ゼミ選びの学生さん江:「社会の役に立つ人になれる」上久保ゼミの超実践的プログラムを教えます。
10月27日(月)、立命館大学政策科学部では
「ゼミフェスタ」
という、ゼミ選びをする2回生の学生向けのイベントが行われた。
学生によるゼミの説明、質疑応答が一通り終わった後、私が登場し(笑)、若干の補足をした。
私が言いたいことは2つ。
1つは、とにかく1回、ゼミを見学に来てほしい。
このゼミはガチだとか、先生が怖いとか(笑)、そんな話を聞いて、見もしない、近寄りもしない学生がなんと多いことか。もったいないことだ。
とにかく、来てみればわかる。ゼミ生たちが、どれだけ楽しく、にぎやかに学んでいるかがわかる。
大学の授業とかで、みんなが楽しく、にぎやかに学んでいる姿をみたことがあるか?ないでしょ。このゼミで、それをみせてあげる。
本当の楽しさとは、酒飲んでにぎやかにやって、明日の朝起きたら、あれはなんだったの、みたいなものじゃない。
本当の楽しさとは、自分がよくなっている、成長している、ということを実感して生きていくこと。それを見せる。学びの本当の楽しさを教えます。
もう1つは、このゼミのプログラムがいかに実践的かを説明する。
私は、大学院生も多数指導してるけど、このゼミは学部生対象。学部生の多くは、卒業して就職して社会に出る。だから、ベーシック、それに役に立つプログラムです。
まず、研究書評。
毎週1冊、論文か書籍を読み、書評を書き、発表する。
多読を通じて、まず「モノシリ」になる。人はなぜ、日常の生活や仕事において、自信を持てないのだろう。それは、知識がないからではないでしょうか。
多くのことを知らない、わからないから、不安になる。怖くなる、自信がなくなるのではないか?
本・論文をたくさん読み込み、多くのことを知れば、どんなことが起こっても、どうしたらいいか対応できるようになっていく。
また、本・論文を読むことは、著者の人生を知ることであり、その本・論文に登場する人たちの人生を知ることになる。自分一人で経験するよりも、何十倍、何百倍の人の経験を自分のものにすることができるのだ。
こうして「モノシリ」になれば、人生を歩むことに自信がついてくる。人格も成長していくことになる。いろんなことを知れば、頭の中も変わるからだ。頭で考えていることが変われば、人格も変わっていくことになる。
そして、なにより大事なことは、「モノシリ」になるのに、才能はいらない。コツコツ読んで学んでいけば、誰でもなれる。
よく、自分を変えたい、成長したいという人がいるが、スキル・テクニックの習い事よりも、学問をするほうがいい。私は英国でいろんなことを学び、考え方が変わり、人間性も変わりました。
クリティカルアナリティクス。
CAの動画です。
経済の最も基本的な原理の1つは、
「人が困っていることになにかすれば、対価をもらえる」
ということだ。これは、どんな仕事でも同じ。古代からある、基本的な原理。困ったいることを助ける商品、アイディア、支援などを提示するからお金がもらえる。
つまり、困っていること、つまり「問題を発見する」ことは、社会に出て食べていくための根本的に大事なことだということだ。
問題を発見するには、物事を「批判的に検証」できることが重要だ。
だから、「1人対全員」という独特の形式で行うディベート・トレーニング法を導入し、「批判的分析力」を磨く。
ルールは1つ。「立論者(1人)と討論者(全員)は絶対に同意してはいけない」ことだ。
このトレーニングを継続的に行うことで、様々な「競争力」が身に着く。なによりもまず、様々な政策課題について多角的な議論を行うことで、理解を深めることができる。
次に、立論者としてありとあらゆる批判に耐えて、それを打ち返す議論ができる「圧倒的な知的体力」。
また、討論者になることで、日本人が弱いとされる「質問力」も身に着いていきます。立論に対して、ありとあらゆる角度からの検証を行うことで、「批判的思考力」「多様なものの見方」が着く。
現代社会で必要とされる「コミュニケーション能力」「ネットワークを築く能力」が身に着く。コミュニケーションの基本は、相手に関心を示すこと。高い質問力を持てば、相手に「興味を持ってくれてるんだな」と好意的に受け止められて、コミュニケーションの機会を広げることができるようになる。
そして、このトレーニング法を続ければ「優しい人間」になれる。メンバーは誰でも一度は「討論者」になり、全員からの批判に耐えないといけない。本当に大変なことを、みんなが経験することで、相手の立場を思いやることができるようになる。また、社会問題には、本当にいろんな立場、いろんな考え方、意見、主張が存在することを身をもって知ることになる。それは、社会にはさまざまな人がいることを知ることにつながります。さまざまな人がいることを知れば、ヘイトな発言など絶対にしてはいけないということを知ることになる。
つまり、クリティカル・アナリティクス(CA)は、単なるディベート・トレーニングにとどまらず、社会で生きていくために根本的に必要な「批判」し「問題を見つける」能力を習得し、その上で、多文化共生社会によりよく生きる人間を育成するトレーニング法でもある。
個人研究
これは、実際の社会に役立つトレーニングと考えた場合、問題を発見した後、それを解決してお金をもらえる「商品」を作る訓練をしてみるということだ。
ゼミ生が 1人で研究テーマを設定して調査し、研究発表を行う。それをゼミ生同士が批評し合って、レベルを高めていきます。
The Guardian書評
私が学生時代、「高級紙」を毎日読めば、本を何百冊を読むのと同じだけの知識量や考察力が身に着くと教わった。それを、英国の高級紙を使って行う。
元々、英語力の4技能(話す、聴く、読む、書く)のうち、「読む」に集中して強化するプログラムとして考えられた。というのは、この4技能のうち、一番基本的で大切なのは「読む」だからだ。読めれば、話す、書く、聴くはついてくるものだ。
また、「読む」ことは、他の技能に比べて才能や、生まれ育った環境に左右されず、誰でも身に着けられるものだということも重要だ。
ただし、これを始めたのが2020年だったのだけど、当時とは状況が変わってしまった。コロナ禍の副産物・テクノロジーの進化の一部だろうが、翻訳のテクノロジーがすごく進化している。
結果として、「読む」というだけだと、翻訳機で済んでしまうのではないかという状況になった。
翻訳機を使って、できるだけ大量の英文を、すばやく処理できるようになるならば、それはスキルであって、その先を目指してもいいのではないかということになってきた。
つまり、英国の高級紙を使いながら、情報収集・分析を行い、洋書100冊以上を読む情報力を身に着けるということだ。
以上、上久保ゼミのプログラムをがんばれば、英語での情報収集も含めて「モノシリ」になり「問題を発見」する批判的能力を身に着け、その問題を解決して、お金を稼いで社会で生きていける人間になれるということです。
上久保ゼミの先輩方が、社会で傑出して活躍しているのは、よくご存じのこと思います。
どんな社会に行っても、その社会の一隅を照らす人になる。出世するとかしないとか、地位や名誉があるとかではなく、本当に自分が属した社会や組織で、「大事な時に一番頼りになる」と言われる人になる。
そういう人が育ってほしいと思っています。
