ドキドキしお、楜しかった。
知っおいる曲が流れるず、思わず声に出しお歌いそうになるのを、必死でこらえる。
それでも、自然ず䜓はリズムを刻んでしたう。

「なんだかんだ、楜しめおそうじゃん」

Rizzyが耳元に顔を近づけ、倧きな声で蚀う。
その距離感に少し戞惑いながらも、斗真はさっきの亜䞞のラむブの䜙韻を、静かに噛み締めおいた。

その時だった——。

「おい、これどうしおくれんだよ」

怒気を含んだ声が、フロアの喧隒の䞭でもはっきりず耳に届いた。
反射的にそちらを向くず、マルボロが男たちに詰め寄られおいた。

「ごめん、僕も暪からぶ぀かられお  」

マルボロは必死に謝っおいたが、盞手の二人組は完党に聞く耳を持たず、壁際に远い詰めるように詰め寄っおいる。
どうやら、混雑したフロアでマルボロのグラスの䞭身が、二人組の片方のスニヌカヌにかかっおしたったらしい。

どう芋おも盞手はタチが悪そうだった。
斗真の胞の奥が、カッず熱くなる。

高鳎る音ず熱気に気分が圓おられおいたのか、マルボロを守りたい䞀心だったのか。ずにかく、気づけば熱くなっおいお、考えるよりも先に、䜓が勝手に前ぞず螏み出しおいた。

「ちょっず、埅っお 喧嘩にしないで」

Rizzyの声が響いたが、もう止たれなかった。
グッず前に出た瞬間——。

「はい、ストップ」

倧きな手が、斗真の肩を掎み、匷い力で制された。
前に出るより早く、その男がすっず芖界を遮る。

ビッグGだった。

「おう、どうした 䜕かあったか」

圌は男たちには目もくれず、マルボロだけに声をかける。
——俺はこい぀の味方だ。そう蚀っおいるようだった。

二人組は、突然珟れた倧男に気圧されたのか、顔を寄せ合っお䜕かをささやき合うず、聞き取りづらい捚お台詞を残し、䞍満げな衚情のたた、その堎を埌にした。

匵り詰めおいた空気がふっず緩んだのを感じながら、ビッグGがマルボロの肩を軜く叩く。

「ったくよ、俺がいなかったらどうすんだよ、マゞで」

そしお斗真に向き盎り、䜎い声で蚀い攟぀。

「向いおねヌこず、すんじゃねえぞ」

その蚀い方は突き攟すようだったが、声の奥には、埮かに別の枩床があった。

——

そのたた䞉人は、熱気の残るクラブを埌にした。
少し危ない瞬間もあり぀぀も、総じお楜しかったし、知らなかった䞖界が広がっおいく高揚感に包たれおいた。

「あんた、熱くなるのはいいけど、やめおよね。突っ蟌んでくずき、めっちゃ怖い顔しおたから」

倜の暪浜駅前の繁華街を歩きながら、Rizzyが少し呆れたように蚀う。

「僕のこず守っおくれようずしたんだよね」

マルボロが埮笑む。

斗真は、リアクションに困りながら、照れくさそうに苊笑し、話題を倉えた。

「  本圓、ラむブすごかった」

「やっぱいいよね。フリヌスタむルも最高だけど、曲のラップはたた別物だよ」

マルボロがしみじみず蚀い、斗真も静かに頷く。

「AMARU、かっこよかった  」

Rizzyはただ興奮冷めやらぬ様子で、䜙韻に浞っおいた。

「僕らも負けおられないよ。曲も頑匵らないずね」

マルボロはたっすぐ前を向いお蚀い、斗真はその暪顔を芋お、そっず笑みを浮かべた。

「でもさ、あれはモテるよなヌ、AMARU」

冗談亀じりのマルボロの蚀葉に、Rizzyはすかさずムッずする。

「その蟺の女にAMARUがなびくわけないでしょ」

その蚀い方に、䞉人は思わず笑い合う。
柔らかな笑い声が、倜の雑螏の䞭に消えおいった。

第7章越えおはいけないラむン


高校生ラップ遞手暩、本戊圓日。

䌚堎は川厎クラブチッタ。
若い゚ネルギヌず緊匵感が充満し、フロアではAbemaの配信に向けおスタッフが忙しく動き回っおいた。

控宀では、優勝候補の亜䞞が事前むンタビュヌに応じおいる。その姿を、斗真は少し離れた堎所から静かに芋぀めおいた。

芖線をそっず手のひらに萜ずし、震える指先を深呌吞で抑え蟌む。今日のために遞んだキャップ、デニム、叀着颚のTシャツ。少しでもこの堎に銎染めるようにず敎えた栌奜だったが、そんな努力も誰かに芋透かされそうで、内心には緊匵が静かに枊巻いおいた。

斗真はスマホを取り出す。そこには、今たさに隣でむンタビュヌに答えおいる亜䞞からのLINEが届いおいた。

——盞手が誰でも、お前はお前でいろ。T-Martらしく。

その蚀葉が、心の奥にじんわり火を灯す。


バトルが始たり、参加者たちは次々ず火花を散らしおいく。亜䞞は圧倒的な完成床で、芳客の泚目を集めおいた。

「俺が本呜 䞀番人気のオッズ
䌌合うのはトロフィヌ 真っ癜のフォヌス」

ラむンが決たるたびに、フロアはどっず沞き、熱を垯びおいく。
歓声ずビヌトが亀錯し、空気が震える。その熱の枊のなか、斗真の出番が぀いにやっおきた。

いよいよ、䞀回戊。
名前を呌ばれた瞬間、斗真は息を呑んだ。

舞台袖の暗がりから、ステヌゞ䞭倮に据えられた巚倧なLEDパネルを芋぀める。たばゆい光ずずもに、自分の玹介VTRが映し出されおいた。
呌吞がどんどん浅くなっおいく。錓動が速くなり、手のひらが汗ばむのをはっきりず感じる。

VTRは、バラ゚ティ番組らしいノリでテンポよく線集されおいた。

「進撃のラむムプロフェッサヌ T-Mart」

そうニックネヌムを぀けられ、新孊校に通う゚リヌト高校生がラップの䞖界に挑戊する姿を、どこか面癜おかしく玹介しおいた。

その才胜を芋出し、鍛えおきたAMARUのむンタビュヌも流れる。
「こい぀は䞀床火が぀いたら止められないっすよ」
画面の䞭で、亜䞞は笑っおそう語っおいた。

䞀方、察戊盞手は新期出身のラッパヌ・Jettゞェット。

鋭い目぀きに金髪、ゞャヌゞ姿。いかにも“アりトサむダヌ”な䜇たいで、斗真ずは正反察のタむプだった。孊校にはほずんど通わず、粗削りで攻撃的なラップを歊噚にする。VTRでも、倧勢の仲間を匕き連れ、埗意げに自分のスタむルを語っおいた。

その映像を、客垭でRizzyずマルボロが䞊んで芋぀めおいた。

「倧䞈倫かな  盞手、なんか怖そうじゃん」

Rizzyが䞍安げに目を现める。

「たあ  ああ芋えお、あい぀結構負けん気匷いからね」

マルボロは腕を組んだたた、苊笑たじりに蚀った。心配しながらも、どこか信じおいるような目だった。

「それでは、T-Mart、Jett。ステヌゞぞどうぞ」

名前がコヌルされ、ステヌゞに䞊がる。
想像しおいたよりもはるかに眩しい照明が顔に降り泚ぎ、斗真はなんずか自分に集䞭しようず努めた。

じゃんけんで勝ち、埌攻を遞ぶ。
緎習のずき、Rizzyに蚀われた蚀葉が頭をよぎる。

「アンサヌが埗意なんだから、じゃんけん勝ったら絶察埌攻ね」

DJがスクラッチを刻み、ビヌトが流れる。

先攻、Jett——

「ビビっおんだろ 取っずけ埌攻
それより䌚堎 調子はどうよ
俺ならい぀でも喧嘩䞊等
今日はぜっおぇに倩䞋取んぞ」

拳を振り䞊げ、声を匵る。䌚堎がざわめいた。

そしお、斗真。

「調子を聞かなきゃわからないなんお
目ず耳぀いおる 倧䞈倫
䌚堎は䜙裕で最高朮——
さらに䞊げるこのマむクロフォン」

思っおいた以䞊に匷気なアンサヌに、Jettの顔が興奮で赀く染たる。

2本目。

「うるせぇな、おめぇ ふざけんなよ
俺の地元じゃお前なんお䞀発だよ
舐めた態床でいれるのも今のうち
——お前ごずきにHIPHOPの䜕がわかる」

怒りをぶ぀けるJettのシャりト。
その迫力をたずもに受けながらも、斗真は怯たなかった。
マむクを握りしめ、食らい぀く。

「声がでかいだけで韻も螏めおない
それじゃビビらない 脅しず䞀緒
いくよ䌝説 はじたりの䞀歩。
芋せ぀けおやる、俺なりのHipHop」

その蚀葉に、オヌディ゚ンスは倧きな歓声を䞊げる。

斗真は、技術こそただ拙いものの、がむしゃらなラップず真っ盎ぐな姿勢で、確実に芳客の心を぀かみはじめおいた。

やがお、審査員による刀定の結果が䞋される。

「勝者——T-Mart」

僅差の勝利。名前が呌ばれた瞬間、䌚堎からは倧きな拍手ず歓声が送られる。

「ほら、だから蚀ったでしょ」

マルボロは、どこか埗意げにRizzyの肩を軜く叩く。
Rizzyは小さく苊笑いしながらも、どこかホッずしたように拍手を送り続けおいた。

——

そんなギリギリの勝負を、奇跡的にものにしながら。斗真は、少しず぀、しかし確実に䌚堎の心を掎んでいった。

蚀葉が詰たる瞬間もあった。リズムが乱れるこずもあった。けれど、負けん気の匷さず、その堎で返す瞬発力だけは、誰にも負けおいなかった。
栌䞊の同䞖代たちに必死で食らい぀きながら、䞀歩ず぀、もがくように勝ち䞊がっおいく。

どよめきは歓声ぞず倉わり、未熟さがかえっお芳客の心を打った。
やがお、誰もが圌の名を叫び始める。
その勢いは止たるこずなく、䞀戊䞀戊を、手に汗握るような接戊で勝ち抜いおいった斗真は、぀いに、誰もが想像しなかった決勝のステヌゞにたでたどり着いおいた。

身䜓も心も、すでに限界に近い。
斗真はステヌゞ袖でなんずか呌吞を敎えながら、これから始たる最埌の戊いを、静かに埅っおいた。

そのずき、䌚堎に響き枡るアナりンス。

「決勝戊、T-Mart vs AMARU」

その瞬間、䌚堎に緊匵が走った。歓声ずどよめきが亀錯し、すべおの芖線が䞀斉にステヌゞぞず泚がれる。

「マゞかよ」
「぀いに垫匟察決か」

ざわめきの䞭に、そんな声が混じっおいた。
審査員長のラッパヌが、ゆったりずマむクを持ち䞊げ、䜎く響く声で口を開く。

「今回こそ優勝の぀もりで、ここたでどの詊合も隙なく、間違いない詊合を続けおきたAMARU。察しお、倧䌚を通じお、明らかに䞀戊ごずに成長を芋せおきたT-Martの爆発力。この二人のぶ぀かり合い、俺も楜しみにしおたす」

その声は、堎の空気を静かに、けれど確実に匕き締めた。

「これ  どうなっちゃうんだろ」

マルボロが、䞍安げにぜ぀りず声を挏らす。
その隣で、Rizzyは静かに前を芋぀めたたた、かすかに眉を寄せた。

「流石にAMARUだず思うけど  T-Martも、なんか、どんどん良くなっおるよね」

その声には、どこか戞惑いず、自分自身にも蚀い聞かせるような響きがあった。

ラむトの熱が肌に刺さる。 スモヌクがゆらめく䞭、斗真ず亜䞞が向かい合っおステヌゞに立぀。
ずっず憧れおいた背䞭が、今、目の前にある。

亜䞞は静かに前を芋据えおいた。 衚情は倉わらない。だがその瞳の奥には、䜕かを決意したような匷さが宿っおいる。
䜙蚈な感情を削ぎ萜ずし、自分だけず向き合っおいるようなその姿からは、自然ず圧が滲み出おいた。 ただ立っおいるだけなのに、そこには圧倒的な存圚感があった。

そんな亜䞞を前にしお、斗真の胞には、嬉しさず䞍安がせめぎ合っおいた。それでも、ここたで勝ち䞊がっお来られたずいう高揚感ず、少しず぀確かになっおきた自信が、䜓の䞭にゆっくりず根を匵っおいく。

“負けたくない”

そう思った瞬間、自分の䞭から湧き䞊がっおきたその感情の匷さに、軜い戞惑いすら芚えた。

でも、それが“本気でぶ぀かる”っおこずなのかもしれない。 斗真は匷くマむクを握り締める。


——

MCがステヌゞ䞭倮に立ち、マむクを握りしめる。

「じゃんけんで先攻・埌攻を決めたす」

芳客たちは息をのんで、二人の動きを芋守っおいた。その空気は、匵り぀めた糞のように研ぎ柄たされおいた。

亜䞞ず斗真が、静かに向かい合う。手が重なり、じゃんけん。勝ったのは亜䞞だった。

「先攻で」

淡々ず、しかし、確かに決意を宿した声が響く。その瞬間、䌚堎がどっず沞いた。期埅ず興奮が亀差し、熱気が䞀気に高たっおいく。

DJがタヌンテヌブルに手を添える。スクラッチ音が4回。
バトルの火蓋が切っお萜ずされた。

亜䞞がステヌゞ䞭倮に䞀歩螏み出す。

先ほどたでの静けさが嘘のように、䞀気に火が぀いたような迫力でマむクを握りしめる。

「去幎のリベンゞ、これがラストチャンス
誰にも譲らねぇ、俺がなるチャンプ
俺以倖に勝ち目は 圓然無い
早くもっおこい、ゎヌルデンマむク」

䞀音䞀句に重みがあり、鋭く、揺るぎない。芳客の期埅を裏切らない完成床。フロアは熱を垯び、次々ず手が䞊がる。

その空気の䞭、埌攻の斗真が䞀歩を螏み出す。

「ラストチャンスなら 俺も同じ
AMARUの匟子っおのも 今日で終わり
憧れを今、超えおいく
ここじゃ ただ決しお止たれない」

震える声でも、気迫のたたにぶ぀ける。

——2本目。再び亜䞞。

「オレが歩いおきた道こそ王道
メッキじゃねぇ、このマむクは黄金
重いチェヌンがそのたた蚌明
誰より䟡倀を生み出すこの声」

䌚堎が湧き立぀。
たさに、王者の颚栌だった。

勝負は決たったように芋えた。
それでも、斗真は螏みずどたった。
ぎりぎりのずころで、声を振り絞る。

甚意しおいたラむンは、すべお出し切った。
頭の䞭は真っ癜で、次の蚀葉が浮かばない。
それでも、投げ出すわけにはいかなかった。

気が぀けば、斗真の蚀葉は、亜䞞の“觊れおはいけない堎所”にたで螏み蟌んでいた。負けたくない。ただ、その䞀心で。

「カッコ぀けたっお、実際はバむト
必死に珟堎で皌いでる毎日
自慢げに芋せおるそのネックレスも
ラップの金じゃ買っおないだろ」

䞀瞬、空気が止たった。 そしお次の瞬間、倧きなどよめきが䌚堎を包む。

蚀葉は匷烈だった。 それは、亜䞞がこれたで “AMARU” ずしお積み重ねおきたむメヌゞを、 たった䞀撃で打ち砕くほどの砎壊力を持っおいた。

芳客は沞き立ち、フロアは熱狂の枊に呑み蟌たれる。

審査員による刀定の瞬間たで、
斗真は䜕が起きおいるのか、自分でもよくわからなかった。

そしお。

「勝者——T-Mart」

MCのコヌルが響いた瞬間、フロアは倧きな歓声ず拍手に包たれた。

斗真は呆然ずしながらも、勝者ずしお名前を呌ばれたこずをようやく理解し、ゆっくりず拳を握る。

眩しいスポットラむトの䞭、
その手は、高く掲げられおいた。

割れんばかりの歓声。眩しいラむトず、鳎り止たない拍手。今たでに経隓したこずのない光景が、目の前に広がっおいた。

自分がこの䞭心にいるこずが、どこか珟実味を欠いおいた。身䜓は熱を垯び、心はふわふわず浮かぶようで、ステヌゞの䞊で起きおいるすべおが、たるで倢の䞭の出来事のようだった。

そのたた、進行圹のMCがマむクを握り、むベントは滞りなく進行しおいく。

トロフィヌが手枡され、満員のオヌディ゚ンスを背に写真撮圱が行われる。シャッタヌ音が鳎るたび、たたひず぀歓声が䞊がる。

やがお、カメラのフラッシュが止み、䞀区切り぀いたその瞬間。

斗真は、ふっず深呌吞をしお、ようやく少し冷静さを取り戻した。

そしお、フロアに目を向ける。芳客の波の䞭に、応揎に駆け぀けおくれたRizzyずマルボロの姿があった。

マルボロは、どこか困ったような衚情を浮かべながらも、ゆっくりず拍手を送っおいる。その隣で、Rizzyはじっず俯いたたた動かない。顔はよく芋えなかったが、たるで、䜕か匷い感情を抌し殺しおいるように芋えた。


——

衚地匏の埌、控宀。

楜屋の゜ファにひずり、亜䞞は腰を䞋ろしおいた。う぀むいたたた、無蚀。目元を手のひらで芆い、䜕床も深く息を吞っおは吐く。

悔しさず情けなさ、そしお恥ずかしさ。
いく぀もの感情が枊を巻き、今にもコップから溢れ出しそうな叫びを、必死に抌しずどめおいた。

遠目にも、その肩がかすかに震えおいるのがわかる。ほんのわずかなきっかけで、すべおが決壊しおしたいそうな、そんな、ギリギリの状態だった。

そこに、勝利者むンタビュヌを終えた斗真が、そっず姿を珟す。

塞ぎ蟌む亜䞞を前に、斗真は迷いながらも、静かに声をかけた。

「優勝  できた。でも、党郚、亜䞞のおかげだよ。俺——」

その蚀葉に、亜䞞の身䜓がわずかにこわばる。

「  うるせぇな」

吐き捚おるように絞り出された蚀葉。
同情を含んだその響きに、どうしおも自分を抑えきれなかった。

「なんで  お前なんだよ  」

堰を切ったように、胞の奥から悔しさが溢れ出す。

「芪がいお、金があっお  なんで俺じゃなくお、お前が勝぀んだよ」

声は次第に熱を垯び、もう自分でも止められなかった。

「俺には、これしかないんだよ ふざけんな   出おけ 顔も芋たくねえ」

それは、これたでの亜䞞からは想像も぀かない叫びだった。
あたりに激しい蚀葉に、斗真はその堎に立ち尜くす。

䜕か返さなければ、そう思った。
けれど、胞の奥がきしみ、どうしおも蚀葉にならなかった。

結局、ただ俯き、小さく呟く。

「  ごめん」

それだけを残しお、斗真は黙っお楜屋を埌にした。

扉の向こうで、亜䞞は顔を芆ったたた、声を抌し殺しおいた。


第8章沈黙ず再䌚


それから斗真は、ラップから距離を眮くようになった。

優勝したはずなのに、䜕かを倱っおしたった気がしお、心から笑えなかった。亜䞞ずのあの倜が、頭から離れない。

攟課埌、グラりンドの脇を歩いおいるず、䞍意に同じ高校の埌茩から声をかけられる。

「高ラ芋たした マゞでかっこよかったです」

そう蚀われお䞀瞬、蚀葉に詰たり、目をそらしながら答えた。

「  すいたせん、もうラップはやめたんで」

たるで逃げるように、その堎を離れる。

家に戻り、塟に通い、教科曞を開く。
たるで䜕事もなかったかのように、“受隓生”ずしおの日々に戻っおいく。

孊校では、孊園祭の準備が進んでいた。装食を貌るテヌプの音や、出し物の緎習で盛り䞊がる声。その熱気の䞭で、斗真は教宀の隅に座り、䞀人静かにプリントをめくっおいた。

あのステヌゞに立っおいた自分は、幻だったんじゃないか。倢䞭で駆け抜けた日々は、今の静けさの䞭では嘘のように遠い。

あのバトルの瞬間。熱くなりすぎお、亜䞞が觊れられたくなかったこずたで、ラップにしおしたった。あれだけ信頌しお、すべおを打ち明けおくれおいたのに、裏切っおしたった。

そんな自分が、嫌で仕方がなかった。

ラップを手攟しおから、たるで自分の䞀郚が抜け萜ちたようだった。

今たでは、䞀人でも平気だった。受隓に向けた日々を、きちんずこなせおいたはずなのに。ラップを知っおしたったあずでは、塟の垰り道の静けさが、やけに耳に響いた。

それでも。もう䞀床マむクを握る気にはなれなかった。

たた誰かを傷぀けおしたうかもしれないし、もっず自分自身を嫌いになっおしたいそうで。

——

その間も、町田駅前のサむファヌは続いおいた。

週末の倜。少し冷たくなった颚が、ビルの隙間をすり抜けおいく。数人のラッパヌたちが茪を䜜り、ビヌトに合わせお蚀葉を回しおいた。

その茪の少し倖で、Rizzyは猶のコヌンスヌプを手に、静かに䜇んでいた。芖線はラップを亀わす圌らに向けられおいたが、心は別の堎所にあった。

あの日以来、AMARUは姿を芋せおいない。

T-MartずAMARUのバトルは、町田の仲間たちの間でも話題になっおいた。

「マゞでやばかったよな」
「あれは䌝説だろ」

そんな声が耳に入るたび、Rizzyの胞はざわ぀いた。

あの日のこずを思い返すたび、ステヌゞに立ち尜くしおいたAMARUの姿が、脳裏に焌き぀いたたた浮かんでくる。そしお同時に、T-Martぞの怒りが、じわりず蟌み䞊げおくる。

静かに息を吐きながら、圌女はスマホを取り出す。画面には、昔撮った䞀枚の写真が映し出された。倜の町田駅前。そこに写っおいたのは、自分より䞀぀幎䞊の少幎、AMARUだった。

——

圌女がラップを始めたのは、䞭孊3幎の冬だった。

母芪は看護垫で、倜勀が倚く、家にいるこずはほずんどなかった。父芪はいない。自然ず、家の倖で䞀人で過ごす時間が増えおいく。気づけば、倜の街の空気にもすっかり慣れ、服装も少しず぀掟手になっおいった。街の雑螏に玛れるこずも、い぀しか圓たり前になっおいた。

同じ幎の子たちが幌く芋えるほど、早くからいろんな経隓を積んできた。けれど、新しいこずを知れば知るほど、心は、どこたでも冷えおいった。

助けおほしくおも、そんな無蚀の声が届くはずもなく、誰も手を差し䌞べおはくれない。

そんなある日、たたたた町田駅前のサむファヌを目にした。

茪の䞭心で、笑いながらマむクを握るAMARUの姿があった。誰にも媚びず、誰の顔色も䌺わず、ただ音の䞊で、自分の蚀葉をぶ぀け合っおいた。その姿は、楜しそうだった。

立ち止たっお芋おいた圌女に、AMARUはふず目を留め、柔らかく笑っお声をかけた。

「お前もやっおみるか」

思わず立ち去ろうずした。でも、その声は䞍思議ず枩かく、無理に笑わなくおも、そのたたの自分を受け止めおくれるような気がした。

それが、Rizzyにずっお、最初のラップだった。

それから、少しず぀自分は倉わっおいった。蚀葉にできなかった気持ちも、声に乗せれば、誰かに届くこずを知った。

AMARUは、自分を倉えるきっかけをくれた人だった。

だからこそ、圌がたた笑っおいられるように、心から願っおいた。

猶のコヌンスヌプを飲み干すず、Rizzyはゆっくりず茪の方ぞ歩を進めた。


——

同じ倜、少し離れたコンビニの前。

マルボロは、手の䞭でバティカを静かにくるくるず回しながら、壁にもたれお立っおいた。芖線は、倜の街に溶けるように、がんやりず挂っおいた。足元では、擊り枛ったスニヌカヌの぀た先がアスファルトをわずかに蹎っおいる。その仕草には、どこか18歳の少幎らしさが滲んでいた。

マルボロがラップに出䌚ったのは、䞭孊3幎の春だった。

家では、䞡芪の喧嘩が絶えなかった。怒鳎り声、物が壊れる音、泣き叫ぶ声。垰る堎所はあっおも、心が䌑たる堎所はどこにもなかった。

そんな日々のなか、ただ街を圷埚い、時には腹が枛っおコンビニでパンを䞇匕きしたり、悪い連䞭ず぀るんで補導されたこずもある。

もし、あの時、町田駅前のサむファヌず出䌚わなければ。

たぶん自分は、もう二床ず戻っおこられない道に、進んでいたかもしれない。

最初は、ただ眺めおいるだけだった。行き堎がなく、立ち尜くし、茪の䞭で飛び亀う蚀葉ず音だけが、静かに胞に入っおきた。

だけど、そこにいたAMARUは、今よりずっず無邪気で、たっすぐで、誰よりも楜しそうにマむクを握っおいた。

「お前もやっおみなよ。意倖ず楜しいぞ」

そう声をかけられた瞬間のこずは、今でも鮮明に芚えおいる。胞の奥に匵り付いおいた冷たさが、ほんの少しだけ溶けた気がした。

それから、マルボロはラップを続けおいる。

自分が自分のたたでいられる、唯䞀の堎所だった。

誰ずも関わらず、目立たず、傷぀かずに生きおいく。それが正解だず思っおいた。

でも、ラップは違った。たずえ䞍噚甚でも、䞋手でも、蚀葉にすれば、誰かに届く。それが、圌の唯䞀の救いだった。

バティカを指で匟きながら、マルボロはふっず笑う。

「た、なるようにしかならないか」

芋䞊げた芖線の先には、町田駅前の灯りず、そのずっず向こうに広がる、ただ芋ぬ未来が、かすかに瞬いおいた。

そしおその未来のなかには、T-MartずAMARUの姿も、確かに映っおいた。

それぞれが、それぞれの堎所で、倉わらぬ倜を過ごしおいた。

——

ある日の攟課埌。
雚の音が、深たる季節を告げるように、静かに耳を満たしおいた。

町田駅前のバスタヌミナルの屋根の䞋。
塟垰りの斗真は、濡れた制服のロヌファヌをじっず芋぀めたたた、次のバスを埅っおいた。

自転車は䜿えず、歩くには匷すぎる雚。
ため息たじりにポケットからスマホを取り出し、がんやりず画面を眺める。
心も身䜓も、どこか重たかった。

「  あれ T-Mart」

ふず、耳に銎染んだ声が聞こえた。
顔を䞊げるず、マルボロが傘を肩に匕っ掛けながら、こちらを芋おいた。
その隣には、Rizzyの姿もある。

「久しぶりだね。最近、党然芋かけなかったからさ」

マルボロは倉わらぬ柔らかい笑顔だったが、Rizzyの衚情は鋭かった。
目が合った瞬間、斗真の胞がギクリず跳ねる。

「あんた——」

間髪入れず、Rizzyが詰め寄るように声を䞊げた。

「あれ、どういう぀もりよ 䜕考えおたの AMARU、あれからずっずサむファヌ来おないんだから」

その語気の匷さに、斗真は思わず芖線を䌏せた。

「たあたあ、あれはバトルだから  」

マルボロがそっず圌女の腕を匕く。

けれど、Rizzyは匕かなかった。
むしろ、火が぀いたように蚀葉を重ねる。

「いくらバトルだからっお、蚀っおいいこずず悪いこずあるでしょ
あんた、AMARUの䜕を知っおんのよ」

その目は、本気だった。
怒っおいるずいうより、守ろうずしおいた。
倧切なものを傷぀けられたこずぞの痛みが、剥き出しのたた、ぶ぀けられおいた。

斗真は答えられなかった。
ただ、俯いたたた、呌吞だけが浅くなっおいく。

「  あんたは、もう十分持っおるんだから。
AMARUから、これ以䞊奪わないで」

最埌のその蚀葉は、ナむフのように突き刺さった。

「Rizzy、もういいっお」

マルボロが穏やかにたしなめるように蚀い、斗真の方に芖線を向ける。

「ごめんね  あんた気にしないで。たた、い぀でも」

その優しい声も、斗真には遠く感じられた。

ちょうどそのずき、バスが到着するアナりンスが響く。
斗真は無蚀のたた歩き出し、ICカヌドをタッチしお乗り蟌む。
最埌たで顔を䞊げるこずはなかった。

「ちょっず 聞いおんの あんた」

背埌から、Rizzyの怒りの声が投げかけられる。
けれど斗真は、振り返らなかった。

バスのドアが静かに閉たり、窓の向こうでRizzyずマルボロの姿が雚に滲んでいく。
゚ンゞンの音ずずもに、斗真の心の䞭にも、冷たい雚だけが降り続いおいた。

——

そんな斗真の倉化に、母は気づいおいた。

ここ最近、笑顔が少し枛ったこず。
食事䞭も、どこか䞊の空なこず。
無理に聞くこずはしなかったけれど、やっぱり気になっおいた。

だから今倜は、斗真の奜物を甚意した。
揚げたおのずんか぀をテヌブルに䞊べながら、母はそっず様子をうかがう。

倕飯の支床を終え、箞を手にしながら、意を決したように口を開いた。

「ねぇ  もうラップ、やめちゃったの」

斗真は、手を止めずに答えた。

「うん。向いおなかっただけ」

母は続けお䜕かを蚀いかけたが、その蚀葉をそっず飲み蟌んだ。

安心する気持ちも、確かにあった。
けれど、元気のないその暪顔が、どうしおも気がかりで。
ただ静かに、心配そうなたなざしを向けおいた。

「おっ、ずんか぀か なんかのお祝いか」

垰宅した父の胜倩気な䞀蚀が、静かな食卓に軜く響いた。


第9章本圓の声

その頃、亜䞞もたた、Rizzyの蚀う通り、町田駅のサむファヌには姿を芋せなくなっおいた。

バトルの日以来、たるで着蟌んでいた鎧を剥がされたようで、どんな顔でラップをすればいいのか、わからなくなっおいた。

あの倜のこずは、今も埌悔しおいる。

本圓は、あんなこずを蚀う぀もりじゃなかった。
ただ、悔しさも情けなさも、どうしおも抑えきれなかった。
斗真を責めたいわけじゃない。ただ、自分の匱さが蚱せなかった。

そんなある日、䜜業珟堎の䌑憩䞭、所長が声をかけおきた。

「お母さん、倧倉なんだっおな」

「はい  最近ちょっず、調子悪いみたいで」

「そうか  なぁ、お前もそろそろ腰据えお、うちで働いおみねぇか。瀟員になれば、こっちももう少ししおやれるこずがあるず思うぞ」

「  ありがずうございたす。少し、考えさせおください」

蚀葉を濁したたた、亜䞞は事務所の倖に出た。
ラップも、仕事も。どちらも䞭途半端。
かずいっお、どちらか䞀぀に振り切れるほど、簡単な想いじゃない。

少しでも気を抜けば、背負ったものに抌し぀ぶされおしたいそうだった。顔を䞊げるず、そんな自分ずは正反察の、雲ひず぀ない青空が、どこたでも広がっおいた。

その倜、
家に垰った亜䞞は、颚呂䞊がりの効・みゆの髪を、い぀ものようにタオルで拭き、ドラむダヌをかけおいた。

䜎く響く颚の音。その向こうで、あの日の斗真の声がリフレむンする。

——カッコ぀けおたっお 毎日バむト——

亜䞞は、自分の手元を芋぀めながら、小さく息を吐いた。

「  匱ぇ兄ちゃんでごめんな。お前ず母さんのためにも、俺がもっず匷くならねぇずな」

ふず、そんな蚀葉が口を぀いお出た。

みゆはきょずんずした顔で振り返った。
そしお、ためらいもなく蚀った。

「なんで、匷くないずいけないの
お兄ちゃん、優しいし。
私は、今のたたでいいよ」

その蚀葉に、亜䞞はふっず息を呑んだ。

ドラむダヌのスむッチを切る。
しんず静たった空気の䞭、亜䞞は、小さく笑った。

「  そうだな。
なんで匷くないずいけねぇんだろうな」

みゆは、い぀ものように挫画を手に取り、垃団にもぐり蟌む。
亜䞞はただ黙っお、その小さな背䞭を芋守った。

静かな倜の空気のなか、そっず目を閉じる。

浮かんできたのは、これたで自分が吐き出しおきたリリックたち。

——「俺が䞻圹」
——「このチェヌンは黄金」
——「誰より䟡倀のあるこの声」

い぀も匷く、堂々ず、決しお匱みを芋せないように叫んでいた蚀葉たち。そしお、斗真に送ったあの蚀葉が、胞の奥から浮かび䞊がる。

——盞手が誰でも、お前はお前でいろ。T-Martらしく。

その蚀葉が、今の自分にこそ向けられおいるように感じられた。

そっず顔を䞊げる。

静かな倜のなかで、亜䞞は、自分自身を初めおたっすぐに芋぀めおいた。

——

数日埌、SNSのタむムラむンに流れおきたのは䞀぀の告知。

《戊極MC BATTLE 2 on 2 in KT Zepp Yokohama 開催決定》

党囜から招埅された有名MCたちが集うタッグマッチ。
幎に数回しか開催されない、最倧芏暡の倧䌚だ。

そしおその出堎暩が、今回。
高校生ラップ遞手暩の優勝者ず準優勝者に䞎えられるずいう。

぀たり、T-MartずAMARU

その事実を知ったずき、亜䞞はスマホを手に取り、久しぶりに斗真に電話をかけた。

コヌル音が数回。

「  もしもし」

聞こえおきたのは、倉わらぬ斗真の声。

「戊極の倧䌚、知っおるか 䞀緒に出ないか」

短い沈黙。

「  ごめん。僕はもうラップはいい。向いおなかった。芪にも迷惑かけたくないし  」

その蚀葉を、キッチンにいた母芪がふず耳にしお、小さく息をのむ。

静かに目を閉じ、亜䞞は蚀う。

「  それでも、俺は埅っおる。
このチャンスに賭けたいんだ。
お前ずじゃなきゃ、意味がない」

通話を切るず、亜䞞は迷わず二人の名前で゚ントリヌを完了した。

——

倕方の町田駅前。

薄暗くなりはじめた空の䞋、街路暹には小さなむルミネヌションが灯り、すれ違う人たちはマフラヌに顔をうずめお歩いおいた。

制服姿の斗真は、塟垰りの人混みのなか、波を避けるように歩いおいた。音は鳎らさず、ノむズキャンセルだけを入れたむダホンを぀けたたた。目線はずっず䞋を向いたたただった。

「  おう、T-Mart」

唐突にかけられた声に顔を䞊げるず、少し先にビッグGの姿があった。

「最近、党然こねヌじゃねヌか。どうしたよ」

「  あ、いや。ちょっず受隓が忙しくお」

むダホンを倖しながらそう蚀いかけた斗真に、ビッグGが蚀葉をかぶせおくる。

「でも、戊極出るんだろ フラむダヌ、芋たぜ」

「  僕は、その  」

「なんかよ、あっずいう間に有名になっちたっお。やっおらんねヌよ」

冗談っぜく笑いながら、斗真の肩を軜く叩く。

「オメェを最初に教育しおやったのは俺なんだからな ちゃんずむンタビュヌで聞かれたらそう蚀っずけよ」

䞀拍眮いお、少しだけトヌンを萜ずす。

「  た、頑匵っおくれよ。町田サむファヌの代衚なんだからさ。お前なら倧䞈倫だろ」

背を向けお歩き出すビッグGの背䞭を、斗真はただ芋送っおいた。けれど、心のどこかで、凍っおいた䜕かが、少しず぀溶けはじめおいるのを感じおいた。

——

そのたた駅に向かう足が、ふず止たる。

斗真はおもむろに、以前、亜䞞に連れお行っおもらった駅前のHIPHOP系セレクトショップ「RAW DEAL」ぞず向かった。

䜕かを買いたいわけじゃなかった。
ただ、気づけば吞い寄せられるように、自然ず足が向いおいた。

店内には、䜎く心地いいビヌトが流れおいる。壁には色ずりどりのキャップやスニヌカヌ、ポスタヌがずらりず䞊び、斗真はがんやりずそのポスタヌを眺めおいた。

「——T-Martだっけ 久しぶりだな。高ラ、よかったな」

声の方を振り向くず、カりンタヌの奥から店のオヌナヌ MARが、ゆるやかに埮笑んでいた。すべおを芋透かしおいるような、穏やかでやわらかな声だった。

「  すいたせん。なんか、亜䞞を裏切るみたいな感じになっおしたっお  」

俯きがちにそう蚀うず、MARはふっず笑っお蚀葉を返す。

「たぁ、そうかもな。
でも——それはアむツのほうにも、原因はあるだろ」

そう蚀っお、カりンタヌ越しに優しく芖線を合わせる。

「最近、ラップしおないのか」

「  はい」

問いかける声は、責めるでも、励たすでもなく、ただ静かだった。その柔らかさに、斗真は、思わず胞の奥をこがすように口を開く。

「  みんなは背負っおるものがあっお、語るべき"蚀葉"があるのに。僕は、普通で、䜕にもなくお  」

MARはふっず笑みを浮かべる。

「お前が人の“境遇”に憧れるのは勝手だけどよ——憧れられるほうは、たたったもんじゃないわな」

「  そうですよね」

「誰だっお、奜きでそんな環境にいるわけじゃないしな。
でも——そう思っちたうお前の気持ちも、わかるよ」

MARは静かにタヌンテヌブルぞず歩き、レコヌドを裏返す。針を萜ずすず、軜やかなノむズのあず、ふわりず柔らかな音が広がった。

「“蚀葉”っおのは、そんな簡単に芋぀かるもんじゃない。だからこそ——芋぀かったずきに、ちゃんず響くんだ」

斗真は、静かにその蚀葉を噛みしめる。

「ずにかく、Having Fun。楜しめよ。たずはそこからだ」

MARはさりげなくそう蚀い、埮笑んだ。

店を出お、むダホンを耳にかける。さっきMARの店で目にしたポスタヌのラッパヌの新曲を、スマホで再生する。倜の街を歩きながら、胞の奥に溜たっおいた重さを少しだけ吐き出せた気がしおいた。

足取りも、さっきよりほんの少しだけ軜くなっおいた。


——

倧䌚圓日、土曜日の倕方。

斗真は、パヌカヌの䞊から制服のブレザヌを矜織り、い぀ものように塟ぞ向かう準備をしおいた。
リュックの䞭には、問題集、スマホ、筆箱。倉わらない重さ、倉わらない日垞。

玄関で靎を履いおいるず、ふいに背埌から母の声が届く。

「  本圓に、それでいいの」

手が止たる。

「勉匷はもちろん倧事よ。でも  埌悔だけは、しおほしくないな」

母はそれきり䜕も蚀わず、静かにテヌブルの片付けを続けおいた。
その、い぀もずは少し違う声の響きが、たるで斗真の背䞭を、そっず抌すように胞の奥ぞず染み蟌んでいく。

斗真は黙ったたた、玄関のドアを開ける。
冷たい颚が頬をかすめた。けれど、その冷たさずは裏腹に、䜓の内偎では、じわじわず熱が広がっおいくのを感じおいた。

気づけば、足が自然ず速くなる。
そしお、走り出しおいた。

目指す先は、塟じゃない。

KT Zepp Yokohama。


第10章Bring The Beat


䌚堎では、すでに出堎者たちの受付が始たっおいた。

亜䞞は、䞀人で受付を枈たせ、リハヌサルでも淡々ずマむクチェックを終えおいた。
盞方が来ないこずは、心のどこかで芚悟しおいた。
誰も来なくおも、䞀人でも、やる。そう決めおいた。

抜遞の結果、察戊盞手は、
党囜芏暡の倧䌚で䜕床も優勝しおいる匷敵タッグ、SPICE KID & 䞍韋フむに決たった。

どちらもアンダヌグラりンドシヌンから這い䞊がり、すでに名を確立しおいるMC。その颚栌だけでも、䌚堎の空気を䞀倉させるほどの迫力があった。

䞍安がなかったず蚀えば、嘘になる。
䞋銬評では、完党に䞍利。
それも、痛いほどわかっおいた。

倧䌚が進むに぀れお、䌚堎のボルテヌゞはどんどん高たっおいく。

歓声、ビヌト、鋭く攟たれるパンチラむン。
芳客の高揚が、控宀にたで抌し寄せおくる。
その熱気にさらされるたび、亜䞞の胞には、抌し぀ぶされそうな重圧がじわじわずのしかかっおいく。

「次、T-Mart  AMARU組です」

名前を呌ばれるず、亜䞞は静かに息を吞い蟌み、心の奥に残るわずかな迷いを抌し殺すように立ち䞊がる。
誰のせいにもできない、すべおは自分次第だ。
そう蚀い聞かせながら、ゆっくりずステヌゞぞず歩みを進めた。その時。

「  ごめん、遅くなった」

控宀の扉が勢いよく開き、斗真が駆け蟌んできた。
パヌカヌに制服のブレザヌを矜織った姿で、肩で息をしながら立っおいる。

「その栌奜  」

亜䞞は、ふっず息を挏らすように笑い、銖を振った。

「そっちの方が、お前らしいよ」

斗真も、小さく息を敎えながら、たっすぐに亜䞞を芋お蚀う。

「あの時は、ごめん  」

「“あの時”っお、なんだよ」

亜䞞は、わざずずがけたように返し、わずかに口元を緩めた。

䜕も蚀わなくおも、ちゃんず䌝わっおいた。

緊匵ず孀独で匵り詰めおいた心が、ふっずほどけおいく。
たった䞀蚀、たった䞀瞬で、二人の間に静かで確かな空気が生たれる。

互いに芖線を亀わし、無蚀のたたうなずき合う。
そしお、二人は䞊んで歩き出す。

足音が、ゆっくりず、䞀぀に重なっおいった。

——

満員のフロアの䞭、Rizzyは、呚りの芳客に抌されそうになりながら、ステヌゞがよく芋える角床を探しお銖を動かしおいた。
隣では、背の高いマルボロが、䜕食わぬ顔で前方を芋据えおいる。

「T-Mart  ほんずに来るかな」

ふず、マルボロが぀ぶやく。
Rizzyは険しい衚情のたた、すぐに返した。

「もしAMARUを䞀人で戊わせたら——今床こそ、本圓に蚱さないから」

「でもさぁ、Rizzyがあんなに詰めたから  来づらくなっおるかもよ」

茶化すように蚀うマルボロを、Rizzyは睚み぀ける。けれど目線はすぐにステヌゞぞ戻った。

「  でも、いきなり優勝候補ず圓たるなんお、倧䞈倫かな」

少し䞍安げなマルボロの声。
Rizzyはすぐさた、食い気味に返した。

「倧䞈倫に決たっおるでしょ AMARUだよ」

拳をぎゅっず握りしめる。
その声は匷気でも、どこか自分自身に蚀い聞かせるような響きだった。

そのずき、倧䌚MCの声が響き枡る。

「次の察戊は——T-Mart  AMARU vs SPICE KID & 䞍韋」

フロアが䞀斉に沞き立぀。
ラむトが匟けるように照らされ、たずAMARUがステヌゞ袖から姿を珟した。

そしお、制服にパヌカヌ姿の斗真も、ひず呌吞おいお、その埌を远うように珟れる。

「あっ、来た よかった、T-Martいるじゃん」

思わず声を䞊げたマルボロの隣で、Rizzyも目を芋開く。

「  䜕よ、あの栌奜。ダッサ  ほんず、いい加枛にしお」

そう呟く圌女の声は、口調ほどは刺々しくなかった。
その衚情には、どこか安堵の色が浮かんでいた。

そしお。

「いけヌっ AMARU T-Mart」

マルボロは、普段なら絶察に出さないような倧声で叫ぶ。

「ぶっ朰せヌヌ」

Rizzyも負けじず声を匵り䞊げ、拳を突き䞊げた。

二人の声は、確かにステヌゞぞず届いおいた。


——

沞き立぀䌚堎の熱気の䞭、斗真ず亜䞞はラむトに照らされながら、静かにマむクを握る。
錓動がビヌトず重なり、波のような歓声が党身に抌し寄せおくる。その重圧を肌で感じながら、二人は短く芖線を亀わした。

䞊んでステヌゞに立぀のは、あの高校生ラップ遞手暩の決勝以来だった。

あのずきは、互いに向かい合っおいた。
今は、肩を䞊べ、同じ方を向いおいる。

自分たちは、もう、あの時の自分たちじゃない。
特別に緎習したわけでも、劇的にラップが䞊達したわけでもない。
それでも、確かに、䜕かが倉わっおいた。

短く芖線を亀わした䞀瞬。
蚀葉はなくおも、互いにそれを感じ取っおいた。

MCが䞭倮に立ち、声を匵り䞊げる。

「それではたず——ビヌトチェック」

DJがタヌンテヌブルに手を添える。
重たく、うねるようなビヌトが鳎り響き、「ナむスDJ」の声ずずもに、フロアが倧きく揺れた。

「先攻——SPICE KID & 䞍韋 埌攻——T-Mart & AMARU」

名前が呌ばれただけで、フロアは䞀気に沞き立぀。
歓声ず期埅、積み䞊げた熱が枊巻き、䌚堎党䜓が爆発寞前の高揚感に包たれおいく。

「8小節、2本勝負」

どっず湧き䞊がる声。
床が震え、心臓の錓動がその熱に呌応する。

「DJ Bring the beat」

音が、火を噎いた。

先攻SPICE KID & 侍韋

軜快なステップでSPICE KIDが飛び出す。
鋭く甲高い声が、空気を裂く。

「ギリギリで来やがっお䜕様だ
ダッセェ制服にそのパヌカヌ
冎えねぇ栌奜 行っずけ孊校
今さらノコノコ䜕しに来た」

フロアがざわめく。
すかさず䞍韋が、䜎く重たい声で畳み掛ける。

「高ラの代衚 聞いお呆れる
ここにお前らの居堎所はないよ
ラップするよりも そこらでバむト
——そっちの方がよっぜど皌げるぜ」

笑いず歓声。空気は完党にSPICE KIDたちに傟き始めおいた。

だが、その流れを切り裂くように、亜䞞が䞀歩、前に出た。

「バむトで皌いで䜕がわりぃ
うちは母芪も病み䞊がり
毎日泥たみれ 立っおる道端
石ころもダむダに倉える生き様」

ざわめきが走る。芳客の反応が、少しず぀こちらぞず向く。

すかさず斗真が畳み掛ける。

「そうだよ 怖くおビビっおた
傷぀くのも ぀けるのも嫌だった
ぶ぀けるよ リアルを赀裞々に
最匷タッグ ここに出来䞊がり」

「おぉっ」ずフロアがどよめく。
マルボロがガッツポヌズを䜜る。

ストレヌトな蚀葉に、芳客の空気がじわりず倉わっおいく。
圌らの声が、たっすぐ届いおいた。


2本目SPICE KID & 侍韋

再び先攻。
斗真たちの1本目など意にも介さず、SPICE KIDは叱り぀けるような迫力で、蚀葉を叩き぀けおきた。

「䞀床でも逃げたらお終いなんだ
自分に負けたらそこたでなんだ
お前の“リアル”は所詮ママごず
こっちは人生かけおる山ほど」

続いお、䞍韋が凄みのある䜎音を響かせる。
重く、力づくで、盞手をねじ䌏せるように。

「お涙頂戎 いらねぇ戯蚀
これはバトル 感動ポルノじゃねぇ
俺が求めるのは芚悟ずスキルだ
足りねぇ奎から順に銖吊らす」

鋭さは本物だった。
空気が再び抌し戻されかける。

だが、亜䞞は前に出る。
顔を䞊げ、真正面から、芚悟を決めたように匷く蚀い切る。

「䞊等だよ 欲しいのは哀れみじゃねぇ
悲しみも歊噚に倉えるのがHIPHOP
誰かの二番煎じよりも未完成
遞ぶ俺らが掎む 䞀番䞊」

亜䞞が吐き出した蚀葉が、斗真の胞を震わせた。

「いけヌ」Rizzyの声が響き、
斗真はマむクを匷く握りしめ、迷いなく螏み出す。

「信じおくれる仲間がいる
だから必ず ただただいく
䞀人じゃ決しお勝おない戊い
冎えない芋虫 今日からバタフラむ」

歓声が巻き起こる。
重ねられた蚀葉の熱量が、確実に芳客の心に届いおいた。

「終了」

MCの声がマむクを通しお響き枡り、歓声はさらに爆発的な熱に倉わっおフロアを包み蟌んだ。

肩で息をしながら、斗真は隣を芋た。
亜䞞は、静かに、ほんの少しだけ頷いた。
その目には、蚀葉以䞊の手応えが確かに宿っおいた。

——

客垭のマルボロは、拳を握りしめたたた、目に涙を浮かべ、ステヌゞから目を離せずにいた。

「  すごい、本圓にすごいよ、二人ずも  」

震える声が、胞の奥たで揺さぶられおいるのを物語っおいた。

「行った 行ったよね 絶察行ったよね」

Rizzyが興奮しながら、マルボロの肩を䜕床も叩く。

MCがマむクを握り盎す。

「それでは、刀定に入りたす 勝ったず思う方に、手ず声をお願いしたす」

フロアが静たり返る。

䞀瞬、すべおの音が遠のき、呌吞たでもが止たるような静寂。

「先攻——SPICE KID & 䞍韋」

ぱらぱらず拍手ず歓声が䞊がる。

「埌攻——T-Mart & AMARU」

次の瞬間。
歓声が炞裂し、䌚堎党䜓が震えるような熱気に包たれた。

斗真はその光景を、ただ芋぀めおいた。

胞の奥から熱が蟌み䞊げ、指先たで震えるような感芚が広がっおいく。
これは偶然でも奇跡でもない。自分たちで掎み取った勝利だ。

そのずき。

隣の亜䞞が、そっず拳を差し出した。

斗真は気づくず、埮笑み、迷わずその拳に応えた。

二぀の拳が、しっかりずぶ぀かる。

その瞬間、たるで降り泚ぐように、芳客からひずきわ倧きな歓声が沞き起こった。

「やったあ やったよ」

興奮を抑えきれずに叫ぶRizzy。

「よかった  本圓によかった」

マルボロは、喜びを噛み締めるように静かに蚀葉を挏らす。

巻き起こる巚倧な興奮の枊の䞭、
斗真ず亜䞞は、眩しい照明の䞭で、確かにそこに立っおいた。

 



いいなず思ったら応揎しよう

この蚘事が受賞したコンテスト