【短編小説】赤
刑務所の中にいる俺は、毎日つまらない日々を過ごしていた。
それでも、模範囚となれば、少しは早く出所できる。
その日の為に、ひたすらおとなしく過ごしていた。
そんなある日、科学者とかいう、虫の好かない連中がやってきて、
俺にチャンスをくれた。
「実験に参加してくれたら、出所できるようにしてあげよう」
俺はどんな実験かと聞いた。
実のところ、ムショから早く出られるなら、なんでもよかったのだが。
科学者のオッサンは、にっこり笑って言った。
「ただ、赤い部屋で一定期間過ごしてくれればいいだけだよ」
俺はニヤリと頬を緩ませた。
作業をするわけでもなく、好きなように過ごすだけ。
それだけで刑期が減るばかりか、1日3万が手に入る。
俺は二つ返事で了承し、何やら分からない書類にサインした。
連れていかれたのは、話の通り真っ赤な部屋だった。
着ているものも真っ赤なら、手も足も赤く塗られている。
部屋には鏡がなく、自分の顔を見ることは出来ない。
おかげで目に入るのは赤だけだ。
それでも楽勝だと思った。
真っ赤な布団にごろりと横になると、俺は鼻歌交じりに出所の日を夢見始めた。
時間と共に差し入れされる食事。
何もすることがないのだから、楽しみはそれだけだが、さすがにこれには参った。
何せ、食器も赤。入っている料理も赤だ。
赤い野菜やウインナー。肉に赤魚。ご丁寧に、出される飲みものはトマトジュースときている。
小さな袋に入っている赤い錠剤は、何かのサプリメントなのだろうか。
俺はそれを手の上にのせ、口に放り込んだ。
「へへ、ただ飯食って、健康管理もバッチリってやつかよ。
コイツは、天国だな」
俺は文句なしに、綺麗に平らげた。
だが、することがない。
絵を書くこともできなければ、本を読むこともできない。
部屋の隅から隅まで、何歩でいきつけるかと数えてみたり、何回転がったら壁にぶつかるのかと試したり。普段は絶対にやらないしりとりを、ひたすら続けてみたりしたが、そんなものはすぐに飽きてしまう。
そうして数日を過ごした俺は、時間の感覚がなくなってきていた。
こんなくだらない実験に関わるくらいなら、刑務所に戻った方がマシだと思い、科学者のオッサンを呼んだ。
ところが叫ぼうとどうしようと、オッサンは姿を現さない。
俺は壁に向かって額をぶつけだした。
何度も何度も、額をぶつけるが流れる血は赤だった。
気が付くと、赤い食事が差し入れられ、俺はがつがつとくらいついた。
だが、どんなに食っても腹が満たされることはなく、異常なまでの食欲に俺は怒鳴り散らした。
「こんなちっとで、大の男が満足すると思ってんのかよ!」
俺の中の俺が吠える。
今までの鬱憤が爆発し、壁を蹴り着衣をはぎ取る。
そこに現れたのは、赤く塗られた俺の皮膚。
ここまでするのかとおかしくなり、笑いがこみあげる。
大きな声を出し笑うが、壁に吸い込まれ、俺の声は消えていく。
イラつく俺は、体中にかゆみを覚えた。
それはまるで、全身に虫が這っているような感覚だ。
俺はがむしゃらに、掻きむしった。
傷つけるつもりなどない肌から血が流れる。
血をじっと見つめた俺は、それを壁に擦り付けた。
赤い血は、色を変えることはなく、壁に吸われていった。
1週間が過ぎ、2週間が過ぎた頃。
俺は、どうすることもできない怒りを感じていた。
布団を破いたら、きっと綿が出てきて、白い綿が俺を助けてくれる。
そう思ったが、布団の中の綿も赤かった。
自分が壊れているのか、それともこれが本当の俺なのか分からない。
俺はひたすら体をひっかき続け、壁に頭をぶつけ、赤の世界に赤い血を塗りたくっていった。
「出せ! 俺をここから出せ!」
俺は声を出しているのだろうか?
誰も来ない部屋の中、俺は必死に叫んでいるような気がする。
だが、その声が本当に出ているのか分からない。
全てがおかしいことに気が付いた俺は、自分とは思えない声で笑っていた。おかしくておかしくて仕方がない。
誰の声なのか、笑っているのは俺なのか?
ここにいるのが俺だと、誰が言えるのだろう。
俺にだって――分からないのに。
そんな俺をモニター越しに見ていた科学者が言う。
「やはりだめか。次の囚人を用意してくれ」
男たちは足早に部屋から出て行った。
モニターからは、俺の笑い声が響いている。
俺の笑い声?
それが本当に、俺なのか、誰にも分からないじゃないか――。
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