職場のバグ|後輩に『気遣いの方向性が間違ってます』と言われた話
オフィスのフリースペースで、ときどき雑談をしているミヤケさんは、以前は同じチームで仕事をしていた後輩社員です。
会議室での長い打ち合わせが終わって、給茶機が備えられたフリースペースでくつろいでいると、後輩社員のミヤケさんと目があった。空いている席を探していた彼女は、軽く頭を下げて、テーブルの向こうに座った。
紙コップのコーヒーを一口飲んで、彼女に声をかける。
「ねぇ、トルコライスって知ってる?」
「えっ、トルコの料理ですか?」
「違うよ。トルコライスは日本の洋食。トンカツとカレーピラフ、スパゲッティーを一つの皿に盛ったものでね、まぁ大人版お子様ランチって感じかな」
「へぇ〜」
「長崎が発祥の地って言われてるんだよ。長崎人のソウルフードなんだって」
「知りませんでした!」
「それでさ、今日、新宿で打ち合わせがあったんだけどね。ついでにトルコライスをランチに出してる店があるから行ってきたんだよ。トルコライスが食べられるところなんて、なかなかないでしょ」
「そうでしょうねぇ。で、おいしかったですか?」
「なにが?」
「なにがって、トルコライスですよ」
「わかんないな」
「えっ? 味がわからなかったんですか?」
「いや、ビーフカレーを頼んだから」
「それ…会話の流れとしてヘンですよ。トルコライスを食べたと思うじゃないですか!」
「そう? 食べてないよ。別に食べたくないし」
「じゃ、なんでトルコライスの話をしたんですか?」
「店のメニューにトルコライスがあったから、教えてあげようと思って」
彼女は紙コップに目を落として、ため息をついた。
「気づかいの方向性が間違ってますよ」
「えっ? なに? ちょっと、いきなりスゴイこと言わないでよ」
「そういえばケイメイさん。先週、関係会社の人たちが打ち合わせに来たとき、ランチに連れて行きましたよね?」
「あぁ、餃子のマズイ店ね」
「そこです! どうしておいしい店に連れて行ってあげなかったんですか?」
「だってこの辺りの中華料理店って、どの店もおいしい餃子ばっかりなんだよ。だから逆に餃子のマズイ店って珍しいんだよね。どこの冷凍食品を使ってんだよって感じ。ちなみに炒飯もマズイんだよ。全然、味がしないの! そういう店ってなかなかないんだよ」
「ふつーは、わざわざマズイ店には行きません!」
「だから、ちゃんと『餃子のマズイ店に行きましょうか?』って声をかけたんだよ。それに餃子と炒飯はマズイけど、それ以外の料理はおいしい時だってあるんだよ」
「そうなんですか?」
「そうそう。ただね、ギャンブルって感じ。味がやたらと濃いときと薄いときがあるの。それから油の量がすごいんだよね。焼きそばを頼むと油がドバドバ入ってるから、割り箸を皿の下に敷いて傾けるんだよ。こうすると下の方に油が集まるでしょ。で、上のほうから食べるのがコツなんだよね」
「そういう店は、ひとりで行ってくださいよ」
「ひとりでもたまに行ってるよ。でも、彼らと行ったときは、帰り際に『今度はおいしい店に行きましょうよ』って言われたな」
「そうでしょ! だから気づかいが間違ってるって」
「だけど彼らだって、たまにはマズイ餃子が食べたいなって気分のときに…」
「そういう気分にはなりませんから! 冗談だと思ってたんですよ!」
「そうかな。この前、佐藤くんともその店に食べに行ったんだよ。まぁ、オレが誘ったんだけどさ」
「きっとイヤイヤ付き合ってくれたんですよ。正しく気遣いのヒトだから。ちゃんとご馳走してあげたんですか?」
「もちろん! そのつもりで声をかけたんだよ。彼、今月はお金がないっていうからさ」
「ちゃんとリーダーらしいところあるじゃないですか。見直しました」
「まぁね。ところがレジで財布を見たら、お金がギリギリしかなくてさ。100円しか奢れなかったんだよね。彼がライスをお代わりした分だけ。下手したら、オレが奢ってもらうところだった」
「……」
彼女は無言でこちらを見ていた。
「でも大丈夫だよ! 『オレのことは反面教師にするんだよ』ってビシッと言っておいたから」
「それって…」
「いろんな人がいるのが社会なんだよ。ねっ。じゃあ仕事に戻りましょうか」
私は空になった紙コップを捨てると、腑に落ちない表情の彼女を残して、一足先に執務室へ戻った。
機会があったらトルコライスを食べてみようかな、と少しだけ思いながら。
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