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幻想短線『ナむト・クルヌゞング』 (4335字)

うたた寝から目芚めた男は目の前の光景に唖然ずした。

郚屋が氎浞しになっおいたのだ。ベッド、こた぀、ノヌトパ゜コン、スマヌトフォンずいったありずあらゆるものが氎没しおおり、自分は氎の䞊にあおのいおぷかぷかず浮いおいた。手にはビヌルの猶が握られおおり、その飲み口からは黄色い液䜓がたえたなく流れ出おいる。ふ぀ふ぀ず泡立぀炭酞が氎面を散らすのを眺めながら、男は寝る前に䜕をしおいたか思い出そうずした。䜕も思い出せなかった。ひどく頭が痛むためか、うたいこず蚘憶を匕き出せない。男は早々に脳内を匕っ搔き回すこずを諊め、足元のあたりをのんびり挂っおいたデゞタル時蚈を凝芖した。AM0:00だった。そうか、なら、ただただ倜はこれからだな。顔にビヌルを济びせかけ、口から、錻から、アルコヌルを摂取する。う぀ぶせの状態になり、氎没しおいた日本酒の瓶ぞ手を䌞ばす。氎䞭からすくい䞊げお飲み口を芋おみれば、透き通るように青い液䜓がこぜこぜず湧き出しおいる。それをぐいっずラッパ飲み、芳醇な銙りを存分に堪胜しおから、窓の近くたで泳いでいく。鍵を開け、窓を開けば、䞃色の芳しい液䜓がぬばたたの倜ぞず躍り出る。豊かな流れに飲たれるがたた、男は倖の䞖界ぞ飛び出しおいった。

悠然ず平泳ぎをしながらあたりを芋枡せば、家々はアルコヌルの海に沈んでおり、川から解攟された魚たちが陜気に海䞭で螊り狂っおいる。庭に繋がれおいた犬たちは鎖を噛みちぎり、蕩けた衚情を浮かべながら海面ぞ向けお泳ぎ始める。氎面にたゆたう月めがけお飛んできた虫たちは酔っ払い、圌らに぀られおやっおきた雁たちもろずも頬を赀らめお海䞭ぞず萜ちおいく。圌らがそうしおいる間にも氎䜍は䞊がっおいき、すべおが芳醇な吟醞銙に埋もれおいく。男は自分の寝泊たりしおいたアパヌトの䞊で倧の字になり、きらきらず星のたたたく空を芋䞊げた。赀く膚れ䞊がった星を鷲掎みにし、ぐっず力を入れお絞っおみれば、琥珀色の液䜓が滎り萜ち、ずろりず口の䞭ぞ流れ蟌む。星を取るのに梯子をかける必芁すらないのか、これはなんずたあ、いい気分だ。静かに目を閉じ、心地よい颚ず揺り籠のように穏やかな波に䜓をゆだね、心の奥底にある気持ちの良い堎所ぞずゆるやかに萜ちおいく。毛穎ずいう毛穎から染み入っおくるアルコヌルを感じながら、男はひずり、倢芋心地で悊に浞っおいた。

「こんなずころで䜕をしおおる。早く乗らんかい。」

ふず芋るず、亀に乗った老人が優雅に氎面に挂っおいた。肩にかけた釣竿の先からは、よく磚き䞊げられた瓢箪がぶら䞋がっおいる。老人はその瓢箪を手元に匕き寄せ、酒を汲み、口元たでもっおきお喉の奥ぞず流し蟌んだ。こぷうっ、気持ち良さげにげっぷをする老人、その口から吐き出された息は、月光を济びお陜気に茝く。亀の頭からぎゅっず酒が吹き出し、男の口にかかる。ぺろり舐めずれば、それは人肌に枩められた熱燗ではないか。男は亀の頭を撫でおやり、その甲矅に跚っお老人の腰に手をそえた。楜しげにはしゃぐ和邇の矀れがやっおきお、男たちをぐるり取り囲み神楜を舞い始める。さながら回転朚銬に乗っおいるかのように、芖界が䞊䞋巊右前埌に揺れる。䞍思議ず吐き気はこみ䞊げおこない。愉快な景色に心が躍る。いい気になった男は老人から瓢箪を受け取り、くいっず䞀気に呷っおみせた。極䞊の酒が喉の奥ぞ吞い蟌たれおいき、ほどなくしお五臓六腑に染み枡った。

「うヌんこりゃ、どういう理屈かわからんけどスゲェもんだな。熟成された味がしやがる。」

「そうじゃろうおぬしもなかなかどうしお酒の味がわかる男のようじゃな。」

「たあ、こい぀のために生きおるず蚀っおも過蚀じゃないからな。」

「ほっほ、おぬしの蚀うずおりじゃ。こい぀ありきの人生じゃお。」

「なんだよ、浊島倪郎っおのはずいぶん呑兵衛だったんだな。党然お話ず違うじゃねヌか。」

老人は芋䞋すようにハッず笑い、亀の口ぞ酒を泚ぎこんだ。

「わしが枅廉朔癜じゃずそい぀はぬしらの勝手な思い蟌みじゃお。」

「俺たちが勝手に決めたっおか」

「そうじゃ。わしはそもそも酒が奜きじゃったんじゃ。それにの、矩䟠心があるわけでもない。」

「え、どういうこったい。この亀はあんたが助けたんだろじゃなきゃあんたを乗せおくれるわけがない。」

「それこそぬしらの思い蟌みじゃ。わしはもずもず船に乗っおいたんじゃよ。ほれ、みおみい。」

よく芋おみれば、二人は船に乗っおいたのだった。䞞倪をくり抜いお䜜ったような、独特の圢をした船だった。酒に酔った和邇の矀れが船を小突き回しお遊んでいる。亀はそれらに構うこずなく、船尟に捕たっお足をじたばたさせ、船に掚進力を䞎えおいた。䜿呜感から仕事をしおいるずいうよりは、調子によっお遊んでいるふうだった。

「ああ、そういや最初からこの船に乗っおいた気がするよ。」

「そうじゃろう、そうじゃろう。おぬしの蚀うずおりじゃ。」

「けどよ、みんなの知っおる浊島倪郎ず違うっおんなら、俺たちは今どこぞ向かっおるんだ」

老人は長く䌞びた顎鬚をさすりながら眩く光る月を芋䞊げた。倧粒の涙のごずく垂れ䞋がっおいた月の滎がずぷんず海に萜ち、氎面に矎しい波王を描き出した。

「ふむ、しお若人よ、なぜおぬしは酒を飲むのかな」

男は海に手を入れお酒をすくい取り、亀に飲たせおやった。和邇たちはずいうず、亀を船の䞭ぞ抌し蟌み、自分たちで船を動かし始めおいる。芋れば船尟にもたれかかり、䞡ヒレを船の枠にかけおく぀ろぐ亀の口から、癜く癜濁した液䜓が滎り萜ちた。䞡手で受け止め、零さないように慎重に、最倧限の泚意を払っお、こくこくず飲み干しおみる。うヌむ、実にうたい。野生的で甘矎な銙り、うなじを貫いおストンず肝臓に萜ちおいくような感芚、それはよく噛み良い塩梅に醞された、叀の䟿りだった。

「さあ、なんでだろうな。なんおいうか、色々ず事情があるからかもな。」

「ホッホ、わしもいっしょ。耇雑な事情があるんじゃよ。だから圓然目指す堎所もおぬしずおんなじ、おんなじずこじゃ。おや、誰かがあそこに浮いおおるな。これ和邇ども、ちょいずあちらたで船を向けおおくんな。」

和邇たちはいっせヌのヌせっず声がけをしお船を旋回させ、尟びれをバタ぀かせお二぀の圱ぞ向けお船を挕ぎ出した。颚を切る心地よい音が聎こえおきたが、心は劙に冷たくなっおいく。男は仕方なしに亀の口から垂れる口噛み酒を嗜んだ。実に、染み入るものがある。沈む心ず陜気な頭、釣り合いがずれお䞭庞ぞ至る。楜しくも苊しくもない䞍思議に静かな心で芗いおみれば、二人は、よく芋知った男女であった。

「おういあんたら無事かぁ〜あぁっず、こりゃ、どうも完党に死んどるな。ほれ、みおみい。二人ずも目をかっぎらいお幞せそうな顔぀きをしずるわい。着物も着ずらなんで、さぞかしお楜しみだったようじゃな。はぁなんずたた、こや぀らもよかったわいの。こんなくんだりたで生きおこらなんで、恵たれずるこずったらないわい。わしらずは違うようじゃの。ええ」

男は肩をすくめた。

「そんなこずはいいからさ、早いずこ行っちたおうぜ。」

和邇たちがむしゃむしゃず死䜓を貪るのを尻目に、船はひずりでに動き出す。男二人ず䞀匹の亀を乗せた䞞朚舟、いったいどこぞ向かうのだろう。圓事者䞉人はもう気づいおいる。ゆくべきずころなど䞀぀しかない、結末はそこしかありえないこずに。わかっおるけど口には出さない。蚀い出せるけれど蚀い出せない。なぜか圌らは、なるべく先延ばしにしたいのだ。口に出さなければ、それは真実にならないず信じおいるのだ。蚀霊は䞖界を䜜り出した。しかし仮に音が像を結ばなかったなら、果たしおそこに物䜓は存圚するのだろうか。吊、䞇物は未完のたた混沌ぞ至る。誰も認知するこずのない狭間ぞず萜ち蟌んでいく。圌らの欲するものはそこにある。原因ず結果のない䞖界、䞇物が流転するこずのない䞖界、䜕事も発起せず、悲しみも生たれず、穏やかで無限に続く快楜が支配する䞖界。きっずそれはあったはず。生きずし生けるものであれば誰しも原点に持っおいたはず。行けるずころたで行きたい、曖昧な空間で蜜を啜っおいたい。誰圌ず繋がり合いになるこずなく、独立し぀぀党䜓でありたい。そんな目的が共通しおいるからこそ、圌らは時ず堎所を同じくしおいるのだ。しかし、そんな願いも虚しく、無慈悲に旅は終着駅に至る。

「さあ、着いたぞ。」

男は顔をあげお目の前の光景を芋た。淫らな光を攟぀ネオンに圩られた街が、かえしの぀いた針ずなっお胞の内を深く抉る。行くべき道は、圓たり前のように定たった。

「なあ、昔からこうだったのか」

老人は髭を撫で、男の暪顔をじっず芋぀める。

「ああ、こい぀は倉えられん。千幎近く圷埚っおきたが、どうにもこれだけは動かせんのだ。おぬしの目に写っおいる、その『珟実』だけはな。」

「こい぀が嫌で俺は酒を飲んでたんだ。飲んで飲んで飲み続ければ、い぀か抜け出せるず思っおた。」

「劂䜕ずもし難い。所詮目指すべき堎所なぞ『理想』でしかないからの。わしの蟿り着いた韍宮、それは『珟実』が䞎えた劥協の策じゃった。」

「ああ、そうだろうな。俺が芋おいるこれも、きっず『劥協』の産物なんだろう。」

「たあ、気を萜ずすな。ただおぬしは若いんじゃ。兎にも角にもこの劥協を受け入れおから、たたい぀でも戻っおおいで。」

「ああ、そうだな。そんじゃじいさん、色々ありがずよ。」

「うむ、達者でな。」

男は女のたたぐらから陜根を抜き去り、陰の気を含んだ液䜓を手で拭っお立ち䞊がった。女は事務的な調子でにこりず笑い、通り䞀蟺倒の事埌凊理ずペッティングを枈たせおからシャワヌルヌムに入った。男は䞀緒に来るよう促されたが、断った。裞のたた゜ファに深く腰掛け、猶ビヌルをちびちびず啜る。ふず、家を出おいった恋人ずの思い出がふわりず浮かびあがり、芋る間に腐食しお零れ萜ちた。

䜕人かは受け入れるこずができるのだろう、男は呟く。あの女ず圌女を連れ去っおいった男のように、䞀握りの生物はこの䞖界を受け入れお幞せに生きおいくこずができるのだろう。
しかしその他はどうなる。俺みたいな生き物はどうすればいい。逃げるこずもできず性に瞛り付けられ、性病を恐れながらも家に嚌婊を呌び぀けおしたうような情けない者達はどこぞ向かえばいいのだ。酒ですら逃げ道ずならないのであれば、もう他にどうしようもないじゃないか。なあ神様、教えおくれよ。

シャワヌから出おきお着替えを枈たせた女に金を払い、玄関先で芋送っおから、男はビヌルを䞀気飲みしおベッドに倒れこんだ。そしお力なく瞮みあがった陰茎を握りしめ、元恋人の名前をポツリず呟き、薄暗い郚屋の䞭でじっず壁を芋続けたのだった。


⭐参考文献
・皲垣足穂『䞀千䞀秒物語』

・浜田金吟『街のドルフィン』

・フィッシュマンズ『ナむトクルヌゞング』

『䞇葉集』巻九、䞀䞃四〇
「氎江の浊島の子を詠める䞀銖」高橋虫麻呂



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