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世界で一番小さな海 (短編小説)

水は怖い。

丸くて、色がなくて、表面がつやつやしていて、向こう側が透けて大きく見える。胸がきゅんとなる景色。

でも、水は怖い。

お母さんが言っていた。水はきれいだけど、絶対に近づいたらいけないよ。時間が助けてくれたらいいけど、運が悪いと二度と抜け出せないから。

僕は体がだるかった。冬は寒くて体が動かないし、やっと春になって少しずつ体が戻ってきたけれど、それでもめまいがするし、力が入らない。

春の風は台風のような突風になることがある。昨夜、窓ガラスがガタガタと揺れ、柱がギシギシ音を立て、潰れてしまうんじゃないかと、体が勝手に震えた。

まだ眠っていようか。だめだめ。お母さんが言っていた。そのまま寝ていたら、体が干からびるって。本当かな。でも、お母さんが言ったことだから、絶対に間違いない。

朝になると、今度はざあっと空気を叩く音が響いた。それは、昼になっても夕方になっても夜になっても続いた。屋根からぼたぼたと大粒の水が落ちてきて、さすがに外に出ることなんかできない。僕は隅っこでじっと雨があがるのを待った。

次の日。眩しすぎるほどの太陽が、濡れた庭を乾かすかのように、熱を降り注ぐ。

よし、一番だ。家の外に出よう。

ぱっと目を覆いたくなるほどの広い景色が、まるで僕の体を包みこんで、ああ、生きてるなって、大げさかもしれないけど嬉しかった。

歩いてみた。体のだるさはある。けど、足はちゃんと動く。

雨上がりの庭は、木の枝や葉の水滴が光の粒となって輝き、幕が上がった明るい舞台のように、青い空、緑の葉、赤い花が鮮やかな色彩を奏でる。

よし、と心に呼びかけて、足にグッと力を入れた。

その時。ものすごい突風が僕に向かって吹いた。体がぐらっと傾いて、バランスが崩れ、背中から倒れた。

ぽちょん。

背中から倒れて、水の中に落ちた。

水はまるでベッドのようにふわふわしているのに、僕の体にべったりついて、どうしても抜け出すことができない。

お母さんが言っていた。体の向きを間違えたら、息ができなくなるって。

僕は必死で手を動かす。あらゆるものはまだ遠くの彼方にあって、何も掴むことができない。空に雲がかかり、気温が急に下がってきて、助けを求めても、まだみんな眠っている。心が萎んでいく。

時間が問題だ。太陽が隠れたら、どうなるんだろう。

お母さん。お母さん。お母さん……




「ママ、ちょっと来て!」
「ええ、今、ちょっと手が離せないの」
「あのね。さっきいたのにいなくなった」
「何が?」
「てんとう虫だよ。窓の外にいたんだ」

「きっと、お空に飛んでいったのよ」

真っ白い太陽が雲を消して、青い空をつくっていた。

おわり

【追記】
私の母が所有するログハウスに冬を乗り越えたてんとう虫がいっぱいいます。元気に飛び立った者いれば、水たまりで死んでいる者も少なからずいます。実は、ほのぼのした話ではないのです。

★今回の小説は「今日の注目記事」に選ばれました。

この作品は私にしてはめずらしく児童文学的な小説です。次の作品も同じく児童文学を意識してみました。ぜひ、読んでいただけたら嬉しいです!


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はやか-shirohira  (短編小説) 今後、原爆をテーマに小説を書きます。テーマ的に文学賞からの出版は厳しいと考えてます。出版費用にしたいです。応募よろしくお願いします。