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文で書ききれない、表現したい本音

 エッセイとして文を載せているけど、「エッセイ」なのかどうか私には本当はよくわかっていない。

 でもまあ日常のことや心にある考えを書いているからエッセイで良いかと思ってタグつけて書いている。

 文を書く時には誰かのようにカッコ良い表現を楽しみたいけど、自分でしようとすると身もだえしてしまう恥ずかしさがあり、時々そうやって楽しんでみては「なんだこれ」と自分を50センチくらい離れた上から見てしまう。

 もっと表現を楽しみたい。カッコいい言葉とか流行りの表現とか使ってみたい。けど。できないのだ。ちょっとはやってみるけど、全部を書き直したいくらい、下書きに戻したいくらい、後悔してしまう。

 基本的に私は自分にもウソはつきたくない。いつの間にかついてしまうことはあるけど、つきたくない気持ちで書いている。

 そんなに私は美しくもなく、何かを避けるほど潔癖でもなく、こだわりがあるわけでもないのに技術もない。

 ただただカッコつけられない。

 50センチ斜め後ろの私が常に監視している。(実際にそういう意識がいつもあるわけではありません)

 だからなのか、時々「正直に書いている」といったような言葉をかけられることがある。指摘されるので知った自分の一面。


 正直……って。
 どんな……?

 と本当は意味がよくわからないのだけど、装わないことなのかな。と勝手に思っている。

 そうなのかもしれないと思うようになっているけどね。
 でもね。
 私にはこういう風にしか書けない。私にとっての文て、心からあふれる感情を表現する手段。心にとどめておくのがしんどいから書いている。

 そして正直と言われても、本音かと聞かれたら、だいぶ取りつくろっている。

 心の内は書いているけど、書いていない部分が山のようにあるし、皆さんもそういう部分があるかもしれない。よく知らない。でもやっぱりみんなもそんなに美しくないはずだ。
 だって生活があるし、美しいとしてもそれは外側の話。そしてむしろ外側ばかりじゃない部分か垣間見えると「面白いなあ」と魅力を感じる。

 で、私も正直とはまたちがった部分で本音があって、それを書きたいと思うことがある。

 今じゃSNSで本音がダダ漏れているから私たちは、たとえそれが誰かのものであっても自分に向けられているような気がして傷ついたり落ち込んだり、心が疲れたりするよね。

 だからそんな風に人を傷つけるような書き方じゃなくてね。
 心にうずまく黒すぎて泥のような重たい気持ちや、翼が大きく生えて飛んでいけそうなほどの不謹慎で楽しい気持ちがある。


 私はここで詩を書いて載せて読んでもらうことがある。

 それは直接的なことを書くのがはばかれる時や、文にできない思いが胸にパンパンにあふれた時。季節を感じると、よくそんな風になってしまう。

 これもまた人それぞれだと思うけど、書いた詩を読んでもらうのは恥ずかしくて、次の投稿まで「我慢」の感覚。

 もう早く次の投稿を上げてしまって、詩をずっと過去のものとしたい。ここで書く詩はちょっとカッコつけている私がいるもので。

 皆に読んでもらうから、ちゃんとしたものをと思ってしまうとつい構えてしまうのだ。

 文は、文自体を整えたいと考えたり工夫したりできるけど、詩は工夫も整えるも、ちゃんとも何もない。ただ表現を、そのものズバリから少し離れたものにしなくてはと思って、考えすぎての結果、カッコつけたものに思えてしまうのだ。
 その時は自分にとっての精一杯だから読んで下さってありがとうと思うけど、後から恥ずかしくなってちょっぴり頭を抱えてしまう気持ち。

 先日、noterさんが、詩を別アカウントで書いていると記事の中で打ち明けていらした。別のアカウントを公表している方もおられる。
 誰かの詩を読んでその心にある風景に入れるのは面白い。

 詩は勝手な解釈が許されるし、それだけ思い描く世界が自由だ。

 少なくとも私はそう書きたい。書けているかどうかは別として。エッセイの文はできるだけ正確に伝えたいと思っても、詩には主張があるわけでなく、読む人それぞれの思いでもっと自由に感じて良いはずだもの。

 そうして考えながら、私も感じるまま自由に本音を書きたいと思うようになった。ごくごく短くなろうとちょっとキツかろうと、優しすぎようと、もっと詩を書きたい!

 そう思ったらとめどなく思いが出てきて、こんなに私は心にしまっていたのかと思うくらいに、取り巻く風景、感じていること、どんどん出てきた。そりゃもっと本音はあるけど、そこはさすがに自分だけのものとして。

 たくさん書けてしまったので、詩の投稿頻度をあげますね。という……お知らせ? いや勝手にすればいいよね!


※私にとってあまりにもあんまりだったら、もしかすると有料にして閉じてしまうかもしれません。でもそれはその価値があるという意味ではなく、あまり多くの人の目に触れるのはどうかと、盾となるものをつくるために。なので、無理して読もうとしたり疎外感に陥ったりしなくて大丈夫なものです。今のところ有料の予定はありませんが。



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かわせみ かせみ 読んでいただいて、ありがとうございます! 心に残る記事をまた書きたいです。