渋谷陽一(AIアシスタントヴァージョン)
「渋谷陽一」
尾崎豊、渥美清、忌野清志郎、アベフトシ、森田童子、亀川千代、チャーリー・ワッツ、内田裕也、萩原健一、チバユウスケ。自宅の本棚にCDやDVD、書籍が並ぶ彼らの中に、渋谷陽一の名がある。雑誌を含めれば、その数は圧倒的だ。ミュージシャンでも俳優でもない彼が、自分自身に与えた影響の大きさを考えると、改めて深い感慨と、現在の不在に対する無念さが込み上げてくる。 私にとっての渋谷陽一は、エレファントカシマシや忌野清志郎、仲井戸"CHABO"麗市との関わりを通じて語られる存在だが、原点を遡れば1986年のローリング・ストーンズ『ダーティ・ワーク』に辿り着く。存在は知っていたが、彼の文章に初めて触れたのがこのライナーノーツだった。 そこには「ストーンズが好きだ」と言いながら、その理由や魅力を言語化できないファンへの痛烈な言葉が並んでいた。読みながら赤面し、羞恥心に苛まれるほど的確な指摘だった。「カッコ良い」という直感だけで音楽を選び、言葉を持たなかった当時の自分を、まるで見透かし、突き放すような筆致。しかし一方で、ストーンズを直感的に「好き」になれる感覚、その瞬発力については肯定し、称えてもいた。その一言に、救われるような思いがしたのを覚えている。 振り返れば、デビュー直後のエレファントカシマシを真っ先に支持したのも彼だった。そこにも、理屈を超えて本質を捉える「瞬発力」があったのだろう。彼への信頼の根底には、そうした共鳴がある。 それでもやはり、洋楽やレッド・ツェッペリンを語る姿こそが、渋谷陽一の真骨頂だと思う。ジミー・ペイジ自身が最も愛するアルバムとして『プレゼンス』を挙げたことを、見事に言い当てていた彼の批評眼には、ただ脱帽するしかなかった。
◾️この記事の背景に流れている音楽
天国への階段/レッド・ツェッペリン
アキレス最後の戦い/レッド・ツェッペリン
