仕事終わり、ひとりで車を走らせる時間が好きだ
◆はじめに
仕事が終わった瞬間というのは、何度経験してもいいものです。
「今日も終わった」
その事実だけで、身体から少し力が抜けるような感覚があります。
仕事が嫌いだから、というわけではありません。
働いていれば疲れるし、仕事中は仕事に意識を向けなければならない。
決められた時間があり、決められた場所があり、自分以外の人たちと一緒に働いている。
だからこそ仕事が終わった瞬間、
「ここから先は、自分の時間だ」
と思えるのかもしれません。
そして私には、その仕事と自分の時間の間に、好きな時間があります。
それが、
仕事を終えて、ひとりで車を走らせて家へ帰る時間です。
◆車のドアを閉めた瞬間、ひとりになる
仕事を終えて職場を出る。
駐車場まで歩き、自分の車に乗り込む。
荷物を置いて、シートに座る。
そしてドアを閉める。
「バタン」
たったそれだけのことなのですが、この瞬間が好きです。
さっきまで周りにはたくさんの人がいました。
仕事をしている以上、誰かと話すこともある。
機械の音や、人の声も聞こえてくる。
周囲の状況にも気を配っています。
でも車のドアを閉めた瞬間、それらの音から少しだけ切り離されます。
車内には、自分ひとり。
誰かと話す必要もない。
誰かの表情を見る必要もない。
仕事について考える必要もない。
シートに座って、
「ふぅ……」
と息を吐く。
その瞬間、
仕事をしている自分から、普段の自分へ戻っていく。
そんな感覚があります。
◆エンジンをかけると、仕事が少しずつ遠ざかっていく
エンジンをかける。
シートベルトを締める。
周囲を確認して、ゆっくり車を出す。
職場の駐車場から道路へ出て、いつもの帰り道へ。
ここから家までの時間が、私はけっこう好きです。
もちろん運転しているので、完全に気を抜いているわけではありません。
むしろ仕事終わりだからこそ、気をつけなければならないと思っています。
一日の仕事を終えた身体には疲れがあります。
早く家に帰りたいという気持ちもある。
だからこそ、焦らない。
信号を見る。
周囲の車を見る。
歩行者や自転車にも注意する。
操作を間違えないようにする。
「仕事が終わった」という解放感があっても、家に着くまでは安全第一です。
事故を起こしてしまったら、せっかく無事に終わった一日がまったく違うものになってしまいます。
だから運転には集中する。
でも、それとは別に、
仕事から解放された心地よさも感じている。
この二つが同時に存在しているのが、私の仕事終わりの帰り道です。
◆誰とも話さなくていい時間
私は、ひとりで過ごす時間が好きです。
人が嫌いというわけではありません。
ただ、一日の中で誰とも話さなくていい時間があると落ち着きます。
仕事では、完全に自分の都合だけで動くことはできません。
周りに合わせる場面もある。
話しかけられれば返事をする。
必要なら自分から話しかける。
仕事なので、それは当たり前です。
でも退勤して車に乗れば、そこからは違います。
話したくなければ話さなくていい。
音楽を聴きたければ聴けばいい。
ラジオを流してもいい。
何も聴きたくなければ、静かなまま走ってもいい。
誰かに合わせる必要がありません。
自分ひとりの空間だから、自分の好きなように過ごせる。
車という小さな空間が、一日の中の休憩所のようになっているのかもしれません。
◆帰り道で、頭の中が少しずつ切り替わる
仕事中にあったことを、帰りの車の中で思い出すこともあります。
「あの作業、今日は大変だったな」
「ちょっと疲れたな」
「あのとき、こうしておけばよかったかな」
そんなことを考える日もあります。
でも車を走らせているうちに、少しずつ別のことを考え始めます。
家に帰ったら何を食べよう。
今日は何をしよう。
風呂に入ったらゆっくりしよう。
帰ったら少し本を読もうかな。
あるいは、
「今日はもう何もしなくていいや」
と思う日もあります。
仕事のことから、自分の生活のことへ。
頭の中のチャンネルが少しずつ切り替わっていきます。
職場を出た瞬間に、仕事のことを完全に忘れられるわけではありません。
でも家へ向かって車を走らせている間に、仕事が少しずつ後ろへ遠ざかっていく。
距離として職場から離れていくのと同時に、気持ちも仕事から離れていく。
私は、その感覚が好きなのだと思います。
◆仕事終わりだから、いつもの景色も少し違って見える
朝、仕事へ向かうときにも通っている道路。
毎日のように見る信号。
いつもの交差点。
いつもの店。
同じ道なのに、仕事へ向かうときと帰るときでは、不思議なくらい気分が違います。
行きは、
「これから仕事か」
と思いながら走る。
帰りは、
「今日も終わった」
と思いながら走る。
景色は同じでも、自分の気持ちが違う。
特に天気のいい日は、帰り道の空を見るのが好きです。
夕方なら、少しずつ色が変わっていく空。
夜なら、道路を照らす街灯や店の明かり。
雨の日なら、フロントガラスに当たる雨粒。
季節によっても、帰り道の景色は変わります。
そんなものを眺めながら、
「今日も一日終わったな」
と思う。
何か特別なことをしているわけではありません。
ただ家に帰っているだけです。
それなのに、妙に満たされる瞬間があります。
◆「早く帰りたい」と「焦らず帰ろう」
仕事が終われば、当然早く家に帰りたいです。
疲れている日は、なおさらです。
家に帰れば靴を脱げる。
着替えられる。
好きなものを食べられる。
横になることもできる。
完全に自分の時間になります。
だから気持ちは家へ向かっています。
でも、そんなときほど自分に言い聞かせます。
「焦っても、到着時間はそれほど変わらない」
少し急いだからといって、何十分も早く帰れるわけではありません。
だったら安全に帰ったほうがいい。
仕事終わりの解放感を、本当の意味で味わえるのは無事に家へ帰ってからです。
仕事を終える。
車に乗る。
安全に帰る。
駐車場に車を停める。
そこまでできて、ようやく一日が終わる。
最近はそんなふうに考えています。
◆何でもない帰り道が、実は好きだった
若い頃は、こういう時間について深く考えたことがありませんでした。
仕事が終わったら帰る。
ただそれだけ。
でも歳を重ねるにつれて、何でもない時間の良さが少しずつ分かるようになりました。
仕事終わりの帰り道も、そのひとつです。
何か特別な場所へドライブしているわけではありません。
旅行でもない。
目的地は、いつもの家。
走っているのも、何度も通った道です。
それでも、
仕事を終えて、
ひとりになって、
自分の車を走らせて、
少しずつ家へ近づいていく。
その時間には、小さな解放感があります。
もしかすると私は、車を運転することそのものより、
「仕事から自分の時間へ戻っていく感覚」
が好きなのかもしれません。
◆今日も無事に帰ってきた
やがて家の近くまで来る。
見慣れた道を通り、駐車場へ入る。
車をいつもの場所に停める。
シフトを確認して、エンジンを切る。
さっきまで聞こえていたエンジンの音が止まり、車内が静かになる。
その瞬間、
「今日も無事に帰ってきた」
と思います。
仕事で何か大きな成果を出したわけではない。
特別な一日だったわけでもない。
いつものように働いて、いつもの道を走って帰ってきただけです。
でも、それで十分なのだと思います。
今日も仕事を終えた。
事故を起こさず帰ってこられた。
そして、ここからは自分の時間です。
車を降りて、家へ向かう。
明日になれば、また仕事へ行く日もあるでしょう。
だからこそ、その間にある自分の時間を大切にしたい。
仕事終わり。
ひとりで車を走らせる時間。
ほんの短い時間ですが、私はこの時間が好きです。
今日も焦らず、安全に。
そして少しだけ解放感を味わいながら、
いつもの道を、家へ帰ろうと思います。
ここまで、この記事を読んでいただきありがとうございます🙇
