「さすが徳川四天王である。」
滋賀県の彦根城を訪れた。
国宝に指定されている現存天守を持つ、
日本を代表する城の一つである。
実際に歩いてみると、やはりすごい。
天守の美しさはもちろんだが、城内を進んでいくと、
「ここは戦うための城だったのだ」
と実感する場所がいくつもある。
急な坂。
攻め込んできた敵の動きを制限する構造。
鉄砲や弓を使うための仕掛け。
廊下橋は、いざとなれば落として敵の侵入を防ぐことができたという。
現在は美しい観光地になっているが、
もともとは徹底的に防御を考えて築かれた城なのである。
そして彦根城といえば、やはり井伊家である。
関ヶ原の戦いで徳川方として活躍した井伊直政。
「井伊の赤鬼」
と呼ばれた徳川四天王の一人である。
関ヶ原の戦いの後、井伊直政はこの地を与えられた。
当初は石田三成の居城であった佐和山城を拠点としたが、
新しい城の築城を計画する。
直政自身は完成を見ることなく亡くなったものの、
その遺志を継いで築かれていったのが彦根城である。
面白いのが、
彦根城には他の城から移されたと伝わる建物や資材が数多く使われていることである。
動画では「リサイクル城」とも紹介されていた。
豊臣秀吉が築いた長浜城や、大津城など、
周辺の城から建物や資材を集めて利用したと伝わっている。
なぜ、そこまでして急いで築いたのか。
当時は江戸幕府が成立したばかりで、
西にはまだ豊臣方の勢力が存在していた。
彦根は京都や東国を結ぶうえでも重要な場所である。
つまり彦根城は、徳川にとって西への備えとなる重要拠点だったのである。
そう考えて城内を歩くと、見え方も変わってくる。
単に「綺麗なお城」ではない。
徳川政権を守るという明確な役割を背負った城だったのだ。
そして今回、個人的にかなり印象に残ったのが彦根城博物館である。
井伊家に伝わる甲冑をはじめ、貴重な資料を見ることができる。
何より驚いたのが、
博物館の資料の多くが撮影OKだったこと。
歴史関係の博物館を訪れると、撮影禁止の資料も珍しくない。
その感覚で見学していたので、
「これも撮っていいの?」
と思う場面が何度もあった。
歴史好きとしてはありがたい。
実物を目の前で見て、その場で写真にも残せる。
後から写真を見返すことで、現地で感じたことまで思い出せる。
そして井伊家の資料を見ていると、
やはり「赤備え」の存在感がすごい。

井伊直政率いる井伊軍は、
甲冑や旗指物などを赤で統一したことで知られている。
戦場で赤一色の軍勢が迫ってくる。
想像するだけでも相当な威圧感である。
井伊直政は徳川家康に仕え、徳川四天王の一人に数えられた。
「井伊の赤鬼」と恐れられた武将である。
彦根城を訪れ、井伊家に残されたものを実際に見ると、
その名前が急に現実味を帯びてくる。
教科書やゲームの中にいる武将ではない。
実際にこの時代を生き、戦い、その後の井伊家がこの地を治めていった。
城や甲冑が残っているからこそ、それを実感できるのである。
彦根城は天守だけを見ても十分に素晴らしい。
しかし、城内の防御施設や石垣、
博物館までじっくり見ていくと、さらに面白くなる。
そして何より、
井伊直政という武将の存在を強く感じる場所であった。
井伊の赤鬼。
さすが徳川四天王である。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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