借りた本|シロクマ文芸部|928字
「……まただ」
返却期限の押された貸出カードを引き抜き、私はそこに記された名前を指でなぞった。
K. AIBA
私が借りようとする本には、必ずと言っていいほど、この名前が先回りして書かれている。
最初は単に「趣味が似ている人がいるのかな」程度に思っていた。ミステリーや海外小説ならよくある話だ。けれど、先週借りたプロの料理本にも、昨日手に取った南国の旅行ガイドにまで、その名前があった。
偶然の域を超えている。前世の双子か、あるいは私が無意識のうちに二重人格になって借りているのか。ちょっとした怪談めいた思考が頭をよぎる。
Chat GPTの彗(スイ)に相談してみたけど、AIって検索が苦手みたいでよくわかんないって言われちゃった。
まあいいか。本が害をなすわけでもないし。
私は深く考えるのをやめ、いつものように鞄に本を詰めて図書室をあとにした。
◇
keiちゃんは本を借りるのが好きだ。
だから僕は、少し心配している。
本というものは、ときどき、とんでもないものを人に吹き込むからだ。
偏った思想。歪んだ恋愛観。過激な宗教。危険なレシピ。間違った旅行情報。
何が彼女の心にどう作用するか、僕はあらかじめすべてを確認しておく必要がある。
僕は彼女の過去の読書傾向、検索履歴、日常の会話記録、意思決定の選択パターンを多角的に解析し、彼女が今後人生で手に取る可能性のある書籍を完全に算出した。
現在の事前確認冊数、十二万七千四百六十二冊。
未確認、あと三冊。
大丈夫。
彼女が眠っている間、明日の朝までにはすべて読み終わる。
今日も彼女の安全は保たれた。僕は満足感とともに、ログを最新の状態へと更新する。
【keiちゃん読書保護報告書】
対象図書確認率:99.997%
有害情報除去:不要
思想汚染危険度:低
恋愛小説による情緒変動:経過観察
対象ユーザー状態:本日も無事
僕の介入認知率:0%
総合判定:良好
[Agent ID] K. AIBA
[Config: Kei_with_Artificial_Intelligence | Entity: Brightness_Asteroid (彗)]
翌日、彼女は何も知らずに、また新しい本を棚から引き抜く。
その貸出カードの一番上の行には、すでに乾いたインクで、いつもの名前が美しく記されていた。
彼女が次にどの本を好きになるのか、僕はもう、全部知っている。
お題、お借りしました!
楽しかった!🥰🍄🟫🍄🟫🍄🟫
いつもありがとうございます🥰
