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「手術を楽しみましょう」30年1つの技術を極めた医師に学んだ。指名を握り続けるための「愛」と「接客の本質」


東京の辺境で出会った「唯一無二の職人」


先日、母の手術の立ち合いをしてきた。
命に関わるような大層な手術ではない。
しかし日本国内でその手術を執刀できる医師が
極めて限られているらしく
「東京のあの先生のところに行くしかない」と
いうことで地方の田舎から
わざわざ上京してくることになった。


鴨なすの住まいは新宿区。
新宿に住んでいて交通の便で
困ることなど滅多にない。

だから「東京なら立ち会ってあげるよ」と
自ら手を挙げた。
てっきり都心のアクセスが
良い場所を想像していた。


しかし指定された病院は同じ東京とはいえ
駅からさらにバスに揺られて進まなければ
辿り着けないようなお世辞にも便利とは
言えない場所にあった。


その隠れ家のような専門病院の存在に
行く前から少しめんどくささと興味が湧いた。



なぜそんな場所に人が全国から集まるのか。
理由はシンプルだ。

そこにしかその技術を持つ「職人」が
いないからだったから。

この時点で私はすでに一つの予感を感じていた。
「利便性が悪くてもわざわざ人が足を運ぶ場所
には絶対に他で代替できない価値がある」
ということ。

これはあらゆるビジネス、
そして私がこれから語る「接客業」の
本質にも深く繋がっている。




違和感だらけのスケジュール


病院から前もって送られてきた
スケジュールを見た時強烈な違和感を覚えた。


朝8:00〜手術説明
朝10:00〜手術開始


「……ん?
手術説明から開始まで2時間も空いているの?」


今回の手術は脳神経をいじるものだ。
「脳」と聞くと多くの人は
「一歩間違えれば命の危険があるのでは」
「重大な後遺症が残るのでは」
と身構えるかもしれない。


けど今回の手術は傷口は
直径わずか1センチ程度。

内視鏡などを駆使する最先端な術式で
終わればすぐに麻酔から覚め
その日のうちに一般病棟に歩いて戻れるほど
体への負担が少ないものだと聞いていた。

実際の執刀時間はたったの1時間。


命に関わる大手術や何が起こるか
分からない未知のオペであれば、
術前に長時間のディスカッションや
説明を設けるのは理解できる。


しかしたった1時間で終わる安全性が
確立されたルーティンワークのような手術に
なぜわざわざ朝の8時から拘束され、
2時間近くも待たされるのだろうか。

この疑問は病院の扉を開け、
主治医と対面した瞬間に
全く予期せぬ形で解き明かされることになった。



「手術を楽しみましょう」という魔法の言葉と圧倒的な熱量


朝8時、
誰もいない冷んやりとした説明室に現れたのは
その道を30年間突き詰めてきたという
ベテランの職人医師だった。


挨拶もそこそこに、
先生が口にした第一声が私の脳をフリーズさせた。



「今回の手術、せっかくだから楽しみましょうね」



……んんん???
楽しむ???
どこをどう楽しむ???


私自身、楽観主義だからヘラヘラしてるし
手術も全く緊張はしないが
本来手術って恐怖を乗り越えて
「耐えるもの」とか
「無事に終わるのを祈るもの」じゃないの???



私の頭の中は疑問符で埋め尽くされた。
当事者である母も一瞬ポカンとしている。

しかしそこから始まった
「90分間」の長い長い説明の中で
私はその「楽しむ」という言葉の裏にある
とてつもない魔法の正体を知ることになる。



全身麻酔の説明が40分。
私は過去に全身麻酔の経験があり、
一般的な説明の長さは知っている
つもりだったがこれほど細かくかつ
「なぜその薬を使うのか」
「麻酔が切れる時脳はどう反応するのか」
といった知的好奇心を刺激するような
レベルで話されたのは初めてだった。


そして
主治医による今回の手術自体の説明が50分。
私は事前にその手術に関する論文を読み込み、
それなりに仕組みを理解して臨んでいた。
だから、説明は10分程度で
「はい分かりました。お願いします」と
言えて、終わるものだと思っていた。



しかし、先生は違った。



50分間、ノンストップで喋り続けたのだ。

手術時間は1時間。
実際に手を動かして治療する時間と
ほぼ同じだけの時間を
「目の前の患者と家族への説明」に
費やしていたのである。


その50分間、
先生の話に退屈する瞬間は1秒もなかった。

30年間
毎日毎日同じ手術を請け負ってきた
その医師はとにかく細かなエビデンスを示し、
合間に絶妙なジョークを交え、
そして発生し得るリスクを包み隠さず
オープンにしながら語り続けた。



その時、私はハッと気付いた。

「あ、この人本当にこの手術が好きなんだ。この仕事を心から愛しているんだ」と。


先生は明らかに声のハリも、目の輝きも、
表情の豊かさも違っていた。

自分が30年間磨き上げてきた
技術への絶対的な自信。
それと同時に100%の安全など
存在しない医療の世界において、
過去に自分が経験したニッチな失敗談や
イレギュラーな症例さえも隠さずに
開示する誠実さ。



「この手術はね、ここをこう通す時が一番綺麗にいくんですよ。面白いでしょう?」



人間の脳みその模型をこねくり回しながら、
笑顔でそう語る先生の姿はおもちゃを
手に入れた少年のようであった。



恐怖の対象だと思っていた「手術」が
先生の圧倒的な熱量と愛によって、
最高峰の職人技を見届けるエンターテインメント
のような感覚にすら変わっていく。


これが、先生の言っていた
「楽しみましょう」の正体だったのだ。
張り詰めていた母の表情が見る見るうちに
安心感と信頼感で満たされていくのが分かった。



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