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屈辱(雑談023)

「屈辱」

言葉の響きも刺さるように尖っていて尚且つ醜く見苦しい屈辱、怒りと哀しみが混在して憤りに姿を変え、それすらも超え、猛獣みたいに手のつけられない感情が屈辱です。屈辱の背景にあるのは相手や対象物に対して見下していた意識が関与しています。見下す、言い換えれば軽んじる、バカにする、見くびる、柔らかく表わすなら同情する、憐れに思う、全てが当てはまるとは思いませんが自身の経験は屈辱とのそれらの因果は多々、感じられました。子供の頃は屈辱をヤキモチと言っていたこともありましたが、少し年齢を重ねると嫉妬に姿を変え、もっと柔らかく表現するなら劣等感、それを置き換えて自らのダメージを抑えていたのかもしれませんが、合わせて出来事や事柄を屈辱として認めてしまえば余計にそれが重くのしかかるようで遠ざけつつも間に更に壁を設けて視界から外していた傾向もあったように思います。一応は屈辱と抗う姿勢もありましたが、努力や忍耐が備わっていたかと言えばそのようなこともなくて、むしろ、それをすること自体が屈辱と思っていたこともありました。言い換えれば服従を強いられる行為と受け止めて、それらを怠っていたのかもしれませんが多かれ少なかれロックの精神が隙間に入り込み浸透に継ぐ影響を伺わせてしまうのが自分らしくて納得の反面、割を食う要因だったと後悔もしています。屈辱を表していた作品が「エースをねらえ!」というテニスのアニメーション、主人公は岡ひろみという女子高生でそれにレギュラーを奪われる音羽京子という上級生が見苦しいくらいの屈辱に自ら本人も苦しんでいました。子供の頃に見ていたそれには岡ひろみを擁護、援護、年齢を重ねるに連れ音羽京子の屈辱も理解しました。同様に屈辱を示す曲や作品に心を揺さぶられることも度々、代表例はエレファントカシマシの「曙光」、「優しい川」、ソロの「冬の花」、アーティストを他に移すと中島みゆき、失恋のイメージが強いですが言い換えれば屈辱、人の不幸を祈るという歌詞に敏感に反応してしまうのは情けないと思いながらもそれを歌う中島みゆきに信頼を寄せていました。尚、岡ひろみみたいなタイプはアスリートとして大成するのかもしれませんが、音羽京子みたいなタイプは小説家のようにアーティストとして成功するのではなかろうかと応援したい気持ちもあります。

◾️この記事の背景に流れる音楽
「元気ですか」/中島みゆき
怜子/中島みゆき

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