オフショア・ファンド取締役構成にまつわる典型的な誤解とそのガバナンス上の問題
ケイマン諸島などの会社型オフショア・ファンドを設立・運用する際、ガバナンスの要となるのが「独立取締役(Independent Director)」の構成です。
しかし実務の現場では、税務上のリスク管理や準拠法の要件、さらにはガバナンスの観点で「間違った認識」を持ったまま取締役を選任しているケースが散見されます。
今回は、投資運用会社(マネージャー)がオフショア・ファンドを立ち上げる際に押さえておくべき、独立取締役の構成に関する重要ポイントと3つの典型的な誤解について解説します。
1. 【税務リスク】PEリスクと取締役の居住地の問題
日本のマネージャーが会社型ファンド(外国法人)を組成する際、最初に厳密にケアしなければならないのが恒久的施設(Permanent Establishment: PE)の問題です。
そもそも「PEリスク」とは何か?
日本の法人税法上、外国法人は一般的な内国法人と同様の枠組みで扱われます。日本のJ-REIT(投資法人)などの国内籍の会社型ファンドであれば、配当可能利益の90%超を分配すること等で法人段階の課税を回避できる「支払配当の損金算入制度(投資法人税制)」といった特例規定が存在します。
しかし、海外の会社型ファンドにはこうした日本の特例規定が適用されません。
そのため、もしファンドが日本国内に恒久的施設(PE)を有していると判定されると、そのファンド自体が日本で通常の法人税の課税対象となってしまいます。結果として、ファンド本来の役割である「パススルー・ビークル(二重課税を回避する仕組み)」としての機能が失われ、ファンド段階と投資家段階で税金が二重に課され、投資家に甚大な不利益を与えることになります。
取締役の構成がPEリスクを左右する理由
では、なぜ取締役の構成がPEリスクを考える上で重要となるのでしょうか?
日本の税法上、外国法人が日本において恒久的施設を有するか否かは、物理的な事業の固定場所(事業所PE)や、実質的な活動を行う人(代理人PE/人的PE)を基準に判断されます。
オフショア・ファンドは、その運用業務を投資運用会社(マネージャー)に、管理業務をアドミニストレーターに外注するため、ファンド自体が物理的な事業所(事業所PE)を日本に置いて事業活動を行うことはまずありません。
そこで特に問題となるのが、ファンドの経営主体とも言える取締役の所在地です。これが「代理人PE(人的PE)」であり、ファンドとしての経営判断を行う人の所在地が問われることになります。
つまり、オフショア・ファンドの取締役の過半数が日本に居住している場合、ファンドが経営判断を行う代理人を日本に置いていると見なされ、ファンドが日本に恒久的施設を有していると判定されてしまうのです。
「出張先でのサイン」でPEリスクは回避できない
ここで実務上、よく見受けられる誤解があります。
よくある誤解(その1) 「取締役が日本に居住していても、取締役会の開催や契約締結などの行為を海外(出張先など)で行えば、PEリスクは回避できる」
この点について、2018年の法人税法改正(BEPS防止措置条約(正式名称:税源浸食及び利益移転を防止するための租税条約関連措置を施策するための多国間条約)への対応)により、代理人PEの判定基準に「契約の締結に至る主要な役割を反復して果たす者(実質的締結権限)」という文言が追加されました。
これにより、代理人PEの判定には実質基準が適用されることが明文化され、最終的な調印や手続上の行為を海外(出張先など)で行っていたとしても、以下のような「実態」があれば、日本に「代理人PE」があると判定されてしまいます。
重要条件の交渉と決定:価格・数量・取引条件などの主要な内容にかかる交渉や実質的な合意が日本においてなされている。
形式的な承認:海外での契約締結(サイン)が、日本側で取りまとめた内容を無修正で承認するだけの「単なる手続き」に過ぎない。
日本の税務当局は実質主義をとるため、経営の実態が日本国内にあること自体が代理人PE認定のトリガーとなり、「海外でサインしたから大丈夫」という形式主義は基本的には通用しません。
なぜ取締役の「独立性」が重要なのか?
ここまでお話しすると、なぜ取締役の「独立性」が重要になるのかも見えてくるのではないでしょうか。
もし日本の投資運用会社(マネージャー)の意向にそのまま従うだけの取締役を置いている場合、海外の取締役が実質的な検討を行わず指示通りに書類へ承認を与えているだけで、実質的な意思決定や管理はすべて日本で行われているとみなされるリスクがあるからです。特にその取締役が「独立取締役」でない場合は、マネージャーの影響下にあると見なされる可能性が高く、税務リスクが著しく高まります。
これは日本国内の税制にとどまらない国際的な原則でもあります。
例えば、英国・香港・シンガポールなどのコモン・ロー(英米法)諸国では、法人の居住地を判定する基準として「Central Management and Control(CMC:実質的管理支配地)」という概念が用いられます。これは、会社がどこで設立されたか(形式)にかかわらず、最高意思決定権を持つ機関(主に取締役会)が「実質的にどこで意思決定を行っているか」によってその法人の税務上の居住地を判定する基準です。
もし日本のマネージャーが実質的な決定権を日本から行使し、海外の取締役がそれに従うだけの実態になっていると、国際的な税務基準(CMC)に照らしても「ファンドの実質的な居住地は日本(あるいはマネージャーの所在国)」とみなされてしまいます。
2. 【規制の誤解】ケイマン居住の取締役は「必須」ではない
代理人PEリスクを回避し、ファンドのパススルー機能を守るためには、ファンドを課税対象としない国・法域(ケイマン諸島、シンガポール、香港など)に居住し、かつマネージャーから完全に独立したプロフェッショナルな取締役を過半数選任することが不可欠です。そして、その取締役会が実質的な審議と意思決定を行うガバナンスの実態を作らなければなりません。
ここで、ケイマン諸島籍オフショア・ファンドの組成で次によく耳にするのが、居住地要件(Residency Requirement)に関する誤解です。
よくある誤解(その2) 「ケイマン籍ファンドなのだから、ケイマン諸島居住の取締役を選任しなければならない」
実は、ケイマン諸島の法律上、取締役に対する居住地要件(Residency Requirement)はありません。
ケイマン諸島金融管理局(CIMA)に適切に登録・認可されている取締役(Director)であれば、世界中のどこに居住していても問題ありません。また、Secretary(会社書記役)などの他の機関についても、必ずしもケイマン諸島現地に置く必要はありません。
例外として、AMLRO(マネーロンダリング防止報告責任者)などの特定のコンプライアンス上の役割については、ケイマン現地の業者を雇う必要がありますが、取締役の居住地とは別問題です。
関連して、実務で非常によく混同されているのが「経済的実質(Economic Substance: ES)法」に関する誤解です。「ケイマン諸島に実体(Substance)を作らなければならないから現地取締役が必要だ」という説明も聞くことがありますが、そもそも、ファンドは「パススルー・ビークル」であり、自ら実体的な事業活動を行う法人ではないため、ES法上の対象から明確に除外されています。ES法の対象となるのは、あくまで運用サービスを提供する「運用会社」や「GP法人」であり、ファンドそのものではありません。
もちろん、運用会社やGP法人の課税所在地や実体をどこに置くかという論点は別途存在しますが、これはファンド本体のガバナンスとは別の問題です(※この論点については非常に長くなるため、また別の記事で詳しく解説する予定です)。
つまり、「ケイマン諸島に住んでいるから」という理由だけで取締役を選ぶ必要はなく、前述のPEリスクを回避できる居住地や専門性を基準に、柔軟に選定することが可能です。
3. 【ガバナンスの誤解】同じ派遣会社から過半数の取締役を選任する危険性
最後にお話ししておきたいポイントは、取締役の独立性を阻害する「構成」の問題です。
プロの取締役を提供するガバナンス・ファーム(独立取締役派遣会社)は多数存在しますが、「手続きが楽だから」「費用が安くなるから」といった理由で、1つの会社から過半数(3名中2名など)の取締役を選任しているケースが見受けられます。
よくある誤解(その3) 「取締役は個人として責任を負う主体なのだから、同じガバナンス・ファームから2名選んでも問題ない」
法的には取締役は個人として善管注意義務を負いますが、実質的に同じ会社に所属する人物が過半数の議決権を握ってしまうと、利益相反(コンフリクト)が生じた際に十分な相互牽制が機能しなくなる恐れがあります。
また、特定のガバナンス会社に過半数を握らせてしまうと、「その派遣会社のコントロール下にある」のと変わらない状態になります。
ファンドの取締役は、運用のパフォーマンスやコンプライアンスに問題があれば「マネージャー(運用会社)を解任する」という強力な権限を有しています。実際に米国などでは、ファンドの取締役会によってマネージャーが解任されるケースは決して珍しくありません。
そのような強力な権限を一つの派遣会社に握らせているという認識を持った上で取締役を選任しているのであれば問題ありませんが、そこまでリスクを考慮せずに選任しているケースがほとんどではないでしょうか。
まとめ:ファンドの利益を最大限に高めるために
ガバナンスを真に機能させ、かつ税務当局に対しても真の意思決定機関としての実態があることを主張するためには、特定の1社に偏らせず、異なるバックグラウンドや所属を持つ独立取締役で互いを牽制し合える構成を設計するのが理想的です。
会社型オフショア・ファンドの独立取締役は、単なる「形を整えるための名義人」ではありません。
税務面:実質的締結権限による「代理人PE」認定を防ぐため、実質的な議論と決議を行える独立した海外居住の取締役を過半数にする。
規制面:ケイマン居住者に限定せず、CIMA登録された最適な人材を柔軟に選ぶ。
ガバナンス面:1つの派遣会社に偏らせず、独立した相互牽制が働く多様な構成にする。
取締役の選定にあたっては、能力、経歴、専門性の偏りをなくし、投資家およびファンド全体の利益に最大限に資するプロフェッショナルな体制を構築することが、結果として運用会社自身の長期的な信用へとつながります。
【ご留意事項】 本記事の執筆者は税理士ではなく、実務上の知見に基づいて執筆しています。本記事の内容は法的・税務的な個別助言を提供するものではありません。個別の税務上の論点については、専門の国際税務顧問・税理士へ必ずご確認ください。
Keigant Advisorsの提供するサービス
私たち Keigant Advisors は、日本のファンド・マネージャーを支援する、数少ないファンド・ガバナンスのプロフェッショナルとしてオフショア・ファンドに対する「独立取締役」の派遣を行っています。
私たちKeigant Advisorsの役割は、単に形式的に取締役を引き受けることではありません。ファンド設立の計画段階から深く関わり、事業計画の前提の整理や、投資戦略を踏まえた業務プロセスの構築について、多くのファンド・マネージャーの皆様と日々議論を重ねていますので、ぜひ一度お話しする機会をいただけますと幸いです。ファンド設立の構想段階からお手伝いいたします。
執筆者プロフィール
土田 真理子 | Keigant Advisors | 創業者・パートナー
https://www.linkedin.com/in/mariko-tsuchida-89ba3075/
ゴールドマン・サックスにおいてマルチストラテジー・ヘッジファンド部門のアジア太平洋地域(APAC)COOなど、複数のオルタナティブ投資会社およびウェルスマネジメント企業にてCOOを務め、ファンドの立ち上げから、法務・コンプライアンス、オペレーション、財務、人事まで組織運営全般の実務に精通したオペレーションの専門家。上智大学外国語学部卒、英語・日本語に堪能。
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