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保護犬を家族として看取るまで

2026年7月25日午前2:52
我が家の愛犬が息を引き取った。

夜中に容態が悪化し、
救急病院で診てもらい、なんとか人工呼吸と心肺蘇生で延命措置をしてもらったものの、
もう自力での呼吸は困難と言われた。

話し合いの結果、最期は人工呼吸器の管を外し、自宅で妻と最期を看取った。

あまりに怒涛の1日だった。
私自身、いろんな感情がぐちゃぐちゃに入り混じり、今もまだ心の整理がついていない。
それでも、この感情や記憶が時間とともに薄れてしまう前に、今の正直な気持ちを残しておきたいと思った。

出会い

4年半前、
とある保護団体のブログ記事で見かけた
ブリーダー崩壊で保護された年齢不詳の繁殖犬。

このときは毛もボサボサで、保護犬感がすごい…

妻ともともと「犬を飼いたいね」と話していた私たちは、
この子の可愛いらしい見た目と、
どこか寂しげな表情に不思議な縁を感じ
「是非この子の里親にならせてください!」
と早速保護団体に連絡した。

そして保護団体から承諾を頂き、諸々の手続きを経て晴れて私たちはこの子の里親になった。
拒食傾向があり、痩せ気味だったことから、
「幸せにぶくぶく太りやがれ!」という想いを込めて名前は

「幸太(こうた)」にした。

保護犬との生活

保護犬との生活はやはり一筋縄ではいかなかった。
幼犬と違って性格や習慣が確立していて、しつけの難易度が高い。
幸太も例に漏れず、トイトレはうまくいかず、至る所におしっこやうんちをしまくった。
また、分離不安を発症しており近くに私や妻がいないと焦って吠え続けた。

それでも夫婦でひたむきに世話した甲斐もあって、徐々に嬉しそうな表情も増え、
しゃがんで両手を広げれば走って飛び込んでくれるようになり、
体重も初期の3kgから5kg台まで回復していった。

お迎えしたばかりの警戒した様子は何処へ。
この頃は毛並みも体調もとても良かった
私の足のニオイも幸太だけは好んで嗅いでくれていた
(吹き出しは幸太を介した妻のいじり)

身体の異変と変性性脊髄症

幸太の身体に異変を感じたのは3年ほど前だった。

いつも通り散歩してると、後ろ足を引きずるような素振りがあった。

もともと保護団体からも
「筋肉が衰えてるため歩き方がぎこちない」
という話は聞いていたので、その影響だと思って最初は心配していなかった。

しかし徐々に引きずる頻度は増え、
うまく歩けずコケることも出てきて「さすがにこれはおかしい」と思い、
まず最初に怪しんだのは椎間板ヘルニアだった。

ダックスはヘルニアを発症するケースが非常に多く、
発症すると歩けなくなるという症状から幸太の病状と似ていた。

実際にかかりつけの病院からも、
MRIをしないと判断できないが、
まずヘルニアで間違いないだろうと言われていた。

けど調べれば調べるほど
「ヘルニアではないのでは?」という疑念が湧いてくる。

椎間板ヘルニアは、
比較的短期で症状が発生するが、幸太は徐々に進行した。
また、ヘルニアは痛みを伴うが、そのような素振りもない。

症状は悪化していく一方で、
どうしても不安が拭えなかったことから、
病院を変えネットでヘルニアの検査に定評のある整形外科病院を探し、そこでMRIを取ったうえで診断をしてもらった結果、なんと

「椎間板ヘルニアではない」

という診断結果を受けた。
しかしだからといって原因は特定できず
「少なくとも整形外科の範囲内では異常を検知できなかった」という
なんともモヤモヤする回答だった。

「いままで椎間板ヘルニアだって言われてたのは何だったんだよ…!」
「異常を検知できねえってなんだよどう見ても異常だろ…!」

と、思ってもしょうがないイライラとストレスが沸々と湧きながらも、
他の病院を周って検査を続けた結果、
ある病院の神経科の先生から診断結果がおりた。それが

変性性脊髄症(DM)

という病気だった。
変性性脊髄症は後ろ脚から徐々に身体が麻痺していき、
最終的に呼吸すらもできなくなって死に至る難病で、現在効果的な治療法は見つかっていないという。
人間で言う「ALS」に似た病気らしい。

それを聞いた時、
絶望と同時に、悪い意味で今までのモヤモヤがスッと晴れたような気がした。
あまりにも幸太の症状と酷似していたからだ。

これから幸太は
大好きな散歩もできなくなり、
大好物のササミ巻きも食べれなくなり、
最期は呼吸が出来ずに死んでしまうのか

そう思うと涙が止まらなかった。

そしてここから幸太との長いようで短い闘病生活が始まった。

袋で病院に運ばれる幸太

衰弱していく愛犬。そして死

症状は加速度的に進行していった。

すり足になってから後ろ脚が動かなくなるまでは1年以上掛かったのに、
そこから前脚でも立てなくなるのは半年、
そして固形食が食べづらくなったのはつい1ヶ月前の出来事で、
どんどん幸太の病状は悪化していった。

それに伴い、介護用具も追加・変化していった。

  • 二輪車椅子から四輪車へ

  • 床ずれ防止のクッション材

  • 排泄キャッチ用オムツ

  • 日々の点滴セット

  • その他下痢止めや睡眠安定剤等の処方

それぞれの犬に完全にフィットする介護グッズはなかなかないもので、
日々変化する症状に対応する意味でも、介護グッズはある程度DIYで作っていくしかなかった。

犬用車椅子。
もともと後ろ脚補助で発注したが、前脚も厳しくなってからは自前で前輪を魔改造してた。
(ハリボテすぎる…)
床ずれ防止クッション
長時間寝たきりだと、圧迫された皮膚が壊死してしまう為、激落くんで作った緩衝材をかませて直接皮膚が当たらないようにしていた
クッションがズレた日、翌朝床ずれで骨が露出しているのを見た時は血の気が引いた。

そんな素人が作った介護用具が最適なわけもなく、
「ここを直したら、ここに炎症が起きる」という
一難去ってまた一難状態が続き、私の心身も疲弊していった。

別に介護だけが理由じゃないけど、
友人からの誘いも、説明するのが億劫だった(というより理解されにくい)こともあり、適当な理由で断ることが増え、徐々に交友関係も疎遠になっていった。

期間としてはそんなに経っていないはずなのに、
闘病と介護の日々は永遠のように感じた。

しかし、今思えば一番辛かったのは間違いなく幸太本人だっただろう。
好きだった散歩や食事も満足にできず、ただ生き永らえ続けるのが辛いことは想像に容易い。

皮肉なことに、
「幸せに太る」ことを願った幸太の体重はみるみる減少し、最盛期の5kgから半分以下の2kg台まで減少していった。

一方私は仕事や子育てとの両立にいっぱいいっぱいで、
今思えば、介護という「作業」ばかりで、愛犬に寄り添う余裕を持てていなかった。
夜中にベッドで下痢をして対応に追われたり、
介護用の手作りご飯を跳ね除けて撒き散らすたび、心無い態度を取ってしまったこともある。

そして、
そんな後悔に気づく間もなく、幸太はこの世を去ってしまった。

推定年齢9歳7ヶ月。
ダックスには早すぎる死亡年齢だった。

愛犬の死を経て気づいたこと

私が闘病生活と愛犬の死で一番強く実感したのは、

結局は医学的な治療よりも、寄り添うことが何より生きる活力になる

ということだ。

実は緊急病院で延命措置を受けた際、

  • 自力で呼吸はできない

  • 管を外したら呼吸と心肺は停止し、数分も保たない

という話を聞かされていた。

でも管を外してタクシーに乗って家に帰り、妻と看取るまでの40分の間、
なんと幸太はまだ息も鼓動もしていたのだ
私や妻の呼びかけに呼応するように明確に鼓動と温もりを感じ、口をパクパクさせて、確実に何かを伝えようとしていた。

これを医学ではなんて説明するんだろうか。
もしかしたら「ただの条件反射的な動きで自分の意志で動いてるわけじゃない」と片付けられてしまうのかもしれない。

しかし、他のワンちゃんも死ぬ間際に家族の前で一時的に命を吹き返す話はよく聞くし、
医学にはまだまだ未解明なことも多い中で、
結局は愛情のような気持ちの繋がりのほうがよっぽど本人の生きる活力になるんだろうと、
この時確信した。

そうだからこそ、
「死ぬ間際だけじゃなく、闘病中にもっと愛情を注げていれば」と、後悔に苛まれずにはいられない。

告別の前夜は、
横で冷たくそして固くなった幸太を撫でながら、
「ごめん…ごめんねこうちゃん」とひたすら謝り続けた。

しかしそんなことをした所で、もう幸太は帰ってこないのだ。

せめてこのnoteを読んでいるすべての愛犬家が、
私のような後悔をせずに済むこと、
そして幸太が不自由な身体から解放されて、
今頃天国で元気に走り回り、
そして幸せに暮らせていることを願って、この文章を締めくくろうと思う。



P.S.

愛犬が死んでから数日経った。

死亡当日や翌日に感じていた喪失感も少しづつ癒え、自分の心も完璧ではないものの整理出来つつある。

死亡してすぐはまともに寝れなかったこともあり、かなり精神的に思い詰めていて

  • 死ぬ間際何を伝えたかったんだろう

  • 幸太の望むような里親になれたんだろうか

  • 私のことを恨んでるんじゃないか

と考えるたび気を病み、自分を責め続けた。

でもこれらの答えは結局のところ、
どうやっても分かり得ないのだ。

世の中には「アニマルコミュニケーター」という
死後の動物の気持ちを代弁してくれる人たちもいるらしい。

それで救われる人たちも大勢いるわけで、相談するのも一つだと思う。
けど、結局自分自身がその言葉を真実だと信じられなければ意味がないわけで、
とどのつまり「自分がどう思おうとするか」ということなんだ、と気づいてからは少し気持ちが晴れた気がする。

ONE PIECEの頂上決戦でエースを失ったルフィにジンベイが諭したように。
失ったこと、過ちだけを憂うんじゃなく、
残ったもの、尽くせたことに目を向けないと人は前に進めない。
なにより死んだ愛犬が浮かばれない。

ベッドで下痢をして強く当たってしまったことが事実なら、
愛犬の為に試行錯誤して車椅子を魔改造した日々も、
下の世話をしすぎて、しょんべんの匂いが謎に心地良くなった日々もまた、事実なのだ。

我が物顔で私のベッドで寝る幸太
ちなみにこのあとここでうんちした

言葉で言うのは簡単だし、
今でも時々思い出して涙が出るけど、
「愛犬との日々は良いことも悪いことも全部含めて、最高だった。」
と自信持って言えるように、
これからの日々を前を向いて過ごしていきたい。

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