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『映画ちいかわ 人魚の島のひみつ』の製作幹事QTORYとは何者か。公開情報から読む、ちいかわIPの座組の変化

『映画ちいかわ 人魚の島のひみつ』のエンドロールには、ちょっと不思議なことが書いてあります。原作と脚本はナガノさん。アニメーション制作はサイピク。配給は東宝。そして製作幹事は、QTORY inc.です。

テレビ版は動画工房、映画版はサイピクがアニメーション制作を担っています。映画版ではさらに、QTORY inc.が製作幹事としてクレジットされています。

本稿では、公式クレジットと関係者インタビューを土台に、この役割分担が持つ意味を私の実務経験から読み解きます。私はこの変化を、「大手の届く力を借りるIP」から「大手を選んで束ねるIP」への変化だと見ています。

しかも、テレビアニメはいまも終わっていません。毎週火曜と金曜の朝、『めざましテレビ』の中で放送が続いています。テレビ版を閉じて、映画版へ乗り換えたわけではないんです。

では、何が起きたのか。

映画の興行収入は、公開20日で80億7,000万円。観客は563万人です。それだけの規模の映画を、武井保之さんによれば、製作委員会はわずか3社で動かしていました。

でも、実際には3社だけで、全部を作ったのではありません。武井保之さんの取材記事では、製作委員会は3社と報じられています。ただし、その構成社と出資比率は公開資料からすべて確認できません。

そこで本稿では「委員会の内側・外側」とは分けず、公開クレジットに記載された各社の役割を見ていきます。サイピクがアニメーション制作、東宝が配給、QTORYが製作幹事を担い、障子直登さんがプロデューサーとして参加しています。

制作会社だけでは見えない、製作幹事の役割

映画やアニメのクレジットには、「製作」と「制作」という、よく似た言葉が並びます。

ざっくり言うと、製作は企画を立て、お金を集め、権利と事業の責任を持つ側。制作は、実際に映像を作る側です。

家を建てるなら、製作は施主と開発会社、制作は設計事務所や工務店に近い。もちろん現場ではもっと複雑ですが、まずはそのくらいで大丈夫です。

映画の公式サイトを見ると、この役割がきれいに分かれています。

https://chiikawa.toho-movie.jp/

原作・脚本はナガノさん。アニメーション制作はサイピク。全国の映画館へ届ける配給は東宝。企画と事業の中心に立つ製作幹事はQTORYです。

つまり、サイピクが映画を描き、東宝が映画館へ届けています。その企画と事業を取りまとめる位置に、製作幹事のQTORYが置かれています。

この違いは、制作会社の名前だけを見ていると分かりません。

IPの立ち位置を知りたければ、「誰が作ったか」だけでなく「誰が製作を取りまとめたか」も見る必要があります。

2022年、テレビアニメが始まったちいかわ

では、なぜ最初からスパイラルキュート側で映像を仕切らなかったのでしょうか。

テレビアニメが始まった2022年、ちいかわはすでに人気でした。Xで多くの読者を持ち、単行本もグッズも売れていた。だから「成功するか誰にも分からなかった」という言い方は、正確ではありません。

分からなかったのは、別のことです。

SNSで読まれるマンガが、朝のテレビに流れるアニメになっても愛されるのか。若いネットユーザーだけでなく、子どもや家族にまで広がるのか。1回話題になって終わらず、何年も放送を続けられるのか。

キャラクターとしては売れていた。でも、国民的な映像IPになれるかは、まだ証明されていませんでした。

そこで借りたのが、フジテレビの力です。

放送が始まったのは2022年4月。初回だけ月曜日、第2話から毎週金曜、1話約1分でした。障子プロデューサーは、1話1ページの原作漫画をアニメ化するため、約1分のミニアニメとして考えたと説明しています。私は、結果としてこの短尺形式が、朝の生活動線に繰り返し入り込むうえで相性がよかったと見ています。

メディアが変われば、同じ人気がそのまま再現されるとは限りません。テレビ版は週1回で始まり、翌年には週2回へ増え、いまも続いています。この継続自体が、キャラクターIPとしての実績になりました。

放送枠を超えた、フジテレビの役割

テレビ版については、フジテレビが放送枠を出し、動画工房が絵を作った。それだけではありません。

フジテレビの障子直登プロデューサーは、2024年のインタビューで、ナガノさんがXへ投稿したマンガを自分でパズルのように組み、監督やナガノさんと相談しながら1本の話へ構成していると説明しています。

https://www.fujitv.co.jp/company/fujitvwork/vol25.html

どの話をいつ出すか。重いシリーズの間に、どのほのぼの回を挟むか。朝の情報番組で流せる表現になっているか。映像にするための細かい判断を、フジテレビ側のプロデューサーが日々回していたわけです。

一方、制作上の判断がフジテレビ側だけで完結していたわけでもありません。障子プロデューサーによれば、各話の構成はナガノさんや監督と相談し、セリフや細かな設定もナガノさんへ確認する体制でした。イベントでは、スパイラルキュートとも意見を交わしています。フジテレビ側が実務を回すことと、原作者やライセンス管理側が関与することは両立していました。

これには理由があります。

スパイラルキュートの事業の中心は、キャラクターライセンスのプロデュースです。テレビ版では、そのライセンス管理機能に、フジテレビの放送・運用と、動画工房のアニメーション制作を組み合わせました。

これは主導権の有無というより、必要な機能を役割ごとに持ち寄る座組です。

テレビアニメが作った、映像IPの信用

この組み方は当たりました。

放送は2023年4月から火曜と金曜の週2回に増えました。2026年のいまも放送が続き、7月末までに365話を重ねています。

朝のテレビで何度も見ていた子どもがいる。支度をしながら、なんとなく覚えた親がいる。放送後はYouTubeやTVerで見られ、グッズやイベントの情報も『めざましテレビ』からそのまま届けられる。

Xで生まれたキャラクターが、テレビを通して家族の共通語になりました。

ここで得たのは、人気だけではありません。

何年もアニメを続けられること。原作の少し怖い部分を残しても、朝の番組で受け入れられること。ネットの外にも観客がいること。そして、映像を見た人が商品やイベントにも動くこと。

テレビアニメは2022年から継続し、視聴実績を積み重ねました。一方、映画製作が動き出したのは2024年秋と報じられています。したがって、映画化の初期判断までに積み上がっていたテレビ実績は約2年半です。

もちろん、信用を作ったのはテレビだけではありません。同じ時期に、スパイラルキュートは商品や店舗、企業コラボを広げてきました。私は、テレビ放送が観客層の広さを、ライセンス事業が事業基盤の強さを示し、その両方が映画化を検討する材料になったと見ています。

わたしの経験上、キャラクターIPを見るとき、フォロワー数だけでは次の投資や商品化を決めません。マンガを無料で読む人と、映画館でお金を払う人は同じではない。グッズを買う人と、毎週アニメを見る人も違います。

テレビアニメは、フォロワー数だけでは見えない映像IPとしての信用を積み上げました。週1回で始まった放送は翌年に週2回へ増え、2026年のいまも続いています。

だから、テレビ版の座組は「主導権を取られた失敗」ではありません。

映像で実績を積む段階に、大手の届く力を借りる。そのあいだに、作品の信用と、次の座組を選ぶ力を育てる。

ちいかわは、ちゃんと順番を踏んでいます。

では、信用を得たIPが、次に何をしたのか。

その答えが、映画の製作幹事になったQTORYです。

外注ではなく、QTORYという合弁会社

QTORYは、ちいかわのライセンス管理を担うスパイラルキュートと、映画の企画・制作会社STORYの合弁会社です。

STORYの採用ページには、その目的がかなり率直に書かれています。スパイラルキュートが扱うキャラクターのアニメーション作品を作り、世界中へ届ける会社です。

https://story-inc.co.jp/recruit.html

出資比率や契約の中身は公開されていないので、スパイラルキュートが単独でQTORYを支配しているとは言えません。それでも、テレビ版ではライセンス管理会社だったスパイラルキュートが、QTORYの共同設立者として製作幹事の側に座っています。

この組み合わせがうまいんですよね。

スパイラルキュートは、キャラクターをどう見せるか、何を商品化し、誰と組むかを長く扱ってきました。原作者に近く、ファンが何を大切にしているかも分かっている。

STORYは、『すずめの戸締まり』『きみの色』などのアニメ映画や、『8番出口』などの企画・制作に関わってきた、あの川村元気さんの会社です。企画を立て、脚本を作り、スタッフを集め、宣伝し、海外へ売るところまでを仕事にしています。

片方にはIPがあり、片方には映像作品を世界的なヒットにする能力があります。

わたしは、テレビ放送とライセンス事業で積み上げた実績が、提携相手や座組を選ぶ交渉力になったと見ています。観客と事業基盤を持つIPなら、映像会社へ発注するだけでなく、共同で事業の器を作るという選択肢も持てる。人気は、売上だけでなく、組み方を選べる力にも変わります。

作品ごとの外注に比べ、合弁会社には、映像企画の判断と知見を同じプロデュース主体に蓄積しやすい利点があります。誰に監督を頼むか、どのスタジオと組むか、どの配給会社へ持っていくか。そうした判断を継続的に扱う器を持つこと自体が、次の映像展開を組む力になります。

QTORYは、ちいかわの映画だけのために突然できた看板でもありません。

2025年に始まったテレビアニメ『コウペンちゃん』では企画プロデュースを担い、

2026年のアニメ『mofusand』でも同じ位置にいます。どちらも、スパイラルキュートが扱うキャラクターです。

キャラクター管理会社が、映像会社へ丸投げしたのではありません。

映像製作を取りまとめる席を、自分たちの側に増設したんです。

主導権は、誰かから奪い返すものとは限りません。実績を作り、足りない能力を足して、決められる範囲を増やしていくものでもあります。

テレビ版から映画版へ。IP側が「製作幹事」の当事者になった
テレビ版と映画版の公開情報をもとに筆者作成

3社という「自信メーター」の限界

わたしは最初、この映画の製作委員会が3社だと知って、「社数は自信の表れ」と考えました。

会社を増やせば、外したときの損失を分散できます。ただし、当たったときの収益や権利も分かれる。だから少ない社数で大きな映画を作れるのは、それだけ当たる自信があるからだ、と。

方向としては間違っていません。でも、少し単純すぎました。

製作委員会の社数だけで、その作品への自信を測ることはできません。必要な資金、持ち寄る権利、回収する窓口は作品ごとに違います。3社の顔ぶれや出資比率も、公開資料からすべて確認できるわけではありません。

では、3社という数字だけでは見えない実行体制は、どう組まれていたのか。
手がかりは、公開クレジットに並ぶ役割分担です。ここからは、この座組を1枚ずつ分解します。
・QTORY、サイピク、東宝が担った役割
・映画より前にあった、サイバーエージェントとのゲーム・海外展開の接点
・テレビ版と映画版で異なる、二つの取りまとめ方
・国内映画と海外ライセンスに共通する、強い相手との役割分担

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※追記(2026年8月22日):約1分の放送形式、テレビ実績と映画化の関係、映画の役割分担について、事実と筆者の見立てがより明確になるよう本文と図版を修正しました。

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