選挙なんて要らないよ その69(内閣法❓)その6
内閣選抜選挙をしないとね、今のところ僕しか適格者はいなくても
📒空の玉座と骨太台本
序幕:内閣法の騎士、語る
我こそは内閣法の騎士。
明治以来、この國の統治を縛り、追認を強いてきた者。
官僚機構が描いた勅を、天皇の名のもとに下させたのは我だ。
天皇など道具にすぎぬ。
官僚の書いた文字を「御名御璽」で飾り、
大臣どもに膝を折らせる仕組みを守ってきたのは、我が鎖だ。
敗戦の後、我が盟主『國際金融資本』は天皇から、「内閣」に掛け替えた。
我は、旧内閣法から改造を受け、盟主から受けた使命を変わらす護っている。
勅の代わりに閣議決定を用意し、
官僚機構の台本を必ず表の決定へと仕立て上げてきた。
小泉改革の時代、官僚機構は「骨太の方針」とともに表舞台へ躍り出た。
裏と表の区別はもはやない。
だが、誰が表に立とうとも、追認の儀式を強いるのは、我だ。
この構造を見抜ける者は、唯一、我を知る者だけ。
我を理解、――すなわち内閣法を学び、
その呪縛を読み解いた者だけが、この真実を知ることができる。
他のすべてはただ幻影を見上げ、
舞台に喝采を送る観客に過ぎぬのだ。

第一幕:閣議決定──追認の儀式
広間の奥。
玉座に座すのは「官僚機構という仮初の王」。
その前に大臣たちが一列に並び、静かに頭を垂れる。
合図とともに――始まる。
「全会一致」
それは、この儀式を縛る絶対の掟。
一人でも「反対」を口にすれば、儀式は成り立たぬ。
だから誰も逆らえぬのだ。
読み上げる文言はすでに決まっている。
霞が関で官僚が書き上げたシナリオ。
閣議とは、その追認を「政府の最高意思決定」と装うための舞台にすぎぬのだ。
大臣たちはただ、賛成票を上げるだけ、
そもそも、法的リテラシーがないのだから、
我の木偶に過ぎない
内閣法の騎士は笑う。
「見よ。これが全会一致の力だ。
異議を封じ、官僚の文字を“政府の決定”へと塗り替える儀式。
これこそ我が使命の証よ。」
そして外の世界へ、メディアの騎士が盛大に宣言する。
「政府の閣議決定!」
新聞の大見出し、テレビの速報テロップ。
國民はそれを“政治が動いた証”だと信じる込む。
しかし、その偽装も
小泉改革で露見してしまったがな、
法を知らぬ愚民には、それに気付きもしていない
(内閣法の騎士の苦笑)
① 閣議決定って何?──全会一致の“追認マシーン”
📘 法的根拠:内閣法 第4条第1項
内閣の会議(閣議)は、内閣総理大臣及びすべての國務大臣の出席をもって開かれ、閣議の議事は全会一致をもって決する。
📖 解説:
この条文が、閣議とは全会一致という形式を制度化している核心部分となる。
反対が一人でもいれば決定は成立しないため、事前に水面下で全ての調整が終わっており、実際の閣議は「追認の儀式」になりがちとなる。
また、「閣議決定」は法的拘束力を持たない一方、メディアによる報道を通じて、あたかも「國家としての決定」であるかのように扱われる傾向が強まっており、ここにも制度と現実の乖離が見られる。
第二幕:予算会議──財務省の骨太台本
次なる舞台は「予算会議」。
國民は誰もその中身を理解していないし、興味もない
彼ら愚民が望むのは、野党による与党の追及劇
だから壇上に広げられる巨大な巻物――「骨太の方針」は、
財務省には、それも甘味した脚本を用意させている。
各省庁は「要望係」。
大臣は「説明係」。
そして財務省が絶対の裁定者。
受け側の配役は、割り振られている。
そして、この劇中の主役である、「野党」となる。
彼らは声を張り上げ、政府を追及しているつもりだろうが、
それら全てが、脚本内のあらかじめ用意した台詞に過ぎないのだ。
唯一、脚本に従わないのは日本共産党ぐらいだが、
彼らの追及は、メディアの騎士が全てフィルターを付けている。
つまり、無きも同様の存在なので、
芝居信仰の妨げにもなりはせぬ
メディアの騎士が流す、この与野党の議論という寸劇を
馬鹿なインフルエンサーが拡散し、
寝ている議員を中傷するなど
どうでもいいことを議論してくれる
本来、議員の仕事は主権主権者の声を聴き、
これを法案に代筆して起案することにある。
しかし、我々のこの三文芝居の中で、
議員は無能化し、本来の仕事を全うできるものなどいないのだ
そして、閣議決定した内容を、
結果として予算会議は可決するしかないという筋書き通りに進むのだ
② 予算会議は誰が考えるの?──台本は財務省と官邸でできている
📘 法的根拠:
内閣法 第6条
内閣総理大臣は、内閣の方針に従い、國務大臣に対し所管事務を統轄させる。國会法 第29条
政府は、毎会計年度、予算を國会に提出し、その審議を受けなければならない。
📖 解説:
理論上は、内閣主導で方針が決まり、各省庁がそれに従って予算を要望し、國会が審議するという仕組みである。
しかし実態としては、財務省が最も強い裁量権を持ち、「骨太の方針」(経済財政諮問会議)を基盤とする予算案が実質的な「上意下達」で各省に割り振られていく。
政治家(特に各省の大臣)は、説明役に過ぎず、根本的な方向性は官邸と財務省の連携で決定されるのが通例となっている。
③ 野党って何しているの?──“反対のための反対”になってないか
📘 法的根拠:
國会法 第57条
議員は自由に発言する権利を有するが、議事運営上の制限を受ける。國会法 第51条
発言時間その他の手続については、議長が定める。
📖 解説:
野党は憲法上・制度上は政府を監視し、予算案や法案を精査する役割を持ってるが、実際にはその修正力が限定的である。
予算案提出権は政府にしかなく、國会審議の大半は「官僚が用意した答弁の引き出し」に終始しがちである。
また、発言時間や質問の順番などは与党主導でコントロールされるため、「審議の構造上の制限」も深刻である。
その結果、政策論争が形式化・紙芝居化し、「与党内の実質審議」にすらアクセスできない野党が「追及ごっこ」に堕する構造が生じている。
終幕:支配のレイヤー
舞台の奥に、玉座はある。
だが、そこには誰も座ってはいない。
光と影が形作る虚像――それが「官僚王」。
國民はその幻影を“権力者”と思い込み、拍手を送っている。
だが、舞台を本当に支配するのは四人の騎士である。
Frontend──メディアの騎士
「我はUI。
國民が体感するものは、我が作りし幻影。
閣議決定も、論戦も、予算案も、
全てを“見やすく”編集し、虚実を変えて伝えている。
愚民よ、そなたらが信じる現実は、我が描いた演目に過ぎぬ。」
Backend──三人の法の騎士
公職選挙法の騎士:
「我は選挙を司る者。
票で民意を封じ、政治批判をガス抜きする。
政権交代など舞台演出の一部に過ぎぬ。」
國会法の騎士:
「我は議場のフレームワーク。
議題を制御し、時間を切断し、発言を遮断する。
いかなる叫びも、このコードの外には響かぬ。」
内閣法の騎士:
「我は意思決定のプロセス。
全会一致というアルゴリズムで、官僚の文言を“政府の決定”に変換する。
反対は存在せぬ。合意だけが処理される。」
(四人は声を重ねる。)
「我らは支配のシステム。
Frontendは幻影を映し、
Backendは不死のコードを回し続ける。
この空の玉座を実と見せ、この経済植民地を我らのレイヤーで支配し続けているのだ。」
舞台が暗転する。
そのさらに上位――見えざるシステム設計者の影が、静かに差し込む。
“國際金融資本”。
これぞ、我らの盟主なり
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