見出し画像

同じ孫なのに?!

かつて長男が5歳ほどの話。

姉には三人の子供がいて、一族が集まることが多かった。
すると私の母は、どういうわけか姉の子どもを優遇した。
お菓子にしても、甥や姪には多く与え、長男には少し。
あるいはあげずに我慢させていた。

同じ孫。
なのに、この差は何なのだろうか?

そこで聞いてみた。

すると、とんでもない答えが返って来た。

母「だって、姉の子は我がままだから。我慢ができないのよ。
お前の子は我慢できるでしょ」

理屈にもなっていない。
なんで我慢ができる方が、我慢しないとならない?
それも小さな子供が。
反論の手段も持たない幼子が!

こんなことが度重なり、嫌気がさした。

その後、元夫の申し出で実家で親と同居することになった。
イヤだなとは思ったが、母は元々私を家に残したかったらしく、同居を喜んだ。

だが、そんな母とうまくいくはずはない。

仕事して帰宅すると、長男の勉強を見つつ夕飯の支度をする。
これがどれほど忙しいことか。
母にも理想があったようで、私が帰宅すると二階に上がってきて、座り込んでは話込む。

その内容は、芸能人のゴシップ。
娘と同居=娘と楽しく話をする、という図式だったのだろう。

暇でいいな、おい!

とは思っても、言えるわけがない。
だが、だんだんとイライラは募り、つい口が開いた。

私「息子の勉強を見るから」

これだけ。
これがせめてもの防衛だった。

ところが母は、

母「だったらいいよ!
こっちは一日中、アンタの帰りを待ってたのに!」

いや、忙しんだって……。
暇なんてもののない私は、母のご機嫌を取ることもできず、怒って退散していく母の背中を見送った。

姉の子どもがわがままなのって、母に似たのではないか?
と、思うほどわがままな人だった。

亡くなって結構経つが、今になって思えば、母はADHDだったのではなかろうか。
いろいろと特性が見えてた。

しかし、当時ADHDなんてメジャーじゃなかったし、私にはそんな知識はなかったし、親にそんな特性があるなんて、考えもしなかった。

そんな母と私は、ぶつかることが多かった。
なるべく穏便に、とは思っても、あまりに酷いとこっちもイライラする。
当然だよね。
だって、人間だもの(あいだみつお)

結局、時には小爆発はするものの、我慢していた私と私の息子は、さらに我慢を覚え、金持ちのところに嫁いだ姉の子どもは我がまま放題。
母は、「姉の為にやってあげればお小遣いをくれるからね」としっかり格差を表明してくれた。

貧乏人と結婚した私は、認められなかったらしい。

全てはそこからだったのかも。

でもさ、貧乏だろうと金持ちだろうと、子供をちゃんと育ててるのに、我慢できるからと差別するって、どこまでもイヤな人だったな。

我が親ながら……。

それでも、娘だけは可愛がってた。
お腹にいたときは、やたらと白い眼で見られてたけど。

いや、出てきてからもそういうところあったんだよな。
娘はなぜか、おばあちゃん大好きだったけど。

大人になった長男がひねくれたのって、子供の頃の差別に原因の一端があるような気がする。

ま、今さらだけどさ。

娘は甘やかすだけ甘やかされ、長男には冷たかった。
そういや、長男が大きくなってから母が言ってたな。

母「男の子は育てたことがないから、怖かった」

なんだそれ?!
怖くても、アナタの孫ですよ!

こうして考えると、もしや私と母って、嫁姑関係だったのかも?
実母でありながら、姑ポジの母。

こんな人もいるんだよなぁ。

振り返る過去って、本当に嫌なことが多いなぁ。
やっぱ、楽しい方がいいよ!
うん! 次の記事は笑える話にしようね~w


※かめママブログ書庫入り口👇

※エッセイ目次


いいなと思ったら応援しよう!