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「人間専用の職種」について

1. ゲイツの奇妙な危機感

マイクロソフト共同創業者のビル・ゲイツが、自身のウェブサイトで興味深い提案を行った。AIの急速な普及に伴う大量失業を回避するため、あえてAIを導入させない「人間専用の職種(Human Reserved)」を創設し、保護区のように設定すべきだという主張である。

市場経済にそのまま委ねていれば、企業は人件費削減と効率化のために雪崩を打ってAIへの代替を進める。その結果、良質な雇用は失われ、富の配分は一握りの資本家に集中してしまう。だからこそ、AIの利用量(トークン)やロボットそのものに税を課し、雇用の代替速度を人為的にコントロールすべきだというわけだ。

かつてテクノロジーの進歩を誰よりも肯定し、情報革命の先頭を走ってきた男が、ここへ来て「市場原理にブレーキをかけ、人間の仕事を囲い込め」と国家の介入を促している。この一見すると後ろ向きにも映る提言の背後には、彼が現在の技術の進展速度と社会構造の歪みに、底知れぬ危険を察知している現実がある。

ゲイツが「人間専用」の対象として挙げた領域は、大きく二つに分かれる。 1つは、高齢者介護や医療のように、人間特有の感情のやり取りやケアそのものが価値を持つ分野である。
もう1つは、転職や再教育が極めて困難な専門技能職である。

前者の対人ケアについては、どれほど物理的な作業をこなすロボットが進化しようとも、「生身の人間に見守られたい、触れ合いたい」と願う需要は根強く残るだろう。特に相応の対価を支払える層にとっては、人間の手によるサービスそのものが贅沢品として存続するため、職種そのものが丸ごと消滅する事態には至りにくい。

問題は後者の「専門技能職」である。ゲイツの言葉の奥底にある意図を掘り下げていくと、これは単なる一部の職人の保護にとどまらず、知的労働に従事するホワイトカラー全般が直面する構造的な危機に直結していることが見えてくる。

2. ローマの自作農と重なる市場の力学

この構図を眺めていて思い起こされるのは、古代ローマにおける社会の変質過程である。

カルタゴをはじめとする地中海周辺の征服戦争に勝利したローマには、膨大な戦利品とともに、無数の奴隷が労働力として流入した。人件費も福利厚生も存在せず、権利を一切主張しない無尽蔵の労働力を手に入れた元老院階級などの大土地所有者は、それらを使役して大農園(ラティフンディウム)を経営し、圧倒的な低コストでオリーブやブドウ、穀物を生産した。

その結果として起きたのが、ローマ社会の屋台骨であった自作農民の没落である。

兵役の義務を果たし、自らの身体で農地を耕していた中産層の市民は、奴隷労働による安価な農作物に太刀打ちできず、次々と農地を手放した。職を失った彼らは都市ローマへと流れ込み、無産市民(プロレタリアート)へと転落していった。

市場経済の冷徹な効率性だけを見れば、低コストな奴隷を使って生産性を最大化することは合理的である。しかし、その合理性がもたらした結末は、国家の基盤たる健全な中間層の壊滅と、一握りの特権階級への富の集中であった。

ゲイツがAIやロボットの普及に対して鳴らしている警鐘は、まさにこの歴史の再現への恐れに他ならない。 企業にとって、24時間稼働し、不平を言わず、社会保険料も退職金も不要なAIは、かつての奴隷労働以上に都合のよい存在である。放っておけば、市場の力学は人間の労働者を容赦なく駆逐する。

ローマでは、没落した市民の不満を抑え込み、暴動を防ぐために、支配層から無償の食料と見世物が与えられた。いわゆる「パンとサーカス」である。

現代の議論に引き付ければ、富の偏在を前提として配られるベーシックインカムは「パン」であり、AIが際限なく生成する安価なデジタルコンテンツや娯楽は「サーカス」そのものであろう。だが、それらは社会の破綻を先送りする対症療法に過ぎず、市民が労働を通じて社会に参画し、誇りを保つための根本的な解決にはならない。

ゲイツがあえて「AI課税」や「人間専用の保護区」という、いささか強引な制度介入を口にするのは、市場の効率性にすべてを任せた先にある社会の自壊を、歴史の教訓から直感しているからに違いない。

3. 抜け落ちる「下積み」の梯子

しかも、現代のAIがもたらす地殻変動は、古代ローマの奴隷制よりもさらに過酷な側面を備えている。 それは、まず頭脳労働の領域から代替が始まっているという点と、その進行速度が人間の世代交代のサイクルをはるかに上回っているという点である。

法律家、医師、公認会計士、経営コンサルタントといった高度専門職を考えてみる。

これらの職種は、最終的な判断を下し、法的・社会的な責任(アカウンタビリティ)を引き受ける主体が人間でなければならないため、仕事そのものが完全に機械へ丸投げされることはない。法廷で責任を問われ、損害賠償を背負うのはAIではなく人間であるからだ。

しかし、責任を負う最終判断者が残るからといって、雇用が安泰であることを意味しない。 判例の検索、契約書の精査、証拠資料の分析、カルテの要約、論文リサーチ、財務データの集計といった「下準備や調査の作業」は、すでにAIが人間以上の精度と速度で処理し始めている。

これまでの専門職は、ピラミッド型の組織構造によって成り立っていた。

ひと握りのパートナーやベテラン医師の下に、大勢の若手や見習いが配置され、彼らが膨大な下積みの作業をこなす。その過程で失敗を経験し、先輩に手入れを受け、現場の空気や暗黙知を身体に染み込ませることで、10年、15年の歳月をかけて「判断のできる一人前の専門家」へと育っていった。

だが、AIが優秀なアシスタントとして下準備を完璧に仕上げてしまうなら、経営陣にとって未熟な若手を多大なコストをかけて雇い、教育する経済的合理性は完全に消滅する。

結果として、専門職の育成システムから「下積みの梯子」の最初の数段が完全に切り落とされる。

現場で泥臭く手を動かし、試行錯誤を重ねる機会を奪われた若者は、いかにして将来の責任ある判断力を養えばよいのだろうか。最初から完成された構想力や大局観を備えたごく一部の天才を除けば、凡百の人間が努力と経験の積み重ねによって専門家へ這い上がる道は、極めて狭いものにならざるを得ない。

4. 技能継承者の選抜とホワイトカラーの余剰化

この「育成の梯子の消失」は、専門職に限らず、企業の企画、マーケティング、営業、ソフトウェア開発といったホワイトカラー全般に波及する。 定型的な事務処理や仕様書通りの作業、初級から中級レベルの調整業務がAIに吸い上げられた結果、組織のあり方は大きく変わらざるを得ない。

企業が将来の幹部や意思決定者を絶やさないためには、ごく初期の段階で「技能の継承者」となり得る素質を持った人間を厳選し、特権的な枠組みで育てるしかなくなる。

それはあたかも、絶滅危惧種の血統を守るための保護飼育に近い。

かつての徒弟制のように、若くして見込みのある者だけが経営陣の直下に置かれ、AIを介さない生の交渉や修羅場の意思決定を間近で観察させる「かばん持ち」のような形で、暗黙知が引き継がれていく。

猿山のボス猿が、自らの後継者を早期選抜して、手ずから育成するような感じであろうか。

群れを統率する力、外敵との衝突に際して引かない度胸、内部の不満を抑え込む睨みの利かせ方といった資質は、教科書やマニュアルで教えられるものではない。ボスの傍らに控え、その一挙手一投足を肌で感じ取ることでしか継承されない性質のものである。

そうした特権的な後継者枠から外れた大多数の一般的なホワイトカラーは、過酷な現実に直面する。 これまで「そこそこの学歴を持ち、真面目に定型実務をこなすこと」で得られていた安定した地位や処遇は崩れ去る。

AIに指示を出して定型業務を回すだけの要員は、代替が容易であるために買い叩かれ、あぶれた人々は生身の身体を使わざるを得ない現場作業や対人サービス業へと押し出されていく。

労働市場全体でホワイトカラーの余剰化が進み、押し出された先でも人余りが起きれば、社会全体の賃金水準に強い下押し圧力がかかる。知性と努力が中流への確実な切符であった時代は、終わりを告げようとしている。

5. 新たな階層固定の足音

この選別構造が定着した先に待っているのは、幼少期からの環境格差に基づいた、極めて強固な階層の固定化である。

知識の暗記や論理的な文章作成といった能力がAIによって平準化された世界において、人間側に求められるのは「不確実性への耐性」「生身の人間を動かす胆力」「複雑な利害をまとめ上げる調整力」といった非認知能力である。

そしてこれらの能力は、成人してからの机上の詰め込み教育で身につくものではなく、幼少期にどのような家庭環境で育ち、どのような大人たちの振る舞いを見て育ったかという、生育環境や文化資本に大きく依存する。

かつての学歴社会であれば、地方の普通の家庭に生まれた子供であっても、受験勉強という公平なルールの中で結果を出し、難関資格を取得して下積みを経ることで、自力で階層を駆け上がることができた。

しかし、下積みの機会そのものが消失し、最初から「ボスの器」を持つ者だけが選別される世界では、幼少期から英才教育を施され、親の世代から統治や経営の暗黙知を家庭内で吸収してきた特権層の子弟が圧倒的に有利になる。

それは、幼少期から弁論術や哲学を学び、父祖の政務に同行して帝国の統治手法を身につけていた古代ローマの元老院階級が、一般市民の登れない「名誉の階梯」を独占していた構造と何ら変わらない。

努力によって誰もが上を目指せるという近代社会の前提が剥ぎ取られ、生産手段たるAIと資本を握るごく少数の統治者階層と、AIに管理されながら給付と娯楽を受け取って日々を過ごす大多数の平民層という、新しい身分制社会のような構図が浮かび上がってくる。

ゲイツが「人間専用の職種」といういささか人工的で不自然な枠組みを提案した背景には、市場原理の暴走がもたらす単なる失業問題を超えて、人類が数百年かけて築き上げてきた流動的で公正な社会構造そのものが解体されていくことへの、深い危機感が横たわっているように思われるのだ。


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