読書感想文「軍都を歩く-基地と住民の地域生活史」清水 亮 (著)
生乾きだった歴史を語り、文字にすることができるほどに、乾いた歴史になったということだろう。
軍都であったこととは、軍都であることによって消費が行われ、見舞金や補償金を得て、産業が潤ったことが「負の歴史」とされ、そのことが平和社会のもとではタブーや忌避で口籠る負い目であり、活動家でもなければ、いちいち口にするようなことではなかったことの掘り起こしでもある。地域史、郷土史を見る際、空白史にしておくわけにもいかず、事実を事実として客観視できるくらいに、時間が経ったし相対化したということなのだろう。
軍とは、超公共事業である。軍用需要が起こり、軍人人口に比例した生活消費需要があり小工業が起きる。しかし、そうした一方で、産業創出を疎かにしてはいけなかった。地域の雇用をつくり、域外収支をプラスにする地域資本、事業体が作り出さねばならない。夜の宴会も、地域行事も軍人なしで回らないようではいけない。そうしたモノカルチャー経済は時代状況の変化に脆いからだ。その意味では、田舎に誘致されるのではなく、さまざまな産業が集積する都市の一面として「軍都」の顔も持つというのは一つのあり方では無いか、と思う。
「軍」や軍事力、兵器といった物騒さ、強制や暴力、不気味さといった「見慣れなさ」の感覚を大事にしておいた方がいい、ということでもある。そのために閉ざされた田舎に隔離すればいいというわけではなく、迷彩服や制服ではなく、必要であれば儀礼服に留めるなど非日常さの自覚を絶えず持ち続けるための工夫も必要だろう。
平熱で安全保障を語るための一冊だ。
