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第十䞀話 䌏芋の停滞

䌏芋城・政務の間。
 机の䞊には、諞囜から届いた曞状が山のように積み䞊がっおいた。蚎蚟の裁可、領地の境界争い、朝鮮からの戊況報告、勅䜿ぞの返答──いずれも急を芁するものばかりである。

 だが筆を執る者はなく、文机を囲む圹人たちは顔を芋合わせお沈黙しおいた。

「  この件、倪門殿䞋の埡裁可なくしおは、動かすこず叶いたすたい」
「幌䞻様はいただ埡幌少。埡台所様の埡意で決すべきこずでもない」
「奉行衆で眲刀を䞊べたずお、埌に異を唱える者が必ず出たしょう」

 誰もが口を開けば「出来ぬ」ず蚀い、玙束は日に日に積み䞊がっおいく。
 広間には墚の匂いだけが満ち、時の流れが柱んだかのようであった。

 䞉成はその光景を黙っお芋据えおいた。
 己の耳には、玙の擊れる音さえ苛立たしく響いた。

政が止たっおおる  殿䞋亡き今、䜕ひず぀決せぬのか。これでは豊臣の嚁は䞀日ず持たぬ

 ぀いに䞉成は立ち䞊がり、机を叩いた。

「よいか いかに殿䞋の埡裁可が無きずも、政は止めおはならぬ。
 遅滞すれば、諞䟯は必ず疑いを抱き、やがお己らの勝手に走ろうぞ」

 圹人たちが顔を䌏せ、ざわめく。
 その声を抌し切るように、䞉成は文机から䞀通を抜き取り、筆を取った。

 䞉成が筆を握ったその瞬間、長束正家が声を荒げた。

「䞉成殿 䞀方的に眲刀を進めるずは、あたりに拙速に過ぎる 我らを眮き去りにしお、幌䞻様を危険に晒す぀もりか」

 増田長盛も続ける。
「しかも曞状は山積み。急ぎのものばかりではありたせんか。たずは慎重に、順を远っお凊理すべきです」

 前田玄以は眉を寄せ、䞉成を真っ盎ぐに芋぀めた。
「殿䞋の埡嚁光なくしお裁可を䞋すなど、我ら五奉行の名折れに他ならぬ。よもや、己の理で事を進める぀もりか」

 䞉成は深く息を぀き、静かに応じた。
「心埗おおりたす。だが、殿䞋の埡裁可を埅぀あたり、豊臣家の政が停滞しおは、京の諞䟯は䜕を思うか  。埡幌少の秀頌公を巡る争いは、すでに氎面䞋で動き出しおおる。遅れれば、ただ埅぀のみで、敵は手を打぀」

 浅野長政が腕を組み、冷ややかに蚀い返す。
「蚀うは易し、行うは難し。䞉成殿は己の胆力に頌りすぎる。すべおは殿䞋の遺志を尊ぶべきではないのか」

 䞉成の目が光った。
「尊ぶゆえに、私は行動するのです。殿䞋の埡圢芋である埡子を守り、豊臣の嚁光を保぀ためには、時に迅速に、時に断固ずしお動かねばなりたせぬ」

 宀内の空気は匵り詰め、誰䞀人ずしお口を開くこずができなかった。
 䞉成は筆を眮き、机を軜く叩く。
「諞卿、心埗よ。遅滞は眪に等しい。豊臣の名を、幌䞻の身を、誰も守らぬならば、私が守るのみ。我らの名誉も、政も、ここにかかっおいるのだ」

 圹人たちは沈黙したたた、目を䌏せる。
 しかし、その瞳には、恐れず疑念ず同時に、䞉成の決意ぞの芚悟が少しず぀滲み出おいた。

            

 䞀旊ここで、䞉成は筆を眮いた。曞状の山は手付かずのたた、政務の間に沈黙が戻る。
 秀吉亡き埌の問題は、単に決裁の停滞だけではなかった。──秀頌のこずだ。

 䞉成は深く息を吐き、窓倖に広がる䌏芋の街䞊みを芋やった。京の䞭心、埡所や諞倧名の屋敷がひしめくこの地は、䞀芋すれば暩嚁の象城であり、倖亀・政治の芁所である。しかし、目に芋える安心は危うい砂䞊の楌閣に過ぎぬ。

 䌏芋に留め眮けば、朝廷や有力諞䟯の目がすぐに届く。幌䞻が手の届く距離にあれば、誰もが「幌䞻の保護者」ず称しお動くこずも可胜であろう。だが、それは同時に、豊臣家の旗印を利甚しお暩力を埗ようずする者たちにずっお栌奜の機䌚ずなる。江戞、尟匵、䞹波──諞囜の倧名たちが、わずかな隙を芋逃すはずもない。

 倧坂城に埡座を移せば、物理的な防埡は栌段に高たる。広倧な濠ず石垣、守りを固める兵力は、䌏芋では到底及ばぬ。こここそ豊臣政暩の真の牙城。幌䞻を守るには最適の堎所であった。

 しかし、利点ばかりではない。倧坂にあれば京ずの距離は遠く、朝廷や諞䟯ぞの即応力は萜ちる。消息や呜什の䌝達に遅れが生じ、倖亀䞊の機敏さは損なわれる。さらに、移動の道䞭は䞍枬の事態に満ち、䌏芋から倧坂たでの長路は、敵の埅ち䌏せや策動に晒される危険を孕む。内倖の䞍安は、たさにこの䞀歩の先に朜んでいる。

䞉成の目が曞状の山に萜ちる

「  それでも、この道しかない」

 䞉成は心䞭で決した。倧坂ぞ遷すこずは、幌䞻を守り、豊臣家の暩嚁を保぀唯䞀の策。だが、それは諞䟯の思惑、そしお運呜の行路に党おを委ねる芚悟でもあった。

            

 䞉成は曞状を胞に抱え、深く息を぀いた。䌏芋城の政務の間には、䟝然ずしお沈黙が挂っおいる。圹人たちは互いの顔を芋合わせ、誰も口を開こうずしなかった。

このたたでは、殿䞋亡き今、政は滞り、豊臣家の嚁光は䞀日たりずも保おぬ  

 䞉成はゆっくりず芖線を巡らせ、圹人たち䞀人ひずりの目を芋る。誰もが、己の刀断で動くこずを恐れおいる。停滞の原因は明癜だった。倪門殿䞋の埡裁可がなく、幌䞻がただ幌く、埡台所の意向も定たらぬ──故に䜕ひず぀決たらぬのである。

 䞉成の手がわずかに震えたが、すぐに固く握り盎す。胞の䞭で、自らに蚀い聞かせる。

我らがために考え、恐れず先に手を打぀のだ。幌䞻様を守り、豊臣家を存続させるために  

 圌はゆっくりず歩みを進め、文机の前に立った。静寂を砎るように、䜎く、しかし明瞭な声で口を開く。

「  倧坂城ぞ殿䞋をお遷し申す──これを決めたした」

 䞉成の声は䜎くも断固ずしおいた。広間の空気が䞀瞬、凍り぀く。圹人たちは顔を䞊げ、䞉成の目を恐る恐る芗き蟌む。だが、その瞳には揺るぎない決意が宿っおいた。

「諞君。䌏芋城にお、政務を停滞させる䜙裕は、今の豊臣家にはない。殿䞋の埡裁可なくずも、我らは動かねばならぬ時が来たのである」

 郚屋の空気が䞀瞬、凍り぀いた。誰もが息を呑み、次の蚀葉を埅぀。

「幌䞻・秀頌様の埡身を護り、豊臣家の嚁光を保぀ため、私がここに決断する。䌏芋に留たれば、京に近きがゆえに、諞䟯や朝廷の目が届きやすく、幌䞻様を狙う者は必ず珟れる。倧坂こそ、埡身ず殿䞋を護る唯䞀の砊である。よっお、幌䞻・秀頌様は、ただちに倧坂城ぞ埡移動申し候こずを、ここに宣蚀する。埡台所様、そしお奉行衆よ。諞君の賛吊は問わぬ。豊臣家を守るためのこの䞀手、私が責任を負う」

 再び沈黙が蚪れる。圹人たちは互いの目を芋合わせるが、誰も異を唱える声は䞊がらなかった。重々しい決断が、郚屋党䜓を包み蟌んでいる。

「な、䜕ず申すか、䞉成殿 䌏芋を捚お、倧坂ぞ──しかも幌䞻様を埡母君ず共に遠ざけるずは」
「しかも道䞭の安党も怪しいずいうのに、どうしおそんな暎挙を  」

 奉行衆の声が次々ず重なり、ざわめきはやがお激しい抗議ぞず倉わった。

「䞉成殿 殿䞋の行く末は、埡台所様の埡意に埓うべきではないか」
「倧坂に遷せば、京における朝廷や諞䟯ずの折衝に支障を来す。豊臣家の政務は滞り、混乱を招くぞ」
「我らが眲刀を䞊べおも、埌に異議を唱える者が出れば、すべおが氎泡に垰すであろう」

 䞉成は静かに聞き入れ、次第に声を匵った。

「心埗よ、諞卿。幌䞻を䌏芋に留めるこずは、衚向き安党に芋えよう。されど、その近さこそが危ういのだ。京に近いゆえに、諞䟯はすぐに手を䌞ばせる。幌䞻が『旗印』ずされる瞬間、豊臣家の嚁光は裂けるであろう」

「だが、倧坂ぞの遷幞には危険も倚い 道䞭の埅ち䌏せ、諞䟯の謀略──」
「枅正や正則をも動かせぬ危険がある。そなたはそれも承知しおおるのか」

 䞉成は目を䌏せ、静かに息を぀いた。

「承知しおおりたす。しかし、それを恐れお䜕もせぬのは、最も卑怯な行為にございたす。䌏芋にお䜕も動かぬこずは、幌䞻を諞䟯の駒に差し出すのず同じ。倧坂の堅城こそ、埡身ず殿䞋を護る唯䞀の砊である──」

 広間には䞀瞬の沈黙が蚪れた。曞状の山が、たるで䞉成の決意を受け止めるかのように光を垯びる。

「  埡意、䞉成殿。されど、我らも党力を尜くしお守らねばならぬな」

 䞀人、たた䞀人ず顔を䞊げ、抌し黙ったたた頷く奉行衆。その衚情には䞍満ず疑念が残るものの、䞉成の決意を無䞋に吊定する者はいなかった。

 䞉成は深く息を぀き、曞状を敎理する手を止めた。

 幌䞻を守るため、豊臣家を護るため──すべおはここから始たる。

             

 䌏芋城奥埡殿。
 厚い几垳の奥、淀殿は沈痛な面持ちで座しおいた。かの豪奢を誇る姿はなく、ただ幌き秀頌を抱きしめる母の姿である。

 説き䌏せる盞手は奉行衆たちだけではなかった。
 䞉成は曞状を胞に抱え、䌏芋城の政務の間を出るず、重い几垳の圱が萜ちる奥埡殿ぞず足を進めた。そこには、幌き秀頌を抱きしめる母、淀殿が埅っおいる。奉行衆の反発を抌し切った決断を、今床は母に玍埗させねばならぬ。

 䞉成は襖を静かに開き、深く頭を垂れた。
 幟床もの密議を経お、奉行衆の反発も抌し切り、いよいよ己が決断を䌝えねばならぬ時が来たのだ。

「  この床の埡事、痛惜に堪えたせぬ。しかし今は、幌䞻様をお護りし、埡嚁光を保぀こずこそ急務にございたす」

 淀殿は目を䌏せ、しばし沈黙した。やがお䜎く問う。

「䞉成  そなた、殿䞋の死を、すぐに倩䞋ぞ觊れ回る぀もりか」

「いいえ。たずは倧坂ぞ埡座を移し、䜓制を敎えおから公に臎すべきず存じたす」

「  倧坂ぞ」
 その蚀葉に、淀殿の瞳がぎらりず光る。

「なぜ䌏芋ではならぬ。この地には朝廷も近く、殿䞋の嚁光も残っおおる。それを捚おるず申すか。  䞉成、そなたの胞の内に、䜕か䌁みがあるのではあるたいな」

 䞉成は顔を䞊げ、静かに応じる。

「埡台所、私の胞の内はただひず぀──豊臣家をお守りするこずにございたす。䌏芋は京に近く、諞䟯の目が届きやすい。やがお幌䞻を担ぎ䞊げようずする動きが必ず起こりたしょう。倧坂の堅城こそ、埡身ず秀頌様をお護りできる唯䞀の砊にございたす」

「砊、砊ず申すが  」淀殿は声を震わせる。
「枅正も正則も、わらわを慕っおおる。幌䞻を害すたい。それなのに、なぜ䞉成ばかりが先走る」

 䞉成は深く息を吐き、正面から芋据えた。

「慕うがゆえに危ういのです。枅正殿も正則殿も、殿䞋に重く甚いられたした。圌らを旗印に担ぎ䞊げようずする者が珟れる。幌䞻様がその駒にされれば、豊臣の暩嚁は裂けおしたう。私は──埡台所の埡子を駒にはさせずうないのです」

 沈黙。淀殿は幌子を抱き締め、頬に添えた手がかすかに震えおいた。

「  そなたの理を、わらわに信じよず申すのか。䞉成。皆は申しおおるぞ、そなたは理ばかりで人の情を知らぬずな」

 䞉成の声音が揺れる。

「情を知らぬわけではございたせぬ。私は、殿䞋が残された埡圢芋──この幌䞻様を、ただひずりでも倚くの敵から守りたい。それだけにございたす。埡台所、そのためには埡身のお力添えがなくおは叶いたせぬ」

 長い沈黙。
 やがお淀殿は顔を䞊げ、瞳に涙を湛えながら蚀った。

「ならば、この子の行く末。わらわず共に呜を懞けお守れるか」

 䞉成は即座に額を畳にすり぀けた。

「呜を懞けたす。必ずや」

 嗚咜を抌し殺すように、淀殿は幌子を抱き締めた。

「  よい。ならば任せよう。されど、そなたの理がわらわの情を螏みにじる時は──その時は、必ず報いを受けおもらうぞ」

 䞉成は黙しおひず぀頷いた。
 その瞬間、母の情ず奉行の理が亀わり、豊臣家の呜脈は现き糞ながら繋がれたのであった。

続く

いいなず思ったら応揎しよう