『ガス人間』を見たら寂しくなったんだけど?
不調続きの数日を過ごしたある日、全てを諦めて、一日ベッドの中にいた。
読書をする気力もなく、だったらいっそドラマでも見るかとネトフリを開く。
すると「ガス人間」というタイトル。
タイトルだけで昭和感があるなと思った。
番宣を見て、「面白そうだな~」と思い、見始めた。
すると、出だしは面白い。
掴みがうまいな~、と思った。
なにせ、しょっぱなから人間が破裂して死ぬって、かなりショッキングだ。
ただ、映像が暗い。
昭和時代の映画を見ているようだ。
昭和時代の映画って、こんな感じだったよなぁ。
と思いながら、次はどうなる? と見ていると、不思議なことに徐々に気分が落ち始めた。
一体何がいけないのか?
妙に寂しさがやってきて「こんにちは~。私は寂しん坊だよ」「やあ! 僕は不安がりだよ」と心の中に入り込む。
なんでドラマを見てこうなるのだろう?
人が死ぬからか?
ちょっとばかり見る手を止めて、どうしてなのかと考える。
だが、人が死ぬということで落ちることはない。
そのシーンで落ちるのは、感情移入できる人だろう。
あるいは、優しい人かな。
ここまで生きてきた私は、これが作り物だということを理解しているし、作り物にそこまでの感情移入はあり得ない。
ということで、死ぬからというわけでもなさそうだ。
だとすると、やはり画面の暗さかな?
それと、妙に昭和的な撮り方のせいかと思う。
現代的な撮り方より、昔の撮り方の方が感情を揺さぶられるのかもしれない。
そうだよなぁ。
戦争時代とかのドラマや映画だって、それなりの撮り方ってものがある。
あれが現代的な撮り方だったら、私は感情を揺さぶられることがない。
撮り方って大事なんだなぁ。
ところで、ひとつ疑問がある。
報道記者の甲野京子とガス人間は、もともとつながりがあったんだけど、出だしでは全く知らないということだった。
京子が「あなたは誰?」と聞くとガス人間だと答え、わざわざ取材している。
あれってどういう意味があったんだろう?
そこの繋がりが分からないんだよね。
なんでガス人間を知らないふりをしたのか?
いや、知らないふりをするのは、社会的にありだけど。
あの前振りって、どういう意味だったんだろう?
そこだけが理解できないんだよ。
まぁ、いいんだけどさw
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