見出し画像

「じゃ、死ぬの待つってこと?」家族の看取りで、見ていた景色が違ってた

オットは、わたしにあまり物申さない。
怖いのか、面倒なのか。

──両方か。

そんなオットと、結婚生活25年の間に、数回だけ、言い争いになったことがある。

そのうちの一つが、義母の最期だった。

もう何年も前。
車で2時間半かかるところへ、病状の説明を聞くため、オットとふたり、向かった。

義母は、肝硬変が進んでいた。

ご飯もあまり食べられない。
点滴を入れても、浮腫んでしまう。

治療は、もうない。

わたしは言った。
「家の近くに連れてこよう」

もう病院にいても、することはない。看護師のわたしには、現実のこととしてよくわかった。

するとオットが言った。
「じゃ、死ぬの待つってこと?」

その言葉が、わたしのこころにグッサリ刺さった。

ここで少し自己紹介

訪問看護師/エンディングノート認定講師/医療ライターの、言ノ葉結(このはけい)です。

いろんなことを書いてるけれど、伝えたいことは、いつもひとつ。

「自分の人生、生き切ろうぜ」ってこと。


点滴を入れたら、苦しくなる。治療することがないのに、入院は続けられない。

わたしには、そういう景色が見えていた。

オットには、母が死んでしまう、そんな強烈な景色が見えていたんだと思う。

あの日、これ以上話したら、感情が溢れてしまいそうだった。

だから、何も言わずに病院を後にした。

結局、義母は我が家の近くで、わたしが信頼している施設で最期までみてもらうことになった。

少しでも、息子の近くに。
わたしの自己満足かもしれないけれど、それだけは、譲れなかった。


しばらくして。
義母は、日曜日の日中に亡くなった。

サッカーをしていた、わたしの息子の大会が終わった、その次の日だった。

だから、家族みんなで、義母のエンゼルケアができた。

身体を拭いて。
着替えて。
顔を整えて。

みんなで義母を囲んだ。

誰かの命が終わるところに、家族みんなで立ち会えた。

子どもたちにも、人が生きて、死んでいくことを、その目で見てもらえた。

わたしは今でも、あの時間は義母がわたしたちにくれた、プレゼントだったと思っている。


そして、義母が亡くなったとき、施設の看護師さんが言った。

「お母さん、息子さんに近くに呼んでもらったって、嬉しそうに話してましたよ」

その言葉を聞いて、わたしは初めて涙が出た。

ほっとした。

隣を見ると、オットの顔が、とても穏やかだった。

病院で話を聞いたあの日。

もしかして、わたしとオットは、義母を挟んで北と南にいたのかもしれない。

わたしは、「苦しくならないように」

オットには、「母を死なせたくない」

同じ人を想っているのに、立っている場所が違った。だから、言葉もすれ違った。

わたしはあの日、ぽつんとなっていた。
きっと、オットも。

でも最期の時間、北と南にいたわたしたちが、息子2人も交えて、義母を真ん中に、輪になれた。

家族の最期って、正解をひとつに決めることじゃないのかもしれない。

その人のために何をするか。
その人と、どんな時間を過ごしたいか。
家族それぞれに、思うことがある。

だから、もし今、大切な人のことで家族と意見がぶつかっているなら。

「どっちが正しい?」だけじゃなく、「この人は、何を大切にしているんだろう」

そう考えてみると、少しだけ見える景色が変わるかもしれない。

そして、自分にも聞いてみる。

「わたしは、何を大切にしたいんだろう」それがわかるだけでも、ぽつんとした場所から、ほんの少し動けることがある。


義母を近くに呼んだのは、わたしだけど、それは天国にいるお義母さんには言わないでおこうと思う。

お義母さんが、息子に近くに呼んでもらったって、嬉しそうに話していた。

それでいい。

あの日のオットの、あの穏やかな顔を見て、わたしも、やっと、

ほっとしたから。


🌿このシリーズのマガジン🌿

↑クリック↑

このシリーズに登場する人物や出来事は、訪問看護師として出会った方々との時間をもとに、個人が特定されないように配慮しながら構成しております。

🌿またお会いできますように🌿

いいなと思ったら応援しよう!