【ショートショート】政府矯正局
私立青葉学園高等部。
生徒たちが笑いあう教室の隅にタツキは座っていた。
誰にも分からないように、気配を消して、ひっそりと。そうすることで、誰も自分を気にしない事を願った。
「おい、タツキ」
ニヤニヤと笑みを浮かべる三人組。
こいつらは、楽しいことはないかと、常に鷹のように弱いものを探している。そして、今のターゲットがタツキだ。
昨日までは、牛乳の底のような眼鏡をかけ、怯えを顔に宿した青木少年だった。
毎日のように、嫌がらせを受け、生徒たちが見ている前で全裸にされたこともある。休み時間のたびに殴られてもいた。財布代わりにされているのも知っていた。だが、それを止める者は誰もいなかった。
なぜ?
分かり切っている。止めに入ったら、次のターゲットが自分になるからだ。
だが、そんな青木が屋上から飛び降りた。早朝の校庭が赤く染まった。
「なんだよ、せっかくのおもちゃが死んじまったのかよ」
三人組は、笑いながら彼の亡骸を眺めていた。
誰かの声が聞こえた。次のターゲットは誰だろう、と。
そんなのは、考えなくても分かる。タツキは唇を噛みしめた。
「おもちゃがいなくなっちまって、つまらねーんだよ。遊ぼうぜ」
イヤな笑いを浮かべながら近づいてきた彼らは、タツキの机に腰を下ろし、顔を覗き込んだ。しかし、遊ぼうと言われても、頷くことなんてできるはずはない。
「なんだよ、俺たちが遊んでやるって言ってるのに、返事もしてくれねーのかよ。
冷たいなぁ、タツキ君は」
そう言いながら、飲みかけの牛乳をタツキの上で逆さにした。頭からかぶる牛乳は、制服を濡らし沁み込んでいき、体温と混ざり、イヤな匂いを発散していく。
「うわあ、くせー。タツキぃ。くせーよ、お前。
そんな服さっさと脱いだ方がいいぜ」
こうして三人組は、タツキを辱めようと手を伸ばす。クラスメートが見ている前で裸にし、動画を撮りSNSに流すのだ。
絶対に消えないデジタルタトゥーの出来上がりだ。だが、すぐに流すことはないだろう。ひたすら言うことを聞かせるためのエサに使い、飽きたら流す。やめてくれと泣き叫んでも、辞めることはない。
タツキはじっとうつむいていた。
「ほら、脱げよ。なんで脱がねーの?
優しい俺たちの言うことが聞けないってこと?」
言われた瞬間、後頭部を掴まれ、机に乗った弁当箱の上に叩きつけられた。平らな机ならまだしも、四角い弁当箱の上に叩きつけられたその痛みは、想像を絶するものだった。
「あーあ、言うこと聞かねーから。
痛そ~。可哀想になぁ、顔中にケチャップついてら。
拭いてやれよ」
言われた仲間は持っていた雑巾を顔に押し付けた。濡れた雑巾は、アンモニアの匂いがした。
――最悪だ。これが毎日続くなんて。青木さえ死ななけりゃ……。
タツキは、やり返すこともできず、ひたすらじっと耐え続けた。少しでも反抗的な態度をとれば、さらに酷いことになる。それは亡き青木の日常によって、刷り込まれた恐怖だった。
バカにしたように笑う三人組。その笑い声が教室中に響き渡る。だが、誰も止めになんて入らない。タツキがそうであったように。
その時、教室の戸が大きな音をたて、勢いよく開いた。視線が一斉に入り口に注がれる。そこには迷彩服を着た四人の軍人が、銃を手に立っていた。
「な、なんだぁ?」
最初に声をあげたのは、三人組の中でも一番偉そうなアツシだった。
「我々は、政府矯正局だ」
男のひとりが抑揚のない声で言った。
「あ? 政府矯正局? なんだよそれ」
聞いたこともない名前だと、アツシたちは笑っている。
だが、矯正局の男たちの表情が変わることはない。
「いじめが重罪であることを知っているだろう。
よって、加藤アツシ、田中ケンヤ、本田ヒロシの三名を連行する!
確保!」
隊長らしき男が揺るぎのない声を発すると、後方に控えていた男たちが銃を三人組につきつけ、取り囲んでしまった。
「な、なんだよ! 俺たちは何もしてねーだろうが!
真面目に学校に来てるだけだっつーのに!」
「君達は、青木君をいじめ、死に追いやっただろう?
そして今は、そこにいる少年だ。
その前にもいじめを繰り返している。
証拠もある」
「誰がそんなこと言ったんだよ!」
「さあな。文句があるなら、矯正局の取調室で申し開きをすることだな。
まぁ、取調室に行ければのことだが」
口元を歪ませた隊長は、冷たい視線でアツシを威圧すると三人を連れて行ってしまった。
三人組が教室からいなくなると、静まり返っていた室内に、歓喜の声が上がった。タツキはホッと胸をなでおろすと、いつの間にか教壇に立っていた教師と目があった。その顔が、力強く頷き、全てが終わったことを告げていた。
政府矯正局に連れていかれた三人は、背中に銃を突き付けられたまま、鉄の門をくぐり冷たい廊下を歩き、幾階もの階段を下りて行った。
「な、なんだよ。ここ……地下十階って」
「煩い! 黙って中に入れ!」
錆の浮いた鉄のドアが開き、背を押され中に入ると、そこは真っ白な空間。壁のあちこちに残る赤黒いシミは「タスケテ」と読める。
「今日からここで暮らしてもらう」
「なんだって?! いつまでだよ。なんでこんなところにいないとならねーんだよ!」
「黙れ! 逆らうことは許さん!」
その言葉が終わるより前に、拳がアツシの頬を捉え、その身体が数メートル飛ばされた。それを見た仲間は、震えあがった。
「政府矯正局は、お前らのようないじめばかりしている連中を矯正するところだ。
お前らの根性を叩き直し、世の為になる人間に作り直してやる!
その間、お前らが行った暴力と同等のことが起こり、お前らが死んだとしても、政府は責任を負うことはない!
覚悟していろ!」
「そんな、バカな……」
「お前らが、今まで何をして来たのか、しっかり反省することだな」
男たちはそう言い残すと、部屋から出て行った。
残された三人は、ドアに拳をぶつけ怒鳴った。
「なんでこんなところに閉じ込められないといけないんだよ!
俺たちを出せよ!」
すると、ドアが開き白衣を着た男たちが入ってきた。その手には、注射器が握られていた。
腕に刺さる針。身体中を巡る液体の感覚。
瞬く間に眠りにつく少年たちは、その場で倒れこんだ。
目が覚めると、赤いスウェットを身にまとっていた。
なぜ赤なのかと考えていると、いくつものシミに目が止まった。
「お、おい……これって。赤けりゃ……」
殴られ傷つき流れる血も赤なのだから――。
「う、うわー!!」
一人が恐怖に叫び声をあげた。
「おい、騒ぐなよ!
騒げばまた、奴らが来て、訳の分からねー薬を打たれるぞ」
震える少年たちは、顔を見合わせ、口に両手を当てると声を殺しあった。
「何とかして逃げ出そうぜ」
三人は小声で、相談を始めた。だが、その途端に迷彩服の男たちが入って来て殴りつけた。
来る日も来る日も、少量の食事と暴力。精神を破壊する言葉の数々。おとなしくなったと判断されると、体力作りと称して過酷な訓練が待ち受けていた。
壁に書かれた「タスケテ」という文字が脳裏に浮かぶ。逃げたくても逃げられない状況に、一体どれだけの人間が助けを求めたことだろうか。
自分たちの快楽の為に、いじめを繰り返した人間たち。それが政府の手により、矯正される。果たして、ここを生きて出ることができるのか――。
アツシ達は、迫りくる恐怖と戦いながら、壁に爪を立てた。爪が剥がれ、血が噴き出る。それでも、助けを求めずにはいられなかった。
季節が変わり、半年が過ぎた頃。仲間の一人が冷たくなっていることに気が付いた。さらに一か月、二人目が動かなくなった。
アツシは、そんな二人を呆然と見送りながら、次は自分だと呟き続け、いじめを繰り返した過去を呪い始めていた。
「俺が悪かった。反省したよ。だから助けて。ここから出してくれ……」
立とうと思っても立つことができない足は、傷だらけとなり、あちこち膿が溜まっている。
乾いた唇は裂け、熱を帯びた息が終わりの近いことを知らせていた。
もうだめだと覚悟したある朝、重い扉が開いた。
「出ろ! お前の矯正訓練は終わりだ」
「……出られるのか……」
「ああ、よく頑張ったな」
感情のない口元から声が漏れた。
重い扉をくぐり、鉄の扉から外へと足を踏み出す。そこは思い焦がれた外の世界だった。
アツシはゆっくりと一歩を踏み出した。
だが、その足取りは弱く、その場で頽(くずお)れた。
灼熱の太陽が降り注ぎ、蝉の声が聞こえる。
ここがどこなのか、どうやって帰ったらいいのかも分からない。
目を閉じたアツシは、教室の中でクラスメートたちと笑いあう自分を見ていた。もう二度といじめなんてしないと、青木少年の手を握り、タツキに頭を下げていた。
アツシの口元に笑みが浮かぶ。汗が額を洗うように流れた。
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