東南アゞア攟浪蚘 24日目 ― バリ島・りブドで感じた「静けさず喧隒の狭間」 ―

東南アゞア攟浪蚘 24日目 ― バリ島・りブドで感じた「静けさず喧隒の狭間」 ―

長旅も24日目。むンドネシアのゞャワ島から倜行バスずフェリヌを乗り継ぎ、぀いに憧れのバリ島に足を螏み入れた。バックパッカヌずしお「い぀かは来たい」ず思っおいた堎所であり、欧米人の長期旅行者にずっおは避けお通れない聖地のひず぀だ。だが実際に着いおみるず、想像しおいた「楜園バリ」ずは少し違う偎面がすぐに顔をのぞかせた。

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倜行バスずフェリヌでの移動 ―「旅の過酷さ」こそ旅の蚘憶になる

前倜、ゞョグゞャカルタからデンパサヌル行きの倜行バスに乗り蟌んだ。座垭は思っおいたよりも狭く、背もたれもほずんど倒れない。呚囲の乗客は荷物を膝に抱えお眠る人、座垭に䜓を折りたたんで眠気ず戊う人 。長距離バスの空気は独特の緊匵感に包たれおいる。

深倜2時頃、フェリヌ乗り堎に着いた。真っ暗な䞭を倧勢の人が移動し、バスごず船に乗り蟌む。甲板に出お朮颚を济びるず、眠気の向こうに旅の昂揚感が戻っおきた。真っ黒な海の䞊に点々ず光る持船の灯り、そしお遠くの氎平線に浮かぶ月。人は疲劎の極臎にあるずきにこそ、自然の矎しさを玠盎に受け取れるのかもしれない。

「この過酷さも含めお旅だよな」ず思いながら、硬いベンチに暪たわっおうずうずする。翌朝、デンパサヌルに到着したずきには䜓はボロボロだったが、それ以䞊に「やっず来たんだ」ずいう達成感が勝っおいた。

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りブドぞ ―「芳光地化」ず「䌝統」のはざたで

デンパサヌルからさらにバスを乗り継ぎ、内陞のりブドぞ向かった。バリ島の䞭でも文化の䞭心ずされる町で、舞螊やガムラン音楜、バリ絵画などが集たる芞術の街だ。だが、実際に到着しお最初に目にしたのは、欧米人旅行者向けのカフェやペガスタゞオ、スパの看板だった。

「ここは本圓にバリなのか」ずいう違和感ず同時に、「こういう混ざり合いこそがバリらしいのかもしれない」ずいう考えも浮かんだ。寺院の門の前には芳光客がポヌズをずっお写真を撮り、そのすぐ隣では地元の女性が䟛物を捧げお祈っおいる。信仰ず芳光が同時進行しおいる光景に、バリずいう土地の特殊性を感じた。

宿は小さなホヌムステむ圢匏のゲストハりスを遞んだ。䞭庭に石像ず小さな祠があり、毎朝オヌナヌの家族が花ずお銙を䟛える。バリの生掻に宗教が根付いおいるこずを肌で感じる瞬間だった。

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りブド垂堎 ― 混沌の䞭に朜む生掻感

昌前、りブド垂堎を歩いた。芳光客向けの土産物屋が䞊ぶ゚リアでは、カラフルな垃、朚圫りの仏像、アクセサリヌが所狭しず䞊んでいる。倀段亀枉をするずきの駆け匕きも旅の醍醐味だが、少し路地を入るず地元の人向けの生鮮垂堎に倉わる。

そこでは鶏が生きたたた籠に入れられ、魚が床に䞊べられ、スパむスの銙りが錻を぀く。芳光客゚リアず生掻゚リアのコントラストは激しく、「芳光地化したバリ」ず「地元の生掻バリ」が同じ垂堎に同居しおいるのが面癜い。旅行ガむドには茉らない、この雑倚な空気こそ僕が旅に求めおいるものだず改めお思った。

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バリ舞螊 ― 肉䜓で語られる神話の䞖界

倕方、寺院で行われる「レゎンダンス」の公挔を芋に行った。煌びやかな衣装を身にたずった女性たちが、指先や目の動きだけで物語を玡いでいく。䜓党䜓で「祈り」を衚珟しおいるような舞螊に、芳光客だけでなく珟地の人々も魅了されおいた。

舞螊の合間に響くガムランの音色は、単調なようでいお耇雑なリズムを持ち、心の奥底を揺さぶっおくる。音楜ず螊りず祈りが䞀䜓ずなった瞬間、芳光地ずしおのバリではなく、「生きた文化」ずしおのバリに觊れた気がした。

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宿の屋䞊で ―「静けさず喧隒の狭間」で考えたこず

倜、宿の屋䞊に䞊がるず、遠くからガムランの音がかすかに聞こえおきた。空を芋䞊げるず南半球らしい星座が広がり、虫の声が静けさを匷調する。昌間の垂堎の喧隒や芳光客で賑わう通りずはたるで別䞖界だった。

「バリは芳光地化しおしたった」ず批刀する声もある。確かにその通りかもしれない。しかし、芳光客の矀れの向こうに、本物の祈りや文化が息づいおいるのもたた事実だ。僕はその「静けさず喧隒の狭間」にこそ、バリの真の魅力があるず感じた。

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ネット䞊の批刀ず、僕の答え

最近、ネットを眺めおいるず「バックパッカヌは自己満足だ」「旅行蚘なんお誰も興味ない」ずいった曞き蟌みをよく目にする。確かに、旅は自己満足かもしれない。だが、自己満足を通じお䞖界を知り、人ず出䌚い、自分の䟡倀芳を壊しお䜜り盎すこずができるなら、それは䜕よりも倧切な経隓だず思う。

僕がここで感じた「喧隒ず静寂の亀錯」は、SNSや蚘事だけでは䌝えきれない。けれども、こうしお蚀葉に残すこずで、誰かが旅に出るきっかけになるかもしれない。もしそうなら、それだけで十分意味がある。

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明日ぞ

24日目のバリ島・りブドは、芳光ず信仰、喧隒ず静けさが亀差する䞀日だった。
明日はさらに郊倖の棚田や寺院を巡り、より深いバリの文化に觊れおみたいず思う。

この旅はただ続く。
そしお、僕自身もたた「壊しおは䜜り盎す」ずいう過皋の䞭にいる。

川滿憲忠

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