SCMヨーロッパ史:第二次世界大戦。ヒトラーの執念のイノベーション
第二次世界大戦時のドイツと言えば、電撃戦(ブリッツクリーク)が有名ですが、ここではそんな話はしません。
ここでご紹介するのは、「狂気と隣り合わせの超・最適化ロジスティクス」の世界です。
こんにちは、サプライチェーンマニアの瀬崎健です。
前回は、自由すぎて自爆した「世界恐慌」という在庫のパンデミックについてお届けしました。
植民地を持つ「持てる国」が引きこもる一方、日本やドイツ・イタリアなど「持たざる国」は絶望するしかない。
今回は、その不況が生んだ怪物。 物流の力で世界を飲み込もうとした、ナチス・ドイツの「暴走する供給網」を紐解きます。
ドイツのアウトバーン:時速100kmの在庫移動システム
1933年、ヒトラーが政権を握ると、ドイツは魔法のような速さで経済再建を果たします。
その心臓部が、世界初の高速道路網「アウトバーン(1933年〜)」です。
これ、単なる失業対策の公共事業だと思ったら大間違い。
SCM的に見れば、「軍事物資という在庫を、国内のどこへでも爆速で届けるための物流プラットフォーム」です。
「普通は馬車や鉄道が主役なのに、実際は舗装されたコンクリートの道に軍隊を乗せた」。
さらに、ドイツは石油や鉄などの「戦略物資」を徹底的に囲い込みました。
資源がないなら石炭からガソリンを作る!という、「究極の自給自足型サプライチェーン」。
この執念のイノベーションが、世界を震撼させた電撃戦の正体です。
非人道の極み:負の最適化「ホロコースト」
しかし、このロジスティクスの才能は、最悪の方向へも向けられました。 ナチスによるホロコーストです。
彼らは、特定の民族を「不要な在庫」として扱うかのような、極めて事務的かつ組織的な虐殺を行いました。 鉄道の運行ダイヤを組み、強制収容所という名の「死の処理工場」へ人々を効率的に送り届ける。
この冷徹なまでの「負の最適化」は、人類がSCMを間違った方向に使うとどうなるかという、最も醜く悲しい教訓です。
ドイツが自動車大国なのはヒトラーの公約だった
ヒトラーは「国民全員が車を持てる国にする」という壮大な公約を掲げました。
それを実現するためにフォルクスワーゲン(ドイツ語で「国民の車」)という会社そのものを作らせました。
ヒトラーが設計を依頼したのは、天才エンジニアのフェルディナント・ポルシェ博士(後のポルシェ社の創業者)でした。
ヒトラーはポルシェに対し、次のようなムチャ振りに近い条件を出しました。
大人2人と子供3人が乗れること
時速100kmで走行できること
燃費が良いこと(1リットルで約14km)
空冷エンジンであること(冬に水冷だと凍ってしまうため)
価格が1,000マルク以下であること(当時のオートバイより安い!)
ポルシェ博士はこの難題をクリアし、あの独特なカブトムシのような形の車、通称「ビートル(タイプ1)」を完成させたのです。
当時のドイツ国民にとって、車はまだ高嶺の花でした。そこでヒトラーは、世界初の「車のための貯金制度」を導入します。
国民は毎週5マルクのスタンプを専用の通帳に貼り、一定額が貯まれば新車が手に入るという仕組みです。
「KdF-Wagen(歓喜力行団の車)」と名付けられ、約30万人もの国民がこの制度に申し込み、コツコツと貯金を始めました。
しかし、誰も車を受け取れなかった
ここが歴史の闇です。
1939年に第二次世界大戦が始まると、フォルクスワーゲンの工場は即座に軍用車(キューベルワーゲンなど)の製造工場に切り替わりました。
国民が必死に貯めたお金はそのまま軍事費へと流用され、戦前に自家用車を手にした市民は一人もいなかったと言われています。
戦後、焼け野原になった工場をイギリス軍が管理し、生産を再開。そこから「ビートル」は世界中で爆発的に売れました。
累計生産台数:約2,153万台
単一モデルとしては世界記録を打ち立て、ドイツの戦後復興(経済の奇跡)の象徴となりました。
ヒッピー文化のアイコン: 60年代のアメリカでは、権威への反抗の象徴として若者たちに愛されました。独裁者が作った車が、自由の象徴になったのは歴史の皮肉ですね。
サプライチェーンの奇跡:ファンタ誕生
ドイツが第二次世界大戦で開発したのは兵器ばかりじゃありません。
戦争が生んだ意外なイノベーション、それが「ファンタ(1940年〜)」です。
戦争でアメリカからコーラの原液が届かなくなったドイツ。
「原料がないなら、今あるゴミで作ればいいじゃない」。
リンゴの絞りかすやチーズ製造の副産物(乳清)を混ぜ合わせ、新しい飲み物を作りました。
名前の由来は「空想(Fantasie)」。
まさに「代替品開発によるBCP(事業継続計画)の最高傑作」です。
大戦は「供給網の物量戦」だった
第二次世界大戦をSCMのレンズで見ると、それは「どっちが最後まで在庫を切らさず前線に届けられるか」という壮大な持久戦でした。
ヒトラーの緻密な計算も、すべては物流の支配のため。
その戦略眼は、高速道路網・アウトバーンを構築し、フォルクスワーゲンをつくらせました。
そして、私は、ファンタを飲むたびに、これが第二次世界大戦の遺物だとちょっと切ない気分になりながらも、おいしくいただいています。
そんなドイツの執念のイノベーションも、ロシアの「冬将軍」に阻まれ、野望は潰えます。
そして世界が火の海となる中、ついに「物量の王様」アメリカが動き出します。
次回は、太平洋戦争。
日本の「ど根性ロジスティクス」が、世界の「科学的物量」にどう立ち向かったのか。
お楽しみに!
