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「豊臣兄弟」に誘われvol.1

遅めの夏休みという事で、NHK大河ドラマ「豊臣兄弟」に誘われ、琵琶湖から鯖街道を旅しました。

清須城会議

日本一有名な会議かもしれません。
本能寺の変で織田信長が倒れた後、織田家の後継者と遺領の配分を決定するために開かれた会議です。

場所と出席者:尾張国の清須城(愛知県清須市)で開催。柴田勝家、羽柴(豊臣)秀吉、丹羽長秀、池田恒興の宿老4名が中心となりました。

  • 後継者争い:勝家が信長の三男・信孝を推したのに対し、秀吉は亡き長男・信忠の嫡男である三法師(後の織田秀信)を擁立しました。

  • 結果:秀吉の主張が通り、わずか3歳の三法師が家督を継ぐことに決定。これにより秀吉が主導権を握り、天下人への道を歩み出す大きな転機となりました。

模擬天守だけに、きれいで最近の建物っぽい感じがしました。

兵どもが夢の跡「関ケ原古戦場」

ドラマのその後の出来事まで飛びます。
豊臣秀吉の死後の主導権を巡って行われた「関ヶ原の戦い」の舞台として非常に有名です。

・対決構図:徳川家康率いる「東軍」と、石田三成らを中心とする「西軍」 が激突しました。

・規模:全国の諸大名が二分され、計15万以上の兵力が集結した「天下分け目の戦い」と呼ばれます。

  • 結果:小早川秀秋の寝返りなどが決定打となり、わずか半日ほどで東軍が勝利。これにより家康の覇権が確定し、江戸幕府開設へとつながりました。

  • 現在:古戦場跡には各武将の陣跡や記念館があり、歴史ファンに人気の観光スポットとなっています。

関ケ原インターから近くアクセスは良かったです

国宝「彦根城」

彦根城(滋賀県彦根市)は、江戸時代初期に完成し、当時の天守が現在まで残っている貴重な城郭です。姫路城に次ぐ世界遺産登録を目指してます。
とにかく敷地面積が広く歩くのが大変でした。
天守へ続く階段もお城らしく勾配が急でほぼハシゴ状態で、とにかく体が堪えます。
彦根に着いてすぐに腹ごしらえでスタミナをつけといてよかったです。

名物近江ちゃんぽん

国宝の天守:全国に12しかない「現存天守」の一つで、その中でも特に保 
存状態が良く、国宝に指定されています。

・歴史:関ヶ原の戦いの後、徳川四天王の一人である井伊直政の嫡男・直継らによって築城されました。井伊氏35万石の拠点として幕末まで続きました。

・見どころ:天守の優美な屋根の曲線や、重要文化財の「天秤櫓(てんびんやぐら)」、大名庭園の「玄宮園(げんきゅうえん)」など、見どころが豊富です。

  • ひこにゃん:彦根藩の招き猫伝説をモチーフにした人気キャラクター「ひこにゃん」でも有名です。

浅井三姉妹の悲劇「小谷城跡」

浅井三姉妹(あざいさんしまい)は、戦国大名の浅井長政と、織田信長の妹・市(いち)の間に生まれた三人の娘たちのことです。戦国時代の荒波に翻弄されたドラマチックな生涯で知られています。

・長女・茶々(淀殿):豊臣秀吉の側室となり、秀頼を生みました。豊臣家の象徴的な存在となりましたが、大坂の陣で徳川軍に敗れ、自害しました。
・次女・初(常高院):京極高次の正室となりました。豊臣家と徳川家の対立が深まる中、両家の仲介役として和平交渉に尽力しました。
三女・江(崇源院):徳川幕府の二代将軍・徳川秀忠の正室となりました。三代将軍・家光の母であり、その後の皇室にも血筋を繋いでいます。

  • 数奇な運命:父・長政が伯父・信長に滅ぼされ、母・市も柴田勝家と共に自害するなど、幼くして両親を失いながらも、それぞれが時代の中心人物と深く関わり、歴史に名を残しました。

今回の琵琶湖周辺は湖東だけで途中佐和山城跡、長浜城、なども立ち寄りましたが猛暑でクタクタになりました。
賤ケ岳を経由して敦賀の宿へ向かいます。

次回 深掘り「マイホーム取得」期にケアする事についてお伝えします。


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