性的な趣味嗜好について
後継ぎをこしらえるのが最重要ミッションの1つであるはずの梨園において、市川猿之助がいい年をして独身で子どもがいないのは、女性ではなくて男性が好きな彼の性的嗜好が原因であるのだそうである。
また、ジャニーズ事務所の創業者による男性タレントに対する性加害問題の話については、彼の生前からも何度か噂になっていた話である。
これらに共通することは、立場や権力をバックにして、無理やり関係を強要することの問題、つまり「強いられた同意」問題である。これに関しては、芸能界だけでなく、我々の身の回りにおいても起こり得ることであろう。もちろん、逆らえない相手に性的関係を強要するのは論外である。
しかしながら、猿之助やジャニーさんの性欲の対象がたまたま異性ではなくて同性であったということ自体は、単なる個々人の趣味嗜好の問題であり、特段、僕としては何も興味がないという話は前にも書いた。
世の中にはLGBTQの人は我々が想像するよりもたくさんいる。昔は大っぴらにカミングアウトしづらい世の中であったのが、今やそういうことをわりとオープンに公言できるようになったこともあり、さほど驚くような話でもなくなってしまった。
クイーンのフレディ・マーキュリーは、ガールフレンドがいた時期もあるから、ゲイなのかバイセクシュアルなのかは不明である。同じく英国の国民的歌手エルトン・ジョンには同性婚のパートナーがいる。指揮者・作曲家のレナード・バーンスタインは、奥さんとの間に子どももいるが、同性愛者であったことはよく知られている。他にも例を挙げ始めたらキリがない。
映画「TAR/ター」の中で、自分はマイノリティでパンセクシャルだから、白人で男尊女卑的なバッハに興味が持てないという学生に対して、主人公のリディア・ターが、「もしバッハの才能が、性別や出身国で格下げされるようならあなたも同様」と、容赦なく追い詰めていく場面があった。
映画の中では、リディア・ター自身がレズビアンという設定であった。性的嗜好と業績を結びつけて評価するような考え方は、彼女としては、到底、容認できるはずもないのだ。
誰かの属性や出自、趣味嗜好等と、彼/彼女の業績の価値とは切り離して考えるべきであることは、普通に考えてみればわかることである。しかしながら、昨今、その辺の取り扱いがどうも曖昧というか雑な感じがすることが多い。
役者が何か不祥事、たとえば違法薬物の所持とか暴力事件とかを起こしたとすると、彼が出演していたドラマや映画がお蔵入りになったりする。ミュージシャンの場合は、彼のCDが店頭から撤去されたりする。本来ならば、本人の私行上の問題と、作品の価値は無関係のはずなのにである。
こういうのも、一種の「コンプライアンス」に対する過剰反応、あるいは世間の空気に対する無用の忖度ということなのかもしれない。
LGBTQであること自体は犯罪ではない。単なる趣味嗜好の問題である。心の中で、それをどう思うかは勝手であるが、他人がLGBTQであることを理由に差別することは許されない。アニメが大好きであるとか、阪神タイガースの熱狂的なファンであるとか、ジャニオタであるとか、そういった理由で他人を迫害するべきではないのと同列の話である。
日本の政治家は、根っからパターナリズム的な価値観に支配されている人たちが多いせいか、何が正しくて何が正しくないのかを国民に示すのは、いまだに自分たちの役割だと思っているようである。だから、LGBT法案を国会に提出するしないだけで揉めるのだ。
他人に迷惑をかけない限りにおいては、趣味嗜好など好きにさせれば良い。あくまで自己責任である。個人の心のうちの問題に、政治権力は介入するべきではないのだ。信教や宗教の自由と同じである。
もちろん、腹の中で、それをどう評価するかもまた個人の勝手である。どこかの国の首相秘書官が同性婚に関してネガティブな発言をして更迭されたが、公人が公的な場で発言したから問題になったのであって、個人的に彼がどう思おうが、それは彼の自由である。言わなければよかっただけの話である。
僕自身、LGBTQには何のシンパシーも感じない。というか、やはり自然の摂理に反していると思っている。でも、そういう嗜好を持つ人が存在すること自体を否定するものではないし、「どうぞ、お好きにしてください」というだけのことである。
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