惨事の親分 その4
「瀬川、例のブツは手に入りそうか?」
「難しいですね。もう少しだけ時間をください」
「そうだよな。派手に動くと、また目をつけられちまう。慎重にヤレよ」
俺は今、松本を離れ新潟にいる。
突然の辞令を受けた時は正直戸惑った。しかし、鮮魚チーフから青果鮮魚統括部長への昇格だ。実質、会社のナンバー2。断る理由はどこにもなかった。
新店舗のオープン準備に追われる毎日。
鮮魚は、目の肥えた新潟の客を納得させる売場を作らなければならない。
青果は、地場野菜を知り、旬を逃さず並べる必要がある。
どちらも中途半端では通用しない土地だ。
青果部門のチーフは阿部さん。
市内で八百屋を営んでいた人物で、専務が何度も足を運び、直々に口説いて入社してもらった実力者だ。現在はバイヤーも兼任してもらっている。
「瀬川部長、松本から来られたんですよね。野菜王国育ちなら、いろいろ詳しいんじゃないですか?」
阿部さんは俺より五歳ほど年上だ。
長年八百屋を切り盛りしてきたせいか、物腰は柔らかく、話し方も丁寧だった。
「出身は神奈川です。でも松本に住んだ年月の方が長いので、地元みたいなものです。山菜をはじめ地場野菜は扱ってきましたが、その程度ですよ」
以前の俺なら、知ったかぶりをしていただろう。
そのせいで、パートさんたちの反感を買ったことがある。
同じ失敗は繰り返さない。
「部長は、黒鳥茶豆をご存じですか?」
来た。
この質問を、俺は待っていた。
「他県にはほとんど流通しない幻の枝豆ですよね。以前、知り合いの居酒屋で食べました」
阿部さんの表情が変わる。
「……いつ頃食べたんです?」
「八月の下旬です」
数秒の沈黙。
やがて阿部さんは、ふっと笑みを浮かべた。
「……さすが部長。いい店で飲んでるんですね」
どうやら試されていたらしい。
新潟の枝豆は、収穫時期によって品種が変わる。
だから、食べた時期を聞けば、どの品種だったかおおよその見当がつく。
その中でも、香りと甘み、旨味が濃縮されるタイミングが夏の終わりに収穫される黒鳥茶豆。
それを教えてくれたのは、竜さんだった。
「阿部さん、新潟のお店を紹介していただけませんか。昔、納めで付き合いのあったお店との縁は、まだ続いていますか?」
納めとは、個人経営の八百屋が飲食店へ野菜を配達する仕事だ。
料理人の注文に応えながら、目利きと仕入力を磨いていく。
八百屋の腕が最も試される仕事でもある。
「ええ。店を閉める時に挨拶へ行ったんですが、『こっちへ来たら、また買いに来てくれ』って言ってもらえました」
思った通りだ。
専務から転勤を告げられた時の言葉が頭をよぎる。
『瀬川、お前のやり方は正しい。だが、一人では証明できない。味方を増やして、結果を出せ』
あの言葉の意味が、今ならよく分かる。
松本では、新しい挑戦は何度も潰された。
売場を変えること。珍しい商品を仕入れること。どれも「今まで通り」で片付けられてしまう
だが、竜さんと出逢ってからスーパーでは扱わないような商品でも、仕入れする事が出来るようになって店の売上が大きく跳ねた
「売れ残るなら、全部うちへ回せ」
そう言って、俺の背中を押してくれたから挑戦できた。お客様にも喜ばれ、売場は少しずつ変わっていく
それでも、一人では守り切れなかった。
だから今度は違う。
一人で戦うんじゃない。味方を増やして、仕組みを作る。
「阿部さん」
「今夜、馴染みのお店へ連れて行ってください」
「話したいことがあるんです」
新潟で最初の味方を、俺は今夜つくる。
続く
