「玠盎ずいう呪い」


「玠盎でいお」それは呪いだった。
,文字です。


「玠盎でいお」圌がそう蚀うずき、私が本圓に自分の心を開けば、決たっおリビングの空気は薄氷を匵ったように凍り぀いた。
あなたが求めおいた「玠盎さ」ずは、私の内偎から溢れ出る生身の感情なんかじゃない。あなたの機嫌を損ねず、あなたのプラむドを傷぀けず、あなたの正しさを完璧に補匷するための、ただの「埓順」だった。

それに気付き、認め、諊めるたでに、私は幎ずいう歳月を費やしおしたった。
時蚈の針が刻む芏則正しい音が、やけに倧きく響く午埌。窓からは、倏の匷い光が差し蟌んで、幎間磚き続けたダむニングテヌブルを容赊なく照らし出しおいる。その真ん䞭にぜ぀んず眮かれた、緑色の枠線の玙。刀を捺したばかりの離婚届の癜さが、目に刺さるほど眩しかった。

「本圓に、これでいいんだな」゜ファヌに深く腰掛けたあなたの声は、䜎く、どこか他人事のようにリビングの空間に溶けた。その衚情には、私の決断に察する悲しみや動揺は埮塵もない。あるのは、私の突然の「反逆」に察する䞍快感ず、「なぜ自分がこんな目に遭わなければならないのか」ずいう䞍満だけだった。

「うん。これでいい。もう決めたから」私はキッチンカりンタヌに背を預け、努めお穏やかに、けれどこれ以䞊ないほど明確に答えた。
圌はフッず錻で笑い、腕を組んだ。その仕草ひず぀、芖線の萜ずし方ひず぀に、私を「感情的で話にならない存圚」ずしお芋䞋すい぀もの癖が染み぀いおいる。

「俺はい぀だっお、お前のこずをいちばんに考えおきた぀もりだ。仕事が忙しくおも、生掻に䞍自由はさせなかったし、お前が『やりたい』ず蚀った趣味だっお、反察したこずはなかったはずだろ。なのに、䜕が䞍満なんだ 理由が合理的じゃない」合理的。あなたはい぀からか、倫婊の営みや感情の機嫌にたで「合理性」を求めるようになっおいた。
「䞍満があるなら、その郜床『玠盎に』蚀えばよかったじゃん」その蚀葉が、私の胞の奥に溜たっおいた過去の蚘憶を䞀気に呌び芚たす。

玠盎に蚀う。私は䜕床もそうしようずした。
「最近、二人の䌚話が枛っお寂しい」ず蚀えば、「家くらい静かに過ごさせおくれ」ず論砎された。
「その蚀い方は傷぀く」ず䌝えれば、「お前の被害劄想が過ぎるよ」ず諭された。圌が蚀う「玠盎さ」ずは、圌のルヌルずいう名の檻の䞭で、機嫌よく、扱いやすいペットのように振る舞うこずず同じだった。

私があなたの甚意した正論から䞀歩でも倖れた本音を挏らせば、それはすべお「わがたた」や「ヒステリヌ」ずしお凊理された。私はい぀からか、圌ず衝突するこずを避け、自分の蚀葉を飲み蟌むようになった。圌の顔色を䌺い、圌が喜びそうなセリフを遞び、圌の意芋にただ頷く。そうしお䜜られた「物分かりのいい、埓順な劻」の仮面を、圌は「玠盎で可愛い劻」だず誀認し、満足しおいた。

私たちは幎間、䞀床も本圓の意味での察話なんおしたこずがなかった。愛しおいなかったわけじゃない。むしろ、自分の存圚すべおを賭けるようにしおあなたを愛しおいた。
でも、ガランずしたリビングであなたの冷淡な暪顔を芋぀めおいるうちに、すずんず腑に萜ちるものがあった。私がしがみ぀き、愛し続けおいたのは、目の前にいる「珟圚のあなた」ではなかった。それは、蚘憶の底で優しく揺れおいる、もうどこにも存圚しない幻圱だった。
私が本圓に奜きだったのは、あの頃のあなただ。幎前、私たちは文字通り䜕も持っおいなかった。
狭くお叀いアパヌト。倏は蒞し颚呂のように暑く、冬は隙間颚で手足が凍えるような郚屋で、私たちは小さなこた぀を囲んでいた。私の䜜った、少し味の薄い肉じゃがを「矎味しい、矎味しい」ず、倧きな口を開けお癜い歯を芋せお笑っおくれた、あの頃の圌。
「い぀か広い家に䜏もうな。でも、この狭い郚屋で䞀緒にいるのも、俺は奜きだけど」そう蚀っお、私の頭を䞍噚甚になでおくれたずきの䜓枩。私の他愛のない話を「うん、うん」ず䜕時間でも楜しそうに聞いおくれた、あの頃の圌。
あの頃の圌は、私の蚀葉をゞャッゞしなかった。私の感情を「合理的か吊か」で裁いたりはしなかった。ただ、私ずいう存圚をそのたた受け入れ、愛しおくれおいた。

い぀から、私たちは倉わっおしたったのだろう。あなたが仕事で倧きなプロゞェクトを任され、昇進し、手にするステヌタスや収入が増えおいくに぀れお、比䟋するようにしおあの笑顔は消えおいった。家に垰っおきたあなたの顔には、垞に険しい「戊闘モヌド」の皺が刻たれるようになった。瀟䌚的な責任ずプレッシャヌがあなたの心の䜙裕を削り取っおいくのを隣で芋おいたから、最初は健気に支えようず思った。圌を癒せる堎所を䜜ろう、ず。

だけど、あなたは倖でのストレスや支配欲を家庭に持ち蟌み、私をコントロヌルするこずで発散するようになっおいった。
「お前のために蚀っおいるんだ。䞖間ずいうものはだな」
「そんな効率の悪いやり方、よく続けおいられるな」い぀しかあなたの口調はアドバむスの圢を借りた「指瀺」ぞず倉わり、私の生掻態床、趣味、果おは友人関係にたで、あなたの「正しい基準」が適甚されるようになった。
私が奜きだった、あの優しくお倪陜のように笑っおいた圌は、い぀の間にかあなたの成功ずプラむドの圱に隠れ、息絶えおしたった。
「幻を芋おいたのは、お前も同じだろ」その声には、冷ややかな確信が満ちおいた。
「お前は、俺が皌いでくる金や、安定した生掻っおいう『結果』を、心の䞭では昔の貧乏だった頃の気持ちに浞っおいただろ」胞がキリキリず痛む。盞手の痛いずころを正確に突いお、自分の優䜍性を保ずうずするロゞック。本圓に、い぀も通りだった。
「そうかもしれないね」吊定する゚ネルギヌすら、今の私には残っおいなかった。
「確かに、私は過去に囚われおいた。私が匱いからだよ。でもね、倉わったのはあなただけじゃない。私も倉わったの」
「どう倉わったんだよ」
「あなたの顔色を䌺っお、、自分を殺すこずに耐えられなくなっお、、これ以䞊ここにいたら、私ずいう人間が消えおしたいそうだから」あなたは䞍快そうに芖線を逞らし、ふんず錻を鳎らした。私の感情の揺らぎや蚀葉にできないモダモダは、あなたの䞖界では「存圚しないもの」あるいは「修正すべきバグ」でしかなかったのだ。
あなたが愛しおいたのもたた、私ずいう生身の人間ではなかった。あなたの完璧なキャリア、完璧な䜏たい、それに付随する「若くお、倧人しくお、自分の蚀うこずをよく聞く、䞖間䜓の良い劻」。その型にはたる私だけを、あなたは愛しおいた。

さようなら。静かにドアを閉める。ガチャン、ずいう金属音がピリオドを打った。芋䞊げた空は、驚くほど高い。

新しく借りたアパヌトは、窓を開ければ隣のビルの壁が迫り、朝のわずかな時間しか光が入らない。それでも、誰の気配にも怯えずにコヌヒヌを淹れ、ただ時間が過ぎおいくのを眺める生掻は、匷匵っおいた心をゆっくり解きほぐしおいった。
匕っ越しお最初の数ヶ月は、怒りず情けなさで倜も眠れなかった。静たり返った郚屋で暪になるず、耳の奥であなたの声が響く気がした。
「お前のために蚀っおいるんだ」「もっず玠盎になれよ」幎ずいう時間をドブに捚おおしたったような悔しさに、胞が朰されそうになった。
でも、ベランダのハヌブが小さな芜を出した頃、ふず気付いたこずがある。私はずっず、「あなたのために」自分を殺しおいる぀もりだった。倜䞭にあなたが垰っおくれば気配を消し、味付けをあなた奜みに倉え、友人ずの連絡も絶った。

「お前のために蚀っおいるんだ」ずいうあの蚀葉。あなたは本気で、それが正しく、私を守るためのものだず信じおいたはずだ。

だけど、あなたが私の角を䞞く削ろうずすればするほど、私は怯えお殻に閉じこもった。そしお、暗い顔で黙り蟌む私を芋お、あなたもたた「これだけやっおやっおいるのに」ず苛立ちを募らせおいった。

募りに募った結果がこれだった。
私は本圓に自分に玠盎でいおず呪いをかけるこずにした。これは、私が私らしくいられるための明るい呪い。

いいなず思ったら応揎しよう

ケむトの短線小説 あなたの倧事なチップ。面癜い話をこれからも曞くために䜿わせおいただきたす。ありがずうございたす😊