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自分の人生なのに「人の解釈」に合わせて生きてしまう、という話

こんにちは!

この前、ニコニコ動画やN高をつくったドワンゴの川上量生さんが、 POPOPOの撤退に対してこんなことを言っていました。

既得権者のエリートが定石ばっかりの正しいことをして、勝ってなにが面白いのか。

オタクや引きこもりが集まって一発逆転するから、やる意味があるし、やりたいと思う。

今回は僕の周りのおっさんたちと一緒に勝ちたかったんです。 まあ、失敗しちゃったんですけどねw

でも、おっさん差別よくない!

かわんごさんのXの投稿より

それに対して、「いやいや川上さんも既得権益でしょ」みたいなことを言われてたんですが、それに対しての反論が素晴らしかったんです。

そりゃ皆さんから見たら成功者だろうし既得権益者でしょう。

でも、世間の認識と自分の認識を合わせる必要ないと思うんですよね。人間はそれぞれ自分のドラマを生きてるわけです。

しかも認識がずれてない方が成功するからというのは、ようするに得だから、認識あわせましょう、自分を変えましょうってことでしょう。

損得で人生のドラマやってんじゃないし、世間の他人のためのドラマでもない。結局のところ本当の観客は自分ひとりしかいないドラマを人間はみんなやってるんだと思います。

他人がどう思うかなんか関係ないでしょ。

僕は自分のやりたい戦い方でゲームをして、そして負けた。それだけのことです。 戦い方に反省はしていません。だってやりたかったんだし。

まあ、別の戦い方をしろと言われたら、たとえ勝つ確率がその方が高かったとしても、最初からゲームしてませんでした。

かわんごさんのXの投稿より

めちゃくちゃいいな。

今日はこの話から始めて、最終的に「自分の物語は、自分の解釈で進めるしかないよね」みたいな話をしたいと思います!

人の解釈に合わせてしまう問題

僕たちは、「親からこう言われたから、こういう人生を歩まないといけない」とか、「他人からこう思われるから、こうする」みたいなことを、意思決定の基準にしてしまうことがよくあります。

人間は、人からどう思われるのか、どう解釈されるのか、どういう目で見られるのかを、極めて気にするのですが、それが人生の価値基準になってしまているというか。

特に日本人は、その傾向が強すぎる印象があると思っていて、、「自分の人生は自分の自由である」という強い考え方よりも、「自分の人生が人からどう思われるか」「人に迷惑ではないか」のほうを優先して考えてしまう傾向があるかなあ、と。

また、周りに合わせてしまう、というのもあると思います。東京の進学校とかに通っていると、ほとんど周りが大学を目指すので、自分も大学に行くという選択肢が当たり前になるみたいなやつとか。逆もまた然りで、みんなが高校を卒業したら就職する場所では、それが一番のデフォルトの選択肢だと思ってしまうとか。

もちろん、周りでは当たり前の道以外にも、選択肢は大量にあるんですが、なんとなく人と同じほうが安心なので、特に強い希望がなければ、周りと同じように大学に行ったり、企業に就職したりする、みたいな選択肢を選んでしまいがちです。

そして悲しいことに、そうすることで、たしかに「成功の確率」が上がることもあるんですよね。

ここはちょっと複雑なんですが、ここでの「成功」の意味は周りの人たちが考える成功のことです。というのも、周りもその価値基準で動いているので、例えば、大学受験をしっかりやって、就職活動をやり抜いて有名企業に入った人が多い環境においては、それが「成功」とされます。

なので、他人が良いと思う選択肢を取ると、他人が成功だと思う状態に到達しやす位というわけですね。

ただし、これら、選択肢の基準も、成功の基準も、どちらも他人が決めた価値基準であります。これはある意味では「自分の物語を生きていない」ということにもなってしまうんですよね。

他人のためではなく、自信がないだけ

で、みんながそれをやってしまう理由なんですが、「他人のために生きたい」とか「人に合わせなきゃいけない」という思いでやっている人は、ほとんどいないんじゃないかと思っています。

むしろ、ただ自分に自信がないだけです。「自分の価値基準で成功を決め、その選択肢を選んでくださいね」と言われても、よくわからないし、決められないですよね。

たとえ、「大学とか就職とかどうでもよくて、私はヨーヨーをしてそれでチャンピオンになるのが人生の成功なんです」みたいなことを思ったとして、周りが反対しまくっていると、自信がなくなってきてしまいます。

「自分の人生はこういう人生だから、こういう物語を歩むんだ」と決められる人はかなり少数かなと。

多くの人は、自分の人生がどうなるのか、あるいはどうしたいのかを、予測できません。だからこそ「確度の高い道」を選ぶわけです。確度の高い道というのは、みんなが選ぶ道とも言えますし、親や先生のような、自分よりも経験がある人の判断に従う、という形だったりします。

僕自身も、周りが大学受験をしているからしましたし、大学時代も、インターネットにハマったら、周りがたまたまサービスを作るような人たちばかりになり、そっちの道に行きましたし、リクルートに入ったらみんな起業とかを考える人たちだったので起業したという感じでした。

起業したら起業したらで「資金調達をするものだ」とか「たくさんお金を集めて人を雇うものだ」みたいなセオリーを学んで「そういうものなんだなあ」という感じで、やってきてしまっています。

かなり周りの価値基準で生きてきた印象があります。

王道は他人が決めがち

起業もそうですが、「王道の道」というのは、周りによって決められるものだったりします。

たとえば、高校で野球をやっていて甲子園で活躍したら、そのままドラフトでプロ野球選手になる、というのは、一般の人から見ると少し変わった道に思えますが、甲子園で活躍した選手にとっては、これが「一番の勝ちパターン」だったりします。

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