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たまに、坐禅をしたくなるときがあります。

どういうときに、といった傾向はないんですが
色々な場面で、無性に坐禅をしたくなります。

基本的に朝・晩は坐っています。

これは日々のルーティンですので、

したいとか、したくないとか、

そういう感覚はかなり前から無くなったような
気がします。

でも、ふと、

坐りたい

そう感じるときがあるんです。

「したい」にも色々な「したい」があります。

お腹が空けば、何かを食べたいと思いますし
お店で洋服を見れば、買いたいとも思います。

今はあまり思わなくなりましたが、

女性と出会って、話をしたいとか一緒にいたいと
思うこともありました。

食欲、財欲、色欲、名誉欲、睡眠欲•••

どんな人でも、生きている限り、本能にもとづく
たくさんの欲をもっているんだと思います。

ただ、たまに感じる「坐りたい」という感覚は
こういう欲とはちょっと違うような気がします。

なかなか言葉では言い表しにくいんですが、

「坐りたい」というのは、何となく自分の欲では
ないような気がします。

不生の仏心

人間には生まれながらに仏心が備わっている。

努力のような、何かの結果として後天的に獲得
するものではなく、誰もが生まれながらに仏心
を持っている。

もっと言えば、生まれる前から死んだ後まで仏心
はそこにある。

そんな教えです。

問題はこの仏心。

この仏心がどういうものなのか。

残念ながら、今の自分にははっきりしません。

たまに「坐りたい」という感覚を自覚するように
なってから、ひょっとすると、

これは自分の欲求ではなく仏心の欲求なのか?

そんなことを思ったりもします。

そんなことを思ってみると、普段の生活の中でも
同じように自分の欲求ではない欲求があるように
感じてしまいます。

そして、そんなふうに感じた欲求にはできる限り
素直に従うようにしています。

仏心の欲求(だと勝手に思っているもの)に素直
に従っていると、何となく気分が良いです。

もちろん、これが本当に仏心の欲求なのか•••
今の自分には全く定かではありませんが。

宗慧

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