ショートショート|おまえに会ったけど...
オフィスの3階、総務部の脇へと続く長い廊下。 窓から差し込む西日が、薄汚れたリノリウムの床に長い影を落としている。 うつむき加減に歩いていたフジオカは、自分の脇を通り過ぎようとする男に気づいて、わずかに眉をひそめた。 と、同時にフジマキもフジオカに気づいた。
「あっ、フジオカ︕ 久しぶり︕ 元気か︖」
「あぁ、フジマキ…」
「おまえさ、2⽇前…いや、3⽇前だったかな。新橋にいなかった︖」
「えっ︖ いたけど」
「いたよな︕ いや、おまえを⾒かけた気がしてさ」
「あっ、そう…」
「元気ないな。おまえが新橋にいるなんて、珍しいじゃん。何やってたの︖」
「…おまえと飲んでたんだけど」
「えっ︖ いつ︖」
「3⽇前」
「どこで︖」
「新橋で」
「誰と︖」
「おまえと」
「何それ︖ オレ、忘れちゃってるの︖」
「そうだよ︕」
「いや、待て︕ おまえの妄想かもしれないだろ︕」
「えっ︖」
「おまえさ、3⽇前にオレと飲んだって、思いこんでるだけじゃないのか︖」
「じゃ、おまえは3⽇前にどこにいたんだよ」
「だから、新橋だよ︕」
「誰と︖」
「…お前と︖」
「なっ︖」
「ちょっと待て︕ ⼆⼈とも“3⽇前に⼀緒に飲んだ”っていう妄想に取り
つかれてるんじゃないのか︖」
「だったら、その時、ヤマダも店にいたから電話してみろよ」
「それは意味ないだろ。だって、オレ達と『会ってた』って⾔われたら、
もう⼀⼈、妄想患者が増えるだけじゃないか!」
「それもそうだな」
「それにだ。もし、オレ達と『会ってなかった』って⾔われたらどうなる︖」
「…オレまでおかしいことになる」
「だろ︖ むしろさ、その場に絶対にいなかったヤツに電話してみたらどうかな︖ ニューヨークに赴任中のカワシマとか」
「それって、意味あるのか︖」
「あるよ。少なくとも、そいつがオレたちと『⼀緒じゃなかった』という共通の認識がもてるぞ」
「でもさ。もし、『オレ達と会ってた』って⾔われたらどうするんだよ︖」
「…そうなると、とりかえしがつかないな」
「じゃあ、どうしたら信じられるんだよ」
「そこだよな、そこ。結局さ、問題の核⼼は、信じるか信じないかっていうだけのことなんじゃないかな」
「なに︖」
「だからさ。今、オレたちは『3⽇前に⼀緒に飲んだ』っていう妄想に取り憑かれてるわけさ。そういう状態」
「うーん」
「もしかしたら、⽣きてると思ってることだって、妄想かもしれないよな。⾃分達は⼈間だと思ってるけど、ホントは、そう思いこんでるだけのダンゴムシかもしれないし」
「…」
「でも、そうだとしてだよ。オレたちになんか不都合でもあるか︖」
「いや、…ないな。世界が妄想でも、⾃分がダンゴムシでも別にいいよ」
「だろ︖ だったら、細かいこと気にするなよ」
「そうだな」
「よし︕ じゃ、今晩あたり、飲み⾏くか︕」
「いいけど、3⽇前も全く同じ会話をして飲みに⾏ったよ」
「…誰が︖」
-完-
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