見出し画像

なぜアトス山では祈りが千年続いているのか— ヘシュカズムという沈黙の実践

第2部「失われたもの、受け継がれたもの」#4
シリーズ:東方正教会から見る霊性の世界観

1. なぜ千年も祈り続けるのか

現代社会では、「何かの役に立つこと」が求められます。勉強も仕事も趣味も、成果や効率が問われます。

では、一日中祈り続ける人生に、どんな意味があるでしょうか。

ギリシャ北部のアトス山には、1000年以上にわたって祈り続けてきた修道士たちがいます。そこでは今も、毎日典礼が行われ、沈黙の中で祈りが捧げられています。しかも彼らは、「何かを生産するため」に祈っている訳ではありません。

なぜそんな営みが千年も続いているのでしょうか。

そこには、現代人とはまったく異なる人間観がありました。

2. アトス山は「正教世界の聖地」だった

アトス山は、ギリシャ北部エーゲ海に突き出したハルキディキ半島にあります。

アトス山の位置。Wikimedia Commons掲載「Athos in Greece」をもとに筆者改変(地名追記)。CC BY-SA 3.0

9〜10世紀頃から各国の正教徒修道士たちが集まり始め、現在では、ギリシャ・セルビア・ロシア・ブルガリアなど各国の正教会修道院が20か所共存し修道共同体が形成されています。アトス山はギリシャ国内にありながら、正教会世界全体の聖地、国際的な修道の場として位置づけられてきました。
歴代のビザンツ皇帝たちもまたこの地を保護し、多くの修道士が祈りと修行に人生を捧げました。

そして、1453年にコンスタンティノープルが陥落した後も、アトス山は生き残ります。

帝国は消えました。
しかし祈りは消えませんでした。

前回の記事で見たように、正教の霊性は国家の制度だけに支えられていたものではありません。

その象徴がアトス山だったのです。

3. ヘシュカズムとは何か

アトス山で大切にされてきた修行の一つに、「ヘシュカズム」と呼ばれる祈りの伝統があります。

ギリシア語の「ヘシュキア(静寂・沈黙)」に由来する言葉です。

修道士たちは繰り返しこう祈ります。

主イエス・キリスト、神の子よ、
私を憐れんでください。

これは「イエスの祈り」と呼ばれています。

何千回、何万回と唱え続けることもあります。
現代人から見ると、不思議な行為に映るかもしれません。
しかし彼らの目的は、知識を増やすことではありませんでした。

神について考えるよりも、神と共にいる。
理解するよりも、参与する。

それがヘシュカズムの目指したものだったのです。

アトス山・パントクラトール修道院にて、2023年4月27日。ウクライナ正教会(OCU)司教アントニー・フィルレイ(Anthony Firlei)がアトス山の修道士たちと共に奉神礼を執り行う。 撮影:Barow/出典:Wikimedia Commons/CC0 パブリックドメイン

4. 神は「理解する対象」ではなかった

西欧では中世後期以降、神学は次第に学問として発展していきます。

神とは何か。
なぜ世界は存在するのか。
信仰と理性は両立するのか。

こうした問いが論理的に探究されました。

もちろん東方正教会にも神学はあります。
しかしアトス山の修道士たちは、別の方向を見ていました。

神は、完全に理解できる対象ではない。
だからこそ沈黙し、祈り、出会おうとする。

彼らはそう考えていたのです。

ここには後の西欧近代とは異なる世界観の萌芽を見ることができます。

5. なぜ今も人々はアトス山を訪れるのか

興味深いことに、アトス山は現代になっても世界中から巡礼者を引き寄せています。彼らは最新技術を学びに行く訳でも、成功法則を学びに行く訳でもありません。

むしろそこにあるのは、
沈黙、祈り、ゆっくり流れる時間です。

私たちは日々、多くの情報に囲まれて生きています。
しかし情報が増えるほど、人生の意味が見えるようになるとは限りません。知識は増えても、心が満たされるとは限らないのです。

だからこそ、1000年前と変わらない祈りの場所に惹かれる人々がいるのかもしれません。

6. アトス山が守り続けてきたもの

アトス山が千年にわたって守り続けてきたのは、単なる修道院ではありません。
それは、「人間は合理性だけでは生きられない」という感覚でした。

世界を説明することと、世界を生きることは同じではありません。
神を語ることと、神に向かうことも同じではありません。

ヘシュカズムの祈りは、そのことを静かに語り続けています。

エーゲ海を見下ろす半島で、今日も静かな祈りが続けられています。
世界の出来事から見れば、それは取るに足らない小さな営みかもしれません。

しかし、その小さな祈りは1000年もの間、一度も途切れることなく続いてきました。

その長い祈りの歴史は、人間が何を求め、何を大切にしてきたのかを、今も静かに語り続けているのです。


冒頭図版出典:府主教アントニーが聖山アトスの聖パンテレイモン修道院の修道士たちを祝福する(1920年) 出典:Wikimedia Commons / Google Arts & Culture 所蔵:ロシア歴史財団、聖三位一体神学校アーカイブ、ジョーダンヴィル、米国/パブリックドメイン


▼シリーズ:東方正教会から見る霊性の世界観
第2部「失われたもの、受け継がれたもの」
#1:キリスト教はどこで分かれたのか — 東西教会の分裂とその背景
#2:イコン破壊論争と「中心」をめぐる文明の転換
#3:帝国は滅びても、霊性は残った— 1453年、その後に受け継がれたもの
#4:なぜアトス山では祈りが千年続いているのか— ヘシュカズムという沈黙の実践(本記事)
※このシリーズは今後も続きます。


いいなと思ったら応援しよう!