「人間は考える葦である」について考えてみた
「人間は考える葦である」
これって、授業で聞いた言葉だと思うけど、実のところ意味までは覚えていない。
ただ、当時の私。
いや、その後も同じだな。
「葦」ってなんだよ。
と、思っていた。
「葦」? 「足」?
誤植?
くらいに考え、「人間は考える足である」
と勝手に考え、一人笑ったものだ。
パスカルのオッサン、ごめんよw
まぁ、「足」だと思ったのは、子供の頃だから許されると思う。
真面目に勉強なんてしてなかったし。
本人的には、真面目だったんだけど、周りから見たらアホな子だった。
そんな私も大人になり、今や「葦」とはなんぞや?
と考えている。
水辺に生えている草という事は分かる。
風が吹けば簡単に折れてしまうという。
なんで「葦」にしたんだろう。
パスカルさんは、人間だって、病気や事故で簡単に終わるじゃん。
と考えたそうだけど、だったら
「人間は考える雑草である」
の方がいいと思うんだけどなぁ。
雑草なら、踏まれてもまた復活する。
今や病気だって、治せるようになったし、末期ガンはダメだけど。
事故で片足失くしても、代わりの足をつけることもできる。
そこで人生を諦める必要はなくなった。
なんて簡単に言ってるけど、当事者は大変だよね。
でも、折れて終わる「葦」ではないと思う、今の人間は。
昔の人間は、医療も発達していなかったし、分かっていないことも多かったから、「葦」だったのかもしれないけど。
「雑草」がだめなら「岩」とか。
人間は考える岩である。
あ、これだと絶命しないかw
人生が終わらない。
じゃ、「木」はどうだ?
これも強すぎるかな。
人間は自然の中ではか弱くもろい、って考えから来てるんだから……。
自然の中でか弱い……。
これならどうだ!
人間は考える生物である!
あ、これだと動物さんたちは何も考えていないことになるな。
じゃ、「ススキ」とか。
おっ、いいじゃん。
風に吹かれてたおやかで。
風情はあるし、いかにも哲学者って感じの植物。
なんで「葦」にしたんだろうなぁ。
多分、川辺あたりで考えてて、ちょうど葦が生えてて
人間ってやつは、考える……うん! 葦でいいやw
と、なったのかもしれないw
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