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【短篇小説】若返り

 鏡に映っているのは、薄くなった白髪と、しわだらけの顔。
 息子夫婦からは、いつまで生きてるつもりだと罵られ、可愛がってきた孫にまで冷たい視線を向けられる。

 俺だって好きで年を取ったわけじゃない。
 ここまで必死に生きてきたというのに、なんでこんな仕打ちを受けないといけないのか。
 
 家にいても肩身が狭く、散歩に行けと追い出され、日の高いうちに帰れば、舌打ちをされる。若ければ、言い返すこともやり返すこともできるだろうが、今の俺にはそんな体力すらない。
 
 ああ、若返れるものなら、若返りたいものだ。

 ため息ばかりの毎日に嫌気がさしていた。そんなある日、俺は路上で時計を売っている青年に出会った。

 声を掛けられ、ヒマつぶしに店先の時計を手にした。

「その時計、お爺さんに似合いますよ」

 青年は笑顔で俺にそう言った。
 うまいことを言って、俺に売りつけようという魂胆か。
 そう思っていると、青年は俺にくれると言い出した。

「時計は、似合う人に使ってもらった方が喜びます」

 そうは言われても、もらうわけにはいかないと断ったのだが、押し問答の末、俺は時計を貰うことになってしまった。

「きっと、いいことがありますよ」

 青年と別れたが、時計ごときでいいことなんて起こるはずはない。バカバカしいとは思いながらも、時計を腕につけてみた。すると身体が軽くなったような気がする。歩く足取りも軽やかだ。

「いい時計だとは思ったが、どうやら気分まで軽くしてくれるらしい」

 そんなことを思いつつ、俺は日が暮れるころ家に帰って行った。
 ところが、家に入ると嫁が驚いている。靴を脱ぐと、俺の目の前に立ちふさがり一体誰だと通せんぼだ。いくら何でもこれは酷いと、俺は小さな声で文句を言った。ところが、その声は思った以上に大きく、まるで若い頃のように張りがある。

 嫁が驚いたのを見て、俺は壁にかかっている鏡を見た。するとそこには、四十代の俺がいる。

「どういうことだ……」

 嫁は腰を抜かし、息子を呼んでいるが、出てきた息子は若返った俺を見てどうしたことかと目をしばたたかせている。俺は、今までの腹いせにと、腹から声を出し二人をどやしつけた。

 そして堂々と、居間に入ると家長の席に着き、飯を出せと怒鳴った。

 その翌日のことだ。時計を腕につけ鏡をのぞくと、さらに若返り三十代の俺がそこにいる。俺は時計をじっと見た。
 すると、頭に青年の声が蘇ってきた。

いいことがありますよ――。

 いいこととは、若返るということか。だが、まさかこんな時計ごときで、若返るなど考えられない。俺は腕時計を外し、付け直してみた。すると、鏡に映ったのは、二十代の顔だ。

 俺は張りのある顔をつるりと撫でた。
 その感触は、はるか昔、当然のようになでていたそれだった。

「これは面白いことになった。
この時計を付けると若返るということか」

 だが、これ以上若返っては都合が悪い。
 子供時代まで若返ったのでは、嫁や息子に太刀打ちできなくなるではないか。

 そう思った時、居間から嫁の声が聞こえてきた。その声は、苛立ち、さっさとご飯を食べて出て行けと言っているように聞こえる。

 俺は居間へ行くと、嫁に拳を振るった。若い頃、自分の嫁にしたように。夫に歯向かうことを許さなかった俺は、舅である俺に歯向かうことが許せない。俺をバカにするなと、嫁を叩きのめしたのだ。

 驚いた息子は止めようとしたが、もうすぐ五十に手が届く息子は、若い俺に勝てるはずがなかった。

 俺は大きな笑い声をあげると、二人に「今後は俺の言うことを聞け!」と怒鳴りつけた。この様子を見ていた孫は、ビビったように真っ青になっている。何とも気持ちの良いことだ。これからは、誰に遠慮する必要もない。

 若返った俺は、嫁が何か言うたびに、大声を発し嫁の頬に平手を打ち込んでやった。
 だが、頭の中まで若返ることはなかった。

 その翌朝、時計の脱着によって若返ることを忘れていた俺は、鼻歌交じりに時計を嵌めてしまったのだ。するとたちまち天井が高くなり、今まで手の届いていたものが届かなくなった。これはどういうことかと、鏡を見たいが、その鏡にすら届かない。椅子を持ってきて、やっと鏡に顔を映すと、俺は十歳の子どもに変わっていた。

「な! なんてことだ……クソッ! 
時計はもうつけないと決めたことを忘れちまったのか!」

 俺は古ぼけた頭をコンコンと叩いた。

 だが、こんなことをしている場合ではない。このままでは、嫁に勝てなくなる。そう思った俺は、すぐさま昨日の青年を探すべく、家から飛び出した。すると、同じ場所で青年は店を広げていた。

「おやおや、随分と小さくなりましたね」

 青年は子供になった俺を見て、楽しそうに笑みを浮かべている。

「おい、何とかしてくれ! これじゃ何もできんじゃないか!」

 青年は歪んだ口元をそのままに、冷たい目を俺に向けると、その口からバカにしたような音を出した。

「人生をやり直すには、ちょうどいい年齢ですね」

 俺は怒りにかられ、腕にある時計を外すと青年めがけて投げつけた。その途端、青年は時計と共に消えてしまった。

「え……どういうことだ。おい、おい! 俺はどうしたらいいんだ!」

 北風が殴るように通り過ぎ、耳に響いた笑い声は、俺をあざけるようにいつまでも木霊していた。


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