疑問が学びに変わるとき
コンテストのお題ですが、真面目に考えてみようと思います。
とはいっても、真面目に考えるだけで、真面目な文章になるかは、疑問w
さて、「疑問が学びに変わる」とは?
そりゃあ、「これはなに?」って思ったことを調べてみて、「ほうほう、そうか」と納得しないとだよね。
子どもの頃って、疑問が多かったと思う。
ただ、親に聞いても忙しくて、答えてくれなかった。
「調べろ!」と言われるだけだったな。
しかし、だ。
どうやって調べればいいんだよ?!
ネットもなければ、パソコンもない。
わざわざ図書館に行くか?
図書館にたどり着いたころには、もうどうでもよくなってるよw
それに比べて現代は、疑問を持つ子ども側も大人側も、楽だと思う。
子ども「お母さん、〇〇についてだけどー」
親「あー? 忙しいから、AIに聞いて」
聞かれた答えが頭になくても、知識がなくても、分からないことはAIに丸投げしてしまえば親のメンツが保てる。
いい時代だ。
事実私も、娘に聞かれて分からないことは
私「そういうときはAIだよ!」
と元気に答える。
そして調べたことを逆に教えてもらう。
AIさまさまなのだ。
ただ、ここで問題。
人間ってやつは、自分で苦労して調べたことは、忘れないようにメモを取る。
あるいは、覚えておこうと脳が頑張る。
なにせ、調べるのも大変だから。
二度は調べたくない。
ところが、AIに聞くとすぐに忘れるw
なぜって、簡単に調べられるし、忘れたところでまた聞けばいいから。
大きな辞書に付箋つけて、持ち歩いているようなものだ。
ただ、こんな使い方ばかりでは学びにはならないだろうな。
忘れてもすぐ教えてくれるし~、なんて使い方じゃね。
ならば、本当に学びになるのってどういう状態だろうか?
思うに、なんとなく疑問に思っただけではなくて、本気で「知りたい」と思い、その疑問を追求した時ではなかろうか?
でも、幼い子どもにそこまでの深堀は無理だろう。
少なからず、知識があればこそ、深い疑問が湧くわけだよね。
乾燥した大地に疑問の芽が生まれても、知識という水を受けただけでは、その疑問は干からびていく。
ならば、大人が一緒になって「へぇ、じゃ、こういう時ってどうしてこうなるんだろうね?」と疑問を増やしてあげたら、それが学びへと続いていくのではなかろうか。
AIがあるから疑問を解消することはできるけど、それを学びに結びつけるのって、簡単なことではないのかもしれないな。
AIからも疑問を投げかけて、人間と一緒に疑問を解く。
というようなスタイルになったら、疑問を持つ方法が分かって、興味も深まるのではなかろうか?
やっぱ、学びに必要なことって、興味だと思うんだよねぇ~。
※かめママブログ書庫入り口👇
※エッセイ目次

