また同じことをやっているようです
振り返ってみれば、私は昔から二輪車で冒険することが好きだったようです。
「人生には冒険が必要だ」
なんて立派なことを考えていたわけではありません。
ただ、
「行ってみたい」
と思ったら行ってみる。
そして実際に行ってみると、必ず何かが起きる。
今になって昔の写真を見返していたら、
「あれ‥‥ずっと同じことをやっている」
と気づきました。
小学6年生、大海原へ
私が最初に一人でバイクに乗ったのは、小学生の時でした。
祖父が乗っていたスズキK90。
小学4年生から祖父に操作を教えてもらい、庭を八の字に回って練習していました。
そして6年生になったある日。
祖父からヘルメットを渡され、
「気をつけて行ってこい」
と送り出されました。
服装は、胸に祖父の名前が刺繍された作業着でした(笑)。
あの日の感覚は、今でもはっきり覚えています。
自分一人でバイクに乗って、家から外の道へ出ていく。
小学生の私には、それがまるで大海原へ出ていくような感じでした。
中学生、自転車で日光を目指す
中学生になると自転車に燃えました。
群馬の自宅から日光まで行ってみようと‥‥。
片道、およそ100km。
金精峠を越え、いろは坂を走るルートです。
最初の挑戦は、10kmくらいで断念。
2回目も30kmくらいで断念。
当時乗っていたのは、クルマのシフトレバーみたいな変速機が付いた5段変速の自転車でした。
「それで日光はさすがに無理だろう」
と言われた記憶があります。
確かにそうかもしれません(笑)。
それでも3回目。
部活動で体力もついており、友人に18段切替のドロップハンドル車を借りて、おにぎりを持って出かけました。
今度は金精峠を越えました。
さらに、いろは坂も足をつかずに登り切りました。
そのまま日光を越えて、鬼怒川温泉まで。
ところが宿がどこも中学生には高い。
少し戻って、素泊まり3000円ほどの温泉宿に滑り込みました。
「温泉だ!」
と喜んだものの、お湯が熱すぎて足先も入れませんでした😭
帰りの金精峠では、下りの途中でリヤブレーキのワイヤが切れました😭
それでもなんとか無事に帰宅。
3回目にして、ようやく達成したのでした。
50ccスクーター5台で海へ
高専生になるとバイク仲間ができました。
私のスズキ・アドレスをはじめ、JOGやDIOなど、
50ccスクーター5台、男5人。
海へ行くことにしました。
テント、ガスコンロ、そのほか必要なものを5台に分担して積んで出発。
途中、湖にも寄りました。
そして、定員4人のスワンボートに5人で乗ります。

なぜ乗ったのかは覚えていません(笑)。
‥‥海へ着くと、叔父から借りた古いオレンジ色のテントを砂浜に張りました。
男5人、密着してバタンキューです。

ところが夜‥‥
強風でテントが倒壊。
真っ暗な中、全員で飛び起きてやりなおし(笑)。
でも、こういうことほど、何十年経っても覚えているものです。
北海道へ食べに行く
大学時代には、友人と大型バイクで北海道へ行きました。
期間は2週間。
アルバイトで貯めたお金を持って出発しました。
宿泊費はなるべく節約。
そのかわり、食べるものには使いました。
ウニ丼。
ジンギスカン。
そして、6000円ほどした大きなカニ。
二人で食べ切った後、大きな殻を頭に被って写真を撮りました。
青春ですね(笑)。
走って、食べて、キャンプして。
帰りは釧路から東京行きのフェリーに乗りました。
船内の食堂でピラフを食べて、財布を見ると、
残金714円。
アルバイトでせっせと貯めたお金は、ほぼ北海道に置いてきました。
そして、また始まった
その後、仕事をして、結婚して、子どもも生まれました。
昔のように、
「ちょっと行ってみよう」
と、そのままどこかへ出かけることも少なくなりました。
それが普通だと思っていました。
ところが52歳になって、HRC GROMでレースを始めました。
初めてのサーキットへ行く。
バイクを積んで遠くのサーキットに遠征する。
仲間と耐久レースに出る。
雨の鈴鹿を走る。
トラブルが起きれば、みんなで何とかする。
そして、無事に帰ってくる。
そんなことを繰り返しているうちに、ふと思いました。
「あれ‥‥また同じことをやってるな(笑)」

小学6年生でK90で走り出し、
そして今は、HRC GROMでサーキットを走っています。
乗っているものも、着ているものも、ずいぶん変わりました。
でも、
「行ったことのないところへ行ってみたい」
「やったことのないことをやってみたい」
というところは、あまり変わっていないようです。
52歳になって、また冒険を始めるとは思ってもいませんでした。
でも、考えてみれば、
新しく始めたというより、
昔から好きだったことを、また始めただけのようです。
この癖は一生治らないんでしょうね😊
