見出し画像

「太湖石」の話

中国の庭園を巡ると、巨大な軽石のような一種独特の形状をした奇石をよく見かけます。

これは「太湖石」と呼ばれる石灰岩で、もとは、太湖(江蘇省と浙江省の境にある大きな湖)の水底、あるいは太湖周辺の丘陵から産出されました。

数千年の長い年月にわたって湖水や風雨の浸食を受けて、複雑でユニークな形を成すに至っています。

蘇州・獅子林の太湖石

太湖石を鑑賞する上で、その造形の美しさの条件として、

「痩」:ほっそりとして引き締まった骨格であること
「透」:穴が貫通していて、風・光が通り抜けること
「漏」:雨の日には穴から滑らかに水が漏れ出すこと
「皺」:表面に無数のシワや凹凸が刻まれていること

という4つの着眼点があるとされています。

江南地方(上海・江蘇省・浙江省など)が太湖石の本場とされ、「玉玲瓏」(上海市・豫園)、「冠雲峰」(蘇州市・留園)、皺雲峰(杭州市・西湖)が「江南三大名石」に数えられています。

玉玲瓏
冠雲峰
皺雲峰

太湖石は、古来、とりわけ権力者、富豪、知識人らが珍重してきました。

「風流天子」と称され、文人・画人でもあった北宋の第八代皇帝徽宗は、都汴京(今の河南省開封市)に庭園を造営するために、南方から大量の太湖石を都に運び込みました。

船団を組んで巨大な石を水路で運んだため、途中の橋を壊して進むこともあったと言います。

歴代の文人に「石マニア」で知られる者は数多くいますが、なかでも北宋の米芾べいふつがその代表的人物です。

無為軍(今の安徽省内)の長官として赴任した際、役所の巨大な太湖石を見て、袍笏(朝廷に出仕する礼装)を身に着けて拝み、「石丈」(石の爺様)と呼んだという逸話が伝わっています。

「米顛拝石図」

太湖石の魅力は、山の峰々を象ったような石全体の形状と、その表面に開いている無数の洞窟のような穴の存在にあります。

中国人が太湖石を愛好するのは、彼ら特有の審美観によるものですが、造形美のみでなく、太湖石の持つ宗教的な象徴性が作用しています。

道教では、洞窟を1個の宇宙に見立てます。穴の中を進んだ先に「洞天」という別世界が広がっているとされているのです。

無限の空間であると同時に閉ざされた空間でもあるという洞天の宇宙は、茫漠とした闇の広がりでありかつ閉鎖的な内部空間でもある洞窟のイメージに似ています。

太湖石は、自然景観のミニチュアであること以上に、こうした道教的な宇宙空間を象徴するものなのです。

中国の士大夫たちは、大きなものは庭に、小さなものは机辺に置くことによって、峨々たる山岳や幽邃な巌穴に思いを馳せるとともに、みずからの日常生活を洞天化しようとした。
       (三浦国雄「洞庭湖と洞庭山」『中国人のトポス』平凡社)

グロテスクな軽石の化け物のようにも見える太湖石は、実は道教的な世界を具現した神秘的で奥深い「自然の芸術品」なのです。



いいなと思ったら応援しよう!