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nsachy
原古事記とカタカムナ
楢崎先生は、その資料で驚くべきことを書いている。
そもそも、古事記とは、
712年 太安万侶によって編纂された。
古事記によると、古事記編纂の勅命が出たのは、711年9月。
そして、できたのは712年1月。
なんと、4ヶ月でできた。
こんなことはあり得ないのは誰でもわかる。
つまり、太安万侶は、その元となるものを整理しただけということになる。
では、その元になったものとは?
天武天皇が、稗田阿礼に命じて編纂したものです。 それは、奇妙なことに、書物としては残っていない。
古事記の記述によれば、天武天皇が「帝紀、旧辞」をあらためるよう稗田阿礼に指示したとあります。
「帝紀」というのは、天皇家の歴史書です。
「旧辞」というのは、古文書です。
つまり、天武天皇は、それまでの日本の歴史書を全て、葬り去ったということになります。
天武天皇は、ほんと、ひどいことをしたもんです。それらが残っていれば、私たちは、弥生時代、縄文時代の面影を感じることができたはずです。
そして、それを踏まえ、楢崎先生は、
「間違いなく、古事記の元になる原古事記の存在があった。 そして、それはカタカムナ文字で書かれており、それを天智天皇は読むことができた。
稗田阿礼が読み解いたのは、カタカムナ文字ということになる。」
稗田阿礼が、原古事記のカタカムナ文字を漢字に当てはめた。
それを、太安万侶が最終チェックした。
梅原猛は、原古事記の存在を認め、なおかつ、稗田阿礼は藤原不比等ではないか?
とも言っています。(余談ですが)
天智天皇〜天武天皇
藤原鎌足〜藤原不比等
いったい、何があったのか?
興味津々。
