【ショートショート】父の涙
父は私のことが嫌いだ。
そんなことはないと思うだろうけど、私は嫌われている。
その理由は、私が母の命を奪ったから。
幼い頃、事故に遭いそうになった私を庇い、母は命を落としたのだ。
父はそれ以来、私に冷たくなった。
幼い頃は、どうして父が私に厳しいのか分からなかった。
その理由に至ったのは、小学校の高学年になってからだ。親戚に、事故のことを教えられ、母が亡くなったのが自分のせいだと知った。
もちろん「あなたのせいだ」なんて言われたことはない。
とはいっても、私が道路に飛び出さなかったら、母は今でも明るい笑顔を向けてくれていたはずだ。つまり、私が、父から母を奪った。
嫌われるのも当然かもしれない。
中学生になった私は自分を許せなかった。幼いとはいっても、親の言うことを聞かなかった。そのための事故なのだから。
高校生になった私は、父を許せなくなった。どんな理由があろうと、自分の娘に冷たくするなんて、親として失格だと思ったから。
だから、高校を卒業したら家を出ようと思っていた。ところが父は大学に行くことを押し付けてきた。こんなに嫌っているのだから、私なんていなくなった方がいいはずなのに。
結局遠方の大学に進学した。とにかく大学に行けばいいのだろうと思ったから。
親の金で、大学の4年間を遊べるんだから、好都合じゃないかと自分に言い聞かせた。そしてこのまま、遠方の地で就職して父とは縁を切ろう。
それが最善策だと思えた。
そんなある日、友達と遊んでいた私はまたしても失態をおかす。
調子に乗って酒を飲み、深夜だから大丈夫だと、道路で騒いでいたのだ。ところが、飲酒運転の車が突っ込んできた。
轢けるわけないと高をくくっていた私は、宙を舞った。
気が付けば病院のベッドの上だ。体中が痛くて、呼吸をすることもできなかった。この痛みに耐えなければならないのかと、涙が出た。
お母さんがいてくれたら、きっと飛んできてくれて、ずっとそばにいてくれただろう。
ふと、父のことがよみがえる。わざわざ遠方を選んだというのに、こういう時は思い出すんだ。なんて自分勝手なんだろう。
目をつぶり、愚かな自分を嘆いていると、遠くから走るような足音が聞こえてきた。
誰かの家族が慌てて見舞いに来たのだろう。羨ましいことだ。
誰も見舞いになど来ない現実から目を背けるように、私は目を閉じた。
ところが、その足音は私のベッドに近づくと声を上げて泣き出した。
「美里……頼む、この子を助けてくれ。どうか連れて行かないでくれ」
震える手で私の手を握り、母の名を呼び、絞り出す言葉。
まさか……そんなはずはない。父が私の為に、仕事を休んでまで飛んできてくれるなんて。そんなことがあるはずはない。
私はうっすらと目を開けた。するとそこには、泣きながら母に願っている父の姿があった。いつも大きな背を向けていた父は、とても小さく見えた。
「おとう、さん?」
思わず父を呼んだ。これはきっと夢だと思いながら。
すると父は涙でぐしゃぐしゃになった顔を私に向け、またしても大泣きした。
「頼む、俺を一人にしないでくれ……頑張ってくれ」
父の弱さを感じ、愛されていることを始めて知った。
私は憎まれてなんかいない――。
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