人望は送別会に表れる。給食現場で見た「本当のリーダー」の最後の日
昨日、若いMGが職場を去りました。
小さな給食現場です。
それでも送別会には、早番も遅番も関係なく、全員のスタッフが集まります。
仕事が終わって疲れているのに、
「最後だから行こう。」
そんな空気が自然にできていました。
■ 小さな職場に広がった「集まるのが当たり前」という空気
私の職場は決して大きくありません。
早番・遅番が入り乱れ、全員が揃うことは滅多にありません。
それでも、彼の送別会には皆が参加する予定になっています。
「行きますよ」 「最後だから顔出します」 「少しだけでも参加しますね」
誰かが強制したわけではありません。 自然と、皆が“行くつもり”になっていました。
その空気を感じた瞬間、私は思いました。 ああ、この人は本当に職場を明るくしていたんだなと。
さらに驚いたのは、施設側の管理栄養士さんまで参加してくださることです。
普段は業務上のやり取りが中心で、送別会に来るような関係ではありません。
それでも彼女は迷いなくこう言いました。
「明るい方でしたよね。いなくなるのは寂しいです」
その言葉を聞いた時、私は胸の奥がじんわりと温かくなりました。

■ 人徳は、毎日の小さな積み重ねから生まれます
人徳という言葉は、少し古めかしい響きがあります。
しかし、今回の出来事を見ていると、 「人徳とはこういうことなのだ」 と自然に理解できます。
彼は特別なことをしたわけではありません。
派手な成果を出したわけでもありません。
ただ、毎日の挨拶を欠かさず、誰かが困っていれば声をかけ、 忙しい時ほど笑顔で場を和ませていました。
その“ささやかな積み重ね”が、送別会という形で返ってきているのだと思います。
人は、去る瞬間にその人の本当の価値が見えるものです。
送別会はまだこれからですが、すでにその片鱗は見えています。
■ 前任MGの「送別会ゼロ」が示したもの
対照的なのは、前任のMGです。
皆から嫌われ、送別会も開かれませんでした。
誰も「最後だから」と言わず、誰も「顔出すよ」と言いませんでした。
そして昨日、ある職員が冗談めかして言いました。
「特別ゲストで前任MG呼びます?」
その瞬間、全員が揃って 「やめてー」 と叫びました。
あの一体感は、ある意味すごいものがありました。
人徳がある人は、去る時に人が集まります。
人徳がない人は、去る時に人が離れます。
その差は残酷なほど明確です。
■ 明るいMGが残したものは「職場の文化」です
送別会はまだこれからですが、彼が残したものはすでに見えています。
それは“明るく働くことが当たり前になる文化”です。
人は鏡です。
上に立つ人の表情が、そのまま職場の空気になります。
彼が作ったのは、単なる“明るい雰囲気”ではなく、 “明るく働くことが自然になる職場文化”でした。
その文化は、彼が去っても残ります。
送別会の前日、皆が自然と集まる準備をしていたことが、その証拠です。
■ 送別会は「人徳の通信簿」です
そして、その通信簿は明日、いよいよ開かれます。
誰が来て、どんな表情で、どんな言葉をかけるのか。
それは彼がこの職場で積み重ねてきた日々の答え合わせになるはずです。
私はその場に立ち会えることを、少し誇らしく感じています。
■ 終わりに
この記事は送別会の“前日談”です。
本番の送別会がどんな空気になるのか、どんな言葉が交わされるのか。
その続きは、また後日書こうと思います。

