「クリーンなエネルギー」について
地球温暖化の元凶は、人間が排出するCO2であると言われて久しい。CO2を排出する産業、ガソリン自動車、火力発電などは、とりあえずは「悪玉」という位置づけにされてしまっている。
それに対して、太陽光、風力、波力、水力、地熱、バイオマス等の自然の力で定常的、反復的に補充されるエネルギー資源による発電方法は、「再生可能エネルギー」と呼ばれて、一般的には「善玉」のイメージである。
でも、厳密には、発電設備の製造・稼動・管理・修理・廃棄や燃料の運搬などに要するエネルギー(電力、燃料等)や、その過程で排出される温室効果ガスと、設備の稼働期間中に産出されるエネルギーを比較検討してみる必要がある。つまり「エネルギー収支」に基づいて判断するということになるので、決して単純な話ではない。
他に「エネルギー密度」についても考慮する必要がある。再生可能エネルギーの多くは、エネルギー密度が非常に低く、広大な面積を使わないとまとまった電力を得ることができず、それだけ自然を破壊することになる。発電プロセスにおいてCO2を排出しないから、自然にやさしいということにはならないのだ。
水力発電であれば、大規模なダムを建設する必要がある。発電設備は永久に仕えるものではない。「日本小水力発電株式会社」のHPによれば、<水車などの機械装置の法定耐用年数は22年で、発電所全体では57年とされています。 実用上の耐用年数(寿命)は、運転条件(土砂摩耗等)によりますが、摩耗や劣化の補修、部品の交換など適切な保守管理を行えば60年以上の運転も可能です。>とある。ダムで河川をせき止めると、川底には土砂が堆積するので、定期的に浚渫する必要もある。怠ると土石流のような大災害の原因となる。
太陽光パネルや蓄電池も寿命があるので、使用しているうちに徐々に劣化する。風力発電の風車等についても、設計寿命は20年程度とされており、定期点検や部品交換といったメンテナンスも必要である。
再生可能エネルギーではないが、CO2を排出しない「クリーンな」エネルギーとされるものに、原子力発電がある。これなどは、そもそも最終処分方法が確立していないのだ。いくら再処理したところで、最終的に処理しきれないものが残る。ウラン238の半減期は45億年、プルトニウム239の半減期は2.4万年である。地層処分(=穴を掘って埋める)といった「問題先送り」しかできないのに、「クリーン」と断言してしまって良いのだろうか。コストだって同じである。使用済みの核燃料の処理費用とか、廃炉に関する費用、福島第一原発のような重大事故が起きた場合の賠償費用等をどう見積もるかによって、いかようにもコスト計算の数字は変動しうる。
地球温暖化の原因をCO2だけに押し付けること自体、本当に正しいのかどうか疑問である。牛や羊、ヤギ等の「反芻動物」のゲップやオナラに含まれるメタンガスは二酸化炭素の25倍もの温室効果があるという。つまり、地球温暖化の原因はCO2以外にもいろいろと考えてみる必要がある。
にもかかわらず、CO2削減だけにフォーカスして、「脱炭素」さえ実現すれば、地球温暖化を食い止められるかの議論を展開している人を見ると、何やら胡散臭い感じしかしないし、要するに「脱炭素」を商売のネタにしているんだなと勘繰りたくなってしまうのだ。
地球が徐々に温暖化しつつあることは、我々が日々、体感している事実であるが、その根本原因については、まだよくわからないことが多い。
よくわからないながらに敢えて言わせてもらうが、そもそもの話として、人類がこれだけ地上で繁殖してしまっていることこそ、環境変動の根本的な原因なのではないだろうか。
特定の種が何十億も繁栄して、地表全域に蔓延り、原生林を伐採し、他の生物を殺して生態系を破壊したことの積み重ねによる「ツケ」が溜りに溜った結果のほんの1つの事例が、「地球温暖化」ではないだろうかと思う。
そう考えると、増えすぎた人類を「間引き」することこそ、「脱炭素」よりも「地球温暖化」対策としては有効だろうし、増えすぎた人類が減少/絶滅することこそが、「地球にやさしい」ことなのかもしれないと言いたくなる。
地震、津波、火山噴火のような大規模自然災害は、もしかしたら、悲鳴を上げた地球によって、人類を定期的に「間引き」しようとしていると考えられないだろうか。あれだけ地球上で繁栄した恐竜も絶滅したのだ。人類に同じことが起きないとは考えない方が良いのだろう。
そう考えると、「脱炭素」なんてチマチマしたことを考えても仕方ないし、もはや開き直るしかないという気がしてならない。
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