AIが書ける時代に、それでも私は書きたい。
川口市出身の自称読書家 川口竜也です!
先日、たまたま会社で耳にしたこと。
映画や読書で感じたことを、わざわざ自力で「書く」のは面倒だけど、AIに投げればそれっぽい記事にしてくれるかもと。
noteにおいても、文章生成AIを活用して、記事を投稿・量産される方は多い。
今では、下調べから構成・執筆まですべてAIがやってくれる。投稿者がすることは、ファクトチェックだけで充分かもしれない。
もちろん、生成AIを活用した方が、圧倒的にタイパは良い。
AIを活用したとしても、自らの感想や所感をアウトプットしているわけだから、全く意味がないわけでもない。
私自身、仕事やnoteでも、ChatGPTやGeminiなどの文章生成AIを使うことは多々ある。
記事のネタに行き詰ったときや、情報収集をするときは、非常に重宝している。
それに、ツールをもっと活用すれば、読書会の活動報告の執筆時間も、もっと短縮できるかもしれない。
例えば、当日はCLOVA Noteで録音して、文字起こしを生成AIに要約してもらえば、記事を書く時間は大幅に短縮できるだろう。
しかし、生成された文章を、全文コピペはしたくない。
それはAIの文章がどうこうというわけではなく、文章はなるべく自力で書きたいという、私自身のモチベーションに関わるからだ。
私は「書くこと」が楽しいと思っている。
書くことが好きだから、Webライターとして働いているし、毎日飽きもせずnoteを投稿している。
もちろん、ライター(noter)さんの考えは様々だ。
とにかく記事を量産する人もいらっしゃれば、何かしらの成果を重視する人も少ない。
純粋に気になるのは、執筆の大半を文章生成AIに任せる人は、何をモチベーションに投稿しているだろうか。
以前の読書会でお会いした方だと、AIが意思を持ったかのように言葉を紡ぐ、そのプロセスが面白いと語っていた。
ChatGPTやGeminiなど、AIによって生成される文体は異なる。
「~~風に書いてください」と注文を付ければ、それっぽい文章でしたためてくれる。
ある程度パーソナライズが効けば、徐々に自分好みの文章で語りかけてくれる。
それこそ、私のnoteをAIに一通り読んでもらえば、「川口市出身の自称読書家」っぽい記事を書いてもらうことも、容易であろう。
でもそれは、私がいなくても、私の語り部が代わりに記事を書けてしまうということ。
もちろん、文章を書くのが得意ではないから、AIにお願いして、内容をブラッシュアップしてもらう方もいると思う。
だけど、そんな風に文章生成AIに全部依頼した記事が、自らの本心を描いているかと問われたら、私自身は納得できない。
私にとって「書く」とは、自分の頭の中の思考を1つにまとめる行為。
ばらばらで断片的な感想や所感を、取捨選択して、いかに一つの文章に落とし込む。
「結局、この文章の着地点はどこになるんだろう」と思いながら、書いていく。
その取捨選択もまた、私の判断基準に寄る。
もちろん、過去の記事を踏まえれば、私の考えの方向性は掴めるかもしれない。
だけど、今ここで記事を書く私は、過去の自分とはまた少しづつ異なる。
気分も、気持ちも、無意識のうちに考えていることは、今の私にしか書けない。
その私自身とも言える文章を、他者に、AIにゆだねたくない。
私ができるのは、あくまで“あなたが書くための力になること”。
決して、あなたの代わりに書き切ることではないんですよね。
心の奥底で、私という存在を、誰かに受け渡したくないと叫んでいる。
私の「書きたい」気持ちは、結構根っこが深いそうだ。それではまた次回!
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