似合わなかった『マンバン』
マンバンに憧れた男は私だけではないだろう。
ワイルドで無骨。
侍のような出立は、男のロマンだと思う。
そんなマンバンブームに足を突っ込みたくなったのは、漠然とした憧れがあったからだ。
― 鬱になった私でも、男らしく生き抜けるんじゃないか。
― 強そうで、厳つくて、舐められないんじゃないか。
そしてもう一つ。
結べるまで髪を伸ばした頃には、精神も落ち着いて、昔みたいにまた挑戦できるんじゃないか。
そんな願掛けだった。
短髪のツーブロックだった私のマンバンが完成するまで約1年半。
切りたくなる時もあった。鬱が酷くて、もうどうでもいいと思う時もあった。
それでも髪だけは伸ばした。
鏡を見るたび、少しずつ長くなっていく髪を確認した。
「ここまで伸びたんだから、もう少し」
そんなふうに、髪の長さを小さな目印にして日々を過ごしていた。
髪が伸びる度、自分の人生を取り戻していく。
そんな都合のいいサクセスストーリーに胸を膨らませ 、人生初の長髪に向けて私は日々を暮らしていった。
鏡の前にいたのは『変わらぬ自分』
機は熟した。
髪の長さは20数cm。
縛るには少し短いが、できないこともない。
期待に胸を膨らませ、鏡の前で私はついにマンバンを成し遂げた。
―― 鏡に映ったのは、タフガイではなかった。――
いつもの自信のない表情に、たるんだ顎肉の中年顔。
ただ髪を結んだだけの姿が、そこにいた。
滑稽だった。
とても力強い人間とは思えない。
傍から見れば、髪を結んだただの中年。
それ以上でも、それ以下でもない。
本当は、そんなことは分かっていた。
別に髪型を変えたところで人生が変わるわけではない。
『思ったより、似合わなかったな』
の一言で済んだ話なんだ。
でも、私は髪を伸ばすことに願掛けをしてしまい、あろうことかそこに縋ってしまった。
憧れていたものに近づけば、何かが変わると思っていた。
マンバンになれば鬱も良くなっている。
髪が結べる頃には、また昔のように挑戦できる。
いつの間にか、その未来を私は「きっと来るもの」として扱っていた。
だから鏡の中の自分を見た時、マンバンが似合わなかったこと以上に、まだ鬱の中にいる自分を突きつけられた気がした。
間抜けだった。
髪型にまで、人生を託していたのだから。
髪をほどいて生きていく
しばらくして、私は髪をほどいた 。
そして、長くうっとおしい髪にはさみを入れ、元の短髪に戻った。
それも私だ。
似合わないマンバンに背伸びをするより、どこか退屈で新鮮味のない短髪ツーブロックだっていいじゃないか。
鬱が治れば、なんて不確かな未来を待つのではなく、鬱のある自分のままで生きていくしかないじゃないか。
周りも、他人も、目に見える他者よりも、鏡に映るいつもの俺と一緒に生きていくしかないんだ。
仕方がない。
それでも俺は『辛うじて生きている』んだ。
